ACT.13 デジャ・ヴ


  わけがわからずレキはただ目を見開いた。ガラスの割れる音がしたかと思えば、いきなり目の前で火柱が上がるのだから無理もない。 イーグルが敢えて保っていた数メートルの間合いは、瞬く間に炎の壁で隔てられた。次にレキたちの耳に届いたのはマシンガンの連射 音、この時点で不覚にもレキは胸をなで下ろした。横の路地で、白い塊が散り散りになっていく。
「どきな!!穴が開くよ!!」
ラヴェンダーが切り開いた花道を通って颯爽と救世主が登場、テンガロンハットを片手で押さえながらイーグルの方へ銃を向けた。
「……遅ぇよ」
「文句言うな、これでも急いだ」
ラヴェンダーも合流、が彼女は路地裏のユニオンにマシンガンを向ける。再び膠着状態を迎えるのかと思いきや、幕は意外にもユニオン 側からひかれた。
「総員直ちに本部に戻る。……準備が整い次第“鉄の翼”に向かうぞ」
炎の壁の向こうでイーグルが無表情のままこちらを見据えている。暫くレキたちの方を凝視し、あっさり背を向けた。エースがまぬけ面 でレキに視線を送る。
「ぜ、全員退却!!モタモタするな!本部に帰還する!!」
「は?」
そこまで絶叫されれば奴らが退くという事実は分かる。理解できるかは話が別だ、レキが思うのも何だがここまで追いつめておいて 獲物を逃すなど馬鹿げている。が、イーグルは特に後ろ髪引かれる様子もなく、迅速に白い群を引き連れてとっとと姿をくらまして しまった。
  あれだけジャンクサイドを埋め尽くしていた白軍団は短時間で消え、辺りは閑散となる。ピンチに颯爽と現れたつもりだったエース は構えた銃をそそくさとしまう。
「……見ろ。俺が来た途端尻尾巻いて逃げやがって」
「どこをどう解釈したらそうとれるんだ……」
レキも、そそくさとシオの手を離した。僅かながら汗ばんだ手の平を気に留めない振りをして、とにかくこの場を凌げたことに深く 安堵の溜息を漏らした。
「……あいつらは?」
「俺に訊くなよ」
呼べば出てくるのが“あいつら”の特徴だ、路地側から協調性のない足音がしたかと思えば、すぐさまハルとジェイが合流する。血相 を変えて、というのを付け加えておこう、めずらしく切羽詰まった顔のジェイにレキも何かを感じ取った。
「ケイから……っ。なんかたぶんまずい状況になってる……!」
ジェイが息を切らしながら握ったままのトランシーバーごと両膝に手をついた。
「ユニオンがクレーターにでかい大砲ぶちかますらしいって……!!あいつらが急に撤退したのってもしかしてさあ!」
シオの顔色など確認しなくても分かる。ここは砂漠の果ての街だ、間に合う保証などない。ないが、レキは体の方が先に動く性格だ。
「おいレキっ」
「もしかしなくても決まってんだろ!……今クレーターが潰されたら全部が無駄んなる!」
レキはもう一度シオの手をとった。これでもかと言うほど眉じりを下げる彼女の手を、強く握る。
「しっかりしろよ、まだ撃たれたわけじゃねえだろ。止めるぞ、絶対」
シオは頷いた。確証はどこにもない。あるとすればレキの言葉だけだ。
  「翼」は完成した。天へ、大空へ羽ばたくためのそれではない。ブレイマーという名の悪魔を殲滅するための人工の翼だ。ユニオンが 長く完成を待ち望んだ塔の名、そのもの。雲を突き破るかのごとく聳え、塔の頂上にはイレイザーキャノン、何もかもをイオン単位 まで分解し文字通り消し去る砲台が設置されている。パニッシャーとブレイマーのイタチごっこにユニオンは終止符を打つつもりでいた。
  イーグルたちは鉄の翼完成の一報を聞き、一時ユナイテッドシティへ、レキたちもケイの情報から一歩遅れて鉄の翼へ、そしてもう ひとつブレイマーとクレーターに深く関わる者たちもこの情報を手に入れ動き出す。崩れることのなかったトライアングルの均衡が、 誰によってということもなく自ら崩壊しようとしていた。

「本当に良かったのか?シオ残してきて」
地下水路を小走りに進みながらエースが不意にレキに耳打ちする。レキは即答しない。正しかったかそうでなかったかと言われると 困る、レキの判断の基準はそこではなかったのだから。シオと共に、ジェイも雨降らしの里に残ったが彼は自主的に、である。
  多人数でユニオンの施設に潜り込むのは確かに賢くない。一応のタテマエとしてそれを理由に挙げ、二人を残してきた。レキ、エース、 ハル、そしてラヴェンダー、この四人が今は黙々と水路をひた走っている。
「つれぇよなあナイト様は」
「黙ってろっ。へばっても捨ててくからな!」
エースは八割レキの心情を分かっている上で、ちょっとした意地悪というやつをしてみたのだ。
  左手を軽く握る。手を、繋いでいることに不満はない。が、いざ離れた時の不安はたまらなかった。実際ジャンクサイドで彼女を 引き連れてパニッシャーを相手取ったとき、恐怖感を抱かずにはいられなかった。予想される同じ状況下にむざむざシオを連れて行く 気にはなれなかった。
「次のマンホールで地上。鉄の翼の真下に出る」
ハルがきっちり仕事をこなす。誰も地下水路に入った後の道程など把握していなかったため、後方から時に思い出したように入るナビ は必要不可欠だった。言われた通りレキが見えてきた階段に飛びつく。
「ねえっ、うようよユニオンがいるところにどうやって侵入するつもり!?」
「知るかよっ!なるように-」
「なるわけねえだろうが。ちったあ落ち着け」
先頭を猛スピードで駆け上がるレキの襟首を引っ掴んで、エースが彼のジャケットを下へ放り投げる。文句をつけようと振り向いた ところに、エースの追い剥ぎ劇場が広がっていたのだから、レキは声もあげずにただ目を点にして成り行きを見ていた。ハルのレザー ジャケットを追い剥ぎ、続いてラヴェンダーのライダース、を追い剥ごうとしてハルに羽交い締めにされる。梯子の上でお互いお構い なしに暴れれば体勢が傾くのは当然だが、二人は起きあがりこぼしさながらに両足だけで体重を支えもみ合った。その間にラヴェンダー はしらじらしく上着を脱ぐ。エースがレキを乗り越えてマンホールの蓋を開けた。
「おいっ……」
「まぁ見てろ。うまいことやってやる」
後ろ手で銃口にサイレンサーを取り付ける。ずらした蓋からエースの二つの目玉だけが外界に覗いた。慎重に、銃を外に出す。
バスッ-一発。
バスッバスッ-立て続けに二発。気付かれずに事が進められるのもせいぜい三発が限度だ。エースが勢い良く蓋をはねのけて地上に 躍り出た。左手にはサイドアームのリボルバーガン、破裂音のしない連射がレキたちの頭の上で続く。
「出てきていいぞ、思ったより仕留めちまったから始末は手伝えよ」
レキが這い上がる。一人、二人、目に見える範囲で十人余りの白い制服が横たわっている。
  皆無言で倒れたユニオン隊員のジャケットをひっぺがえして羽織る。どいつもこいつも馬子に衣装だ、とりわけミスマッチなレキに ラヴェンダーが見かねてバンダナを差し出す。
「目立つ、その色」
「……おう、サンキュ」
宣言通りうまいことやってはくれたが、この先このちゃちな変装がうまいこといくかは微妙なところだろう、が今は覚悟を決めざるを 得ない。長たらしい白いコートに身を包んで、レキは眼前の巨塔を見上げた。
  漆黒の、銀メッキの翼が太陽を遮断しているせいで塔の真下は夜のように暗い。好都合ではあった。気合いとばかりに赤い髪を隠し バンダナをうなじで縛る。
「……行くか」
警戒心をマックスにまで引き上げて、四人は入口から中へ入った。
  この建物の存在意義、メインはイレイザーキャノン、そして目標を寸分の狂いなく射抜く、風読みのための“翼”だ。構造は快適さ や清潔感を重視したものではなく、剥きだしの配線や鉄板の壁で無機質に造られている。それが逆に厳格さを醸し出して、誰かが息を 呑んだ。歩く度に派手に鉄筋に音が響く。何かの機械の作動音が絶えず耳にまとわりついていた。
「さあて……これのてっぺんにキャノン、その発射ボタンやら照準を定める部屋がどっかにあるはずだ。ぶっ壊すなりして止めるしか ねえな。もしくはキャノンそのものを、か?」
どこかやけっぱちな言いぐさで、エースが天井に向けて目を細めた。