[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

ACT.15 フラッシュ


  数時間が実に退屈に過ぎた。腹を抱えてかくれんぼを馬鹿にしていたレキたちも、前半戦でこうもあっさりゲームオーバーになると は思ってもいなかったようで、持て余した時間を陣取りゲームなどで埋めていた。これが実につまらない。つまらない上に、砂漠と ほとんど変わらない乾いた地面は、何を描いてもすぐに黄色い砂で覆われる。途中からは何故かヤマトの部下も参戦して、つまらない 陣取りでトーナメント戦などを細々と行っていた。
  つまらないトーナメントがつまらないなりに決勝まで進んだ頃、エースが連行されてきた。それを目にした一同はそろいも揃って 派手に肩を落とした。見つかってしまったことへの残念感からではない、この男が今まで見つからなかったという現実と自分たちの 不甲斐なさを比較した故の嘆きである。
「残りはハルだけか」
  西日はほんのり赤くレキたちの頬を染める。
  かくれんぼの短所は、こうして開始早々にゲームオーバーになった者と最後に残った者のモチベーションに天と地ほどの格差が生ま れるところだ。胡座をかいた膝の上に頬杖をついて、レキはこれみよがしに大きな欠伸をかました。
  と、モチベーション持続中の鬼の大将が半眼顔でこの集合地点に戻ってくる。部下たちと一瞬だけ視線を交わして派手に舌打ちした。
「……時間だな。仕方ねえ、お前ら何か合図になるようなもん持ってるか?」
「それならいいのがあるわよ。ハルがどこに隠れてても分かるやつ」
間髪入れずラヴェンダーがマシンガンを取り出そうとするのを、やはりこちらも間髪入れず阻止する。レキが50メートル走の審判さながら に、ハンドガンを空に向けた。
「この際仕方ねえか、ここで銃撃つなんてのは本来なら-」
ガアン!!-故意にか偶然にか、ヤマトの何度目かのうんちくを遮ってレキは合図の一発を撃ちならした。ヤマトの冷ややかな視線に 気付いてそそくさと銃をしまう。“見た目は子ども、中身はおっさん”レキ自身がつけたヤマトのキャッチフレーズは、彼に理解と 同時に妙な威圧を与えるらしい、普段はしない愛想笑いなどをしてお茶を濁した。
「終わり?」
どこからともなく、というのはレキとヤマトの認識だ。カジノタウンでの作法を無言の威圧で若造にたたき込んでいる最中にハルが 湧いて出た。やはりそれも二人の認識だ、実際ハルは合図の数十秒後にルーレット場のドアを押し開けてごく普通に登場したに過ぎない。
  期待してきた勝利者への賛美は無く、皆疲れきった眼差しでハルを見てくる。おまけに嘆息つきだ。
「俺、勝ったんだよな……?」
「ああ。どこに隠れてたか知らないが見上げた存在感の薄さだな。賭けた分のチップだ!リベンジは夜、きっちりさせてもらうぞっ」
負けたにも関わらず、ヤマトは嬉しそうにチップの詰まった布袋をハルの足元に放り投げた。無骨な形のままそれらしい音をたてて 地面に砂埃が舞う。
  放心しているハルのもとに(気を利かせて)ジェイが小走りに近寄る。本来励まされる立場には無いはずだが、軽く肩を叩かれて 成すがまま拳を打ち付け合う。たった一人の生き残りにしてはぞんざいな扱いだ。後の連中に関してはハルに見向きもせず、飢えた ハイエナのごとくチッピ袋に群がり始める。プチいじめなどではない、ヤマトの言うところの「見上げた存在感の薄さ」の成せる業だ。
「おおっ、結構詰まってんな。山分けしたらいくらだ?」
「バカッ、エース触んなよ。お前に任せたら山分けになんねえだろ」
「がっつくなよー見苦しいな。とりあえずおおまかに分割してさぁ」
地震!-にしてはいささか小規模すぎた、ハルの渾身の地団駄だ。たった一回のそれでチップを漁っていたハイエナ共が凝固する。 手元のチップを静かに袋の中へ戻す。ぼやの間に鎮火するに限る、エースのアイコンタクトで三人はおもむろに、なおかつ細心の注意 を払いながら後退した。
「取り分は俺が決める。文句無いよな?」
仲良く無言で頷く三人。さらわれていくチップの詰まった袋を未練がましく目で追いつつ、肩を落とした。
「普段にあの威圧と決定力がありゃ申し分ねぇんだけどな。無駄なところで発揮しやがって」
「始末悪いよな、ま、さわらぬハルに祟り無しってことで」
既に祟りを経験済みのレキにはこれといってコメントはできない。ぼやくエースとジェイとは逆に、ハルに任せておけばとりあえず 横領事件だけは発生しない、というある種の安堵は覚えていた。

  レキたちは夕方と同じ、十字路の中心に仁王立ちで構えていた。死んだ魚のようにすさんだ目をしていたエースも、しきりに欠伸を 漏らしていたレキも、今は瞳を輝かせて胸躍らせている。厳密には輝いているのは奴らの瞳などではなく、そこに映されている世界だ。
「すげー……っ」
何のひねりもない感想を口にしたのはジェイ、しかし他者も同感のようでシオは一番長い感嘆でそれを示してみせてた。
  昼間の死にかけ漁村とは一転、夜ともなれば街全体がフェスティバル状態だ。電飾には色とりどりの明かりが灯り、規則的に点滅を 繰り返す。砂埃だけが舞っていた十字路の中心には、レキたちだけではない老若男女様々な人々が右往左往していた。
  実のところこのようなところで無意味に突っ立っていられると通行人の邪魔でしかない。茫然とする田舎者たちをハルが懸命にオーク ション会場の壁際に誘導した。分割しておいたチップの山々を、未だ夢心地の面々に配って一応の統率を試みる。
「手持ちのチップが尽きたら大人しく諦めろよ。オークションは見学するだけ、余計なもめ事起こすのも禁止、首突っ込むのも無し。 チップ狙って絡んでくる奴とかも多いから十分気を-」
「よっしゃ!!がっぽり稼いでかっつり遊ぶぞ!全員負けんなよっ」
  今回も、おそらく悪気はない。保護者・ハルの諸注意を半ば無視してレキは人混みの中に流れていった。
「男の浪漫にルールは不要だ。要は直感と頭と運次第ってこった」
エースもめずらしく意気込んでテンガロンハットの埃をはたくと、レキに続いてごった返す群衆の中に溶けていった。
  出遅れたジェイが咳払いして視線をラヴェンダーに送る。ちなみにこの時ラヴェンダーは目の前を躍りながら通過していくよく 分からない白塗りメイクの集団に心奪われていたため、ジェイのわざとらしいアピールはこれっぽっちも功を奏していない。
「ハルの言うとおり結構危ないからさー。俺と一緒にまわる?あいつらもさっさと行っちゃったし」
白塗りピエロに一輪のバラをもらったらしい、にこやかに手を振ってラッパやら太鼓やらを鳴らす彼らを見送るラヴェンダー。隣に いるシオが心配そうにジェイをちらちら見ていることからも分かるが、彼女はレキと違って途中から故意である。それでも一通り無視 して気が済んだのか、満面の笑みのままジェイに向き直る。
「遠慮するわ、男の浪漫に女は不要でしょ。シオには私がついてるからご心配なく。頭は無いだろうからせいぜい直感と運で頑張りな」
シオの手をとってラヴェンダーも人混みへ。まさか他人の台詞で揚げ足をとられようとは思いもせず、ジェイは半テンポ遅れて少しだけ 手を伸ばした。呼び止め方も涙が出るほど中途半端だ。
  後ろで響く哀れみの嘆息、ジェイはすぐさまターゲットをそちらに切り替えた。怯むハル、が今度はハルの反応が半テンポ遅かった。 凄まじい瞬発力で以てハルを捕まえるとそのまま背中に体重をかける。
「寄生虫かお前は!たまには、一人で、行動しろっ」
まとわりつくジェイを必死でひっぺがえそうと力を込める。その寄生虫も無駄なところで本領発揮するタイプだ、すがる思いで負けじと ハルにしがみつく。
「無い頭を補充しねぇと勝てるもんも勝てないだろ!?任せろ!直感は割とある!!」
「運も無いだろ!?寄ってくんな、貧乏神!」
端から見れば仲良し男子のおんぶごっこだ、実体はそんな気持ちの悪いものではなく、むしろ寄生されるかされないかの熾烈な争い なのだが、現に少し離れたところから見ていた女二人は身震いしていた。
「何やってんのあいつら……気持ち悪っ」
シオはまだ転げ回るハルとジェイのおんぶ戦争を心配そうに見ている。
  ラヴェンダーは持っていたバラをシオの耳に掛けた。勿論棘はない。おかげで注意を引くことができた。
「さっき白塗りの……なんだっけ、あれ、真っ赤な鼻の……トナカイ?がくれたの。あげる、似合ってんじゃん」
それはピエロ-とつっこもうかと思ったが術がないのでやめた。まあトナカイでも大した支障はないだろう。ラヴェンダーの“無い頭” が露呈したに過ぎない。
「私はバラって柄じゃないしね」
陰る。一瞬だけラヴェンダーの表情が、シオにはそう見えた。
「ルール簡単で、喋んなくていいやつがいいか。スロット打つ?そろえるだけで意外と稼げるしっ」
  シオの黒髪に真っ赤なバラをよく映え、美しく、赤く、光る。視界の隅にちらつく花弁、その奥でラヴェンダーが待っていた。
「どうか、した?」
シオはゆっくりかぶりを振った。ただ胸中で先刻のラヴェンダーの呟きを反芻していた。