ACT.13 デジャ・ヴ


  エースの即席火炎瓶にジッポの火が灯る。点火した途端凄まじい形相でラヴェンダーに押しつけて、身振りだけで“さっさと投げろっっ” を示す。訳も分からずラヴェンダーは言われた通り火炎瓶を敵陣中央へ向けて放り投げた。
  ガラスが割れる軽快な音の直後、ユニオン側の悲鳴が轟き銃声が止む。思わずラヴェンダーが窓枠から顔を覗かせた。そして目を 見開いてすぐさま引っ込める。
「何アレ!!ただの火炎瓶じゃないの!?」
窓の外がやたらに赤い。熱風で部屋の気温が上がる。
「ま……見ての通りだな」
火焔放射器に負けず劣らずの火柱が立っている。中身はガソリンと食用油、それに灯油、いずれも太古のものだ、エースも意外だった らしく冷や汗を流した。何はともあれ今はこの殺人瓶で敵を蹴散らすしかない。ラヴェンダーも躊躇することなく両手に瓶をひっ掴んで 、渾身の力で以てユニオンへ投げた。幾分減った銃声の代わりに、ガラスの弾ける音と炎の燃え盛る音が場を支配する。
  ラヴェンダーが最後の酒瓶を手に取った時には、彼女もそしてエースも俄に汗をかいていた。室内も、壁を隔てた外も、熱風と炎で 著しく温度が上がる。
「ここからが本番だ……!正念入れろよ」
静かになった外の様子を伺うようにエースが窓の下から視線を走らせる。右手にはいつものデザートイーグル、左手にはリボルバー、 装弾はどちらも完璧だ。ラヴェンダーもアサルトライフルのスライドを軽快に引く。エースの横に身をかがめて出番を待った。
  エースが狙いを定めてトリガープル、無論見事に二人の手と足に命中。というのもいつのまにやら二度、引き金を引いていたからだ、 間髪入れずラヴェンダーが慎重性ゼロな感じで連射、とにかくこの女は連射が好きだ。ライフルだからと安心していたエースが、口を まぬけに半開きにして目を丸くしている。
「(ボルトアクションかよ……。抜け目ねぇな……)」
例えエースが目にも留まらぬ早さで、三本目の可変バーストを連射したところでこの便利さには勝てない。妙な不公平さを覚えながらも エースは地道に敵を仕留めることに専念した。

  一方、瓦礫だらけの路地裏で悠長に座り込んでいるのはジェイ。血相変えて全速力で逃げたはいいが、拍子抜けにも追っ手が来ない。 警戒はしているものの敢えて立ち上がろうという気にはならない。
「(戻るべきか進むべきか……迷うところだよなぁ)」
深々と溜息をついた矢先、自分のものとは別の、砂利を踏み締める音が耳を過ぎる。ジェイの緊張が一気に高まる。相手に悟られない ようにゆっくり腰を浮かせた。向こうもジェイの存在には気付いているらしい、慎重に、それでも徐々に近づいてくる。
  飾りのようだった銃に力を込めた。ビルの陰がゆらりと揺らめく。
ジャリッ-砂を踏み締める音だったのか銃器がかすめた音だったのか、その直後の音は発砲音ではなく
「うわあ!!たんま!!」
この悲鳴。
「は!?」
「は!?じゃねえよ!下ろせって!」
ビルの陰から威勢良く飛び出して来たのは思い切り引き金に手をかけたハルだった。降伏ポーズのジェイを目に入れて銃どころか肩まで 落とす。
「……何やってんだよもう……。固まるなって言ってたろ?じゃあな」
「ちょ!意図的にじゃねえだろ、頼むよぉ、見捨てないでくれーー!」
あっさり踵を返すハルの腰にしがみついて引きずられていくジェイ、うんざりした顔でハルが足を止めた。
「わかった!わかったから離れろよっ。どっちみちあいつらとも最終的に合流すんだから……っ」
本気で涙目のジェイを諫めている最中、二人が同時に動きを止める。今度は本当に、第三者の足音だ。一瞬だけハルがジェイに視線を 送った。
ダン!!-ハルの方がよもや先に発砲しようとは、そんなことにいちいち目を見開いている場合ではなさそうだ。相手の反撃からして どうやら敵は一人ではない。
パン!パン!-ジェイごと壁に身を寄せる。一歩間違えば壁際のラブシーンだ、密着するハルとジェイの横を銃弾が風となって過ぎて いった。お互い所在をはっきりさせたからには隠れていても仕方がない。乱暴に走り寄るいくつかの足音にハルが舌打ちを漏らした。
「絶対ハルが連れて来ただろ……」
「俺のせいかよ!!」
ジェイの顔すぐ横の壁に手をついた状態でハルが声を荒らげる。
「いたぞ!!殺れ!」
なかなか簡素ながらも物騒だ、イチャイチャしている場合ではない。ハルが手際良くカートリッジを詰め替えた。コッキングしたところ で頭上の壁に何かがめり込む。続いてもう一発、連続で二発、始終敵の方を向いているジェイは顔面蒼白である。
「何落ち着いてんだよっ!穴開くぞ!」
「と思うなら撃ってくれよ!」
今度こそハルの頭を狙った弾をしゃがみ込んでかわすと、満弾の銃をお返しに向けた。
  その後は文字通り撃ち合いだ。這うように壁の奥の路地へ移動すると、張り合うかのごとく撃っては返され返されては撃つを繰り 返した。銃声だけが絶え間なく響く。
  と、ハルの鼓膜を大音量の発砲音が刺激した。先刻からちょこまかと嫌なタイミングで撃ってきていた敵の一人を、ハルの隣の 役立たずが撃ち落としたのである。意外な出来事に思わず手を止めて、ハルがジェイに視線を送った。本人の方がよほど面食らって いるようだ、半放心状態でハルの顔を見る。
ダン!!-相手は待ってくれるはずもない。一層強くなった銃弾の嵐の中でハルは後ろ手に拳を出した。ジェイが苦笑いで、ヘルメット を押さえ込んでその拳に自らの拳を打ち付けた。

  それぞれがそれぞれのやり方でピンチを凌いでいた頃、どうにもこうにも凌げないチームもあるにはあった。言わずと知れたあの 二人だ。理由もわざわざ取り上げる必要はなさそうだが、強いて述べるなら「この二人だから」だ。
「ファンが多いよな俺ら……ほんっとに!」
こちらは前者二組とは決定的に違う。腰を据えて応戦というシチュエーションにまずならない。追っ手の大半は彼らを主に追って走って 来たのだからそれも当然ではあった。
  レキはシオの手首を力任せに引いている。加減をしている余裕はなかった。手首を掴んでいればレキが離さない限りは互いがばらける 心配はない。その代わり片手は塞がる。一丁の銃の応戦がどれほどの反撃になるか、たかが知れていた。
「(どうしろっつーんだよ、こんな状況で……)」
メインアームの弾が底をつく。補弾をしている時間はない。サイドアームをコッキングして空になった方の銃を乱暴にジャケットに 押し込んだ。
「(囲まれ始めてんだよなぁっ明らかに)」
足がもつれる。追っ手と先手に挟まれて、レキは立ち止まった。視線と爪先を真横の路地に走らせる。シオの手を引きかけて、やめ、 足の裏で砂を蹴り上げた。
  四面楚歌、実際には左手方向はビルの壁だから三面なのだがそんなことはどうでもいい。シオが身を寄せるのが、背中に伝わった。
「鬼ごっこはもう終わりか?」
先頭に立つイーグルの銃が火を噴く。
  意外だった。間がない。そこにあるはずの間が。響いた一発だけの銃声に二人は身を強ばらせる他なかった。白い集団がそろいも 揃って黒光りする銃を自分たちに向けている。イーグルが一歩一歩、歩み寄る足音がやけに響いた。
「屍じゃ困るんでな。……かと言って無傷で大人しく投降するタマでもないだろう」
イーグルの構えた銃がレキの足下を狙う。
「よけた場合アメフラシを撃たしてもらう。これ以上くだらないイタチごっこを繰り返すつもりはないんでな」
いつしかレキはシオの手を握りしめていた。シオの方からだったかは分からない。ただこれで、レキの判断ひとつでばらけることは できなくなっていた。
  コッキング音-一瞬レキの手が、力強くシオの手を握り返した。
  ガガァッピッ-その場にはそぐわない雑音がイーグルの手を止めた。彼の後方でトランシーバーを取り出すユニオン隊員、イーグルは 思い切り視線も照準もレキたちから逸らしたにも関わらず、二人は成り行きを見守る他できない。会話を二三交わしてユニオン隊員が こちらへ走り寄ってきた。再び身構えるレキ、このほんの少しの予定外のやりとりがフレイム側に反撃のチャンスを与えることになった。