ACT.15 フラッシュ


「赤、20番」
歓声が上がる。ルーレット場の活気はギャラリーをも巻き込んで最高潮である。この際に負け組の苦悩や悲鳴はかき消される。ので、 レキは声を殺して悔しがる他無かった。
  始めから今まで増やしては減り、また増やしては減りの一番スリルの無い展開を繰り返している。数分前にはエースが顔を出したか と思えば、旨い汁だけ吸って早々に別の会場へ消えた。そう、男は引き際が大事だ。ひとつ大きく深呼吸して残り僅かのチップを回収 しようと手を伸ばす。
「赤の40、当たりますよ。ま、騙されたと思って」
レキのチップが第三者の手によって強制的に移動、悲しいが難なくつまめてしまう高さがレキの全財産だ。呆気にとられている場合では ない、気付いてルーレット台に身を乗り出した時には運命の白玉は軽快に盤の縁を廻っていた。
  頭を抱えて仰け反ったかと思うとすぐさま振り返って、悪魔のささやきの大元の胸ぐらを鷲掴みにする。囁きだけならいざ知らず、 無断で手まで出してくれた罪は重い。
「お客様……!困ります」
「うっせぇ、すっこんでろ!困ってんのはこっちだ!」
「いやっ、ヘッド、たぶん一番困ってるのは俺……っ」
もめ事大嫌いのウエイター、すっからかん目前のレキ、そしてそのレキに締め付けられている男、その声を聞いてレキが眉を顰めた。
「あ、お前」
「赤の40!!」
再び歓声、ようやくレキが絞めていた手を離す。コールされた番号に自分のチップが積み上がっているのを目にして、大きく目を見開 いた。とりあえず後ろでむせ返っている男は後回しにして、レキは両手で溢れんばかりのチップの山をかき集めた。
「(……引き際だ!!)」
俗に勝ち逃げとも言う。ブーイングの嵐も聞こえないふりでやり過ごしてギャラリーをかいくぐる。
「ちょ、ヘッド……!」
「来いよマッハ。お前がいるならカードで稼げるっ」
レキは子どものような無邪気な笑顔で男に手招きした。
  再会の抱擁、今までいきさつ、締め付けの詫び、一切合切後回しだ。ロストシティを出てからも変わらない、レキの“らしさ”に 男は苦笑して後を追った。男の名はマッハ、フレイム一のギャンブラーだ。こうして顔を合わすのは地方警察でチームが四散して以来 である。レキの喜色満面の理由はぱんぱんになったチップ袋だけではない。嬉しい重さのその袋を抱えて、レキとマッハはカードゲーム 場の扉を押し開けた。
  ルーレット場とは真逆とも言える静寂、レキが開けたドアの音が聞こえるくらいだ。他にはカードをきる音、チップを積む音、ウエ イターが運ぶグラスのこすれる音、そんなものである。
「レキっ、こっちこっち」
ヘルメット無しのジェイが気付いて手を振る。大方ウエイターに注意を受けたのだろう、確かにこの場とヘルメットは銃よりもミスマッチ で非常識だ。
  隣でハルが険しい顔つきでゲームの行方を見守っていた。
「お!?何でそんな儲かってんだ?……って、マッハ!?マッハじゃん!!」
図書館ではないからして沈黙を守る義務はない、がいささか悪目立ちしすぎた。主に負け組から痛い視線を浴びる。男4人は並んで 行儀良く見物することにする。
「こんなとこで合流かよ~、他の奴らは?みんな無事だよな?」
「来てんの?マッハ、誰と逃げてたんだよ」
ジェイとハルの反応が通常だ、レキも思い出したように調子を合わせて相槌を打った。
「クイーンとベータ、それにチャーリー……まあ飯には事欠かなかったんだけど」
何たる組み合わせの悪さ、としか慰めようがない。前者の二人が喧々囂々と言い争う様が目に浮かぶ、チャーリーがいた割に心なしか 痩せたマッハを皆哀れみの目で見やった。
「ま、結局ここには俺だけ残って3人は先に行かせて。今頃イリスでぶーぶー文句垂れてんじゃないかな『ヘッドおそ~いっ』って」
各々に想像して引きつった笑みを見せる。
  と、談笑の中再び扉が静寂を裂いて開けられる。思わず注目してしまったせいでばっちりと目が合ってしまった、不敵に笑う少年 (見かけ)にレキもつられてありもしない自信満々の笑みをつくった。
「順調に増やしてるみたいだな、結構結構。どうだ?やるか、今度は知的な大人のゲームってやつだ」
「おもしれぇ、受けてたつぜ。強力な助っ人もいることだしな」
「言っとくが……イカサマなんてしてみろ、つまみ出すだけじゃ済まねえからな。賭け金は勿論互いの全財産。……取られた分は取り返さないと」
「……上等。すっからかんにしてやっからな」
ハル、ジェイ、そしてマッハ、三人揃って頭を抱えたのは言うまでもない。根拠のない自身は要するにすがるものが運しかない証拠である。
  ルールは単純だ、だからこそ奥が深いのがカードだ。持ち札5枚を自分の判断と運で入れ替えて数字とマークをそろえてゆく、
そして後はハッタリのかましあい、どの時点においても冷静さと頭の回転数が求められる。
「……正直レキには向かないと思うけど」
ハルの指摘は十中八九間違いない、が言い出しっぺが不参加というわけにもいかずここにこうしてレキは座ってしまっている。フレイム メンバーでおつむの優劣をつけ合う行為は、ドングリの背比べよりも緻密な作業だ。ハルに関してはこの窮極に小さな枠内でのトップに 過ぎない。そして最後の頼みの綱としてマッハが席に着く。彼の場合は脳味噌云々よりも持ち前の運と場数による評価だ、そのマッハも いまいち浮かない顔を晒す。
「そうだな、こっちはどうせ俺が勝つから誰だっていいんだけど。じゃあスズキとタナカ、いっとくか?」
ヤマトの部下の内二人、黒縁眼鏡がスズキ、小太り中年がタナカ、連中と昼間かくれんぼをしている間に顔見知りになってしまった。 ついでに言うといつもヤマトの後ろでニコニコ緩い笑顔をしているのがサトーだ。年の頃はレキとそう変わらないくらいだが、何と言って も子どっさん率いるハンター群だ、もう見かけは宛にならない。因みに子どっさんというのはレキが勝ってにつけた心の中でのヤマトの 呼び名である。
  ディーラーがカードを配る。念を送ってもカードは変わらないが何となく皆ただならぬ視線を裏向きのカードに向けた。
  ハートの8.9.10.ダイヤのジャック、クローバーの9、これがレキのカードだ。全神経を集中させてポーカーフェイスを決め込 んだつもりだったが、何か顔に出てしまったのだろうか上目遣いにレキを見やって、ヤマトが含み笑いをこぼす。ヤマトは勿論のこと スズキもタナカも顔色ひとつ変えないから全くカードが読めない。味方ではマッハがそうだ、ハルもこれといってリアクションはとら ない。
「(狙えないこともねえんだよなぁ……)」
レキだけが落ち着きなく視線を泳がせていた。次、何のカードを切り捨てるかによる、手堅くいくか大勝負に出るか。無論レキにとって 前者の選択はあってないようなものだ、迷ったふりをして胸中では案外あっさり2枚のカードを捨てた。
「(もう狙うっきゃねえよなあ)」
ハートのJ、3、手の内にある2枚を見てレキは喜びを隠せず口元を震わせた。この時点でハートのフラッシュ、賭けに出ておいて保険 チックな揃い方ではある。後はレキの度胸と運次第だ。そしてやはり、言うまでもなくレキは最後の一枚を捨てた。これが栄光への 引換券か単なる地獄へのご優待券か、自分自身に祈りながらゆっくり手繰り寄せる。
「スリーカード」
「あ、俺も」
先陣を切ったのはインテリコンビだった。スズキが6、ハルが9をそれぞれ三枚ずつ持っているからどちらも嘘はついていない。
「悪いけど俺の勝ちだな、キングとジャックのフルハウス。上はないだろ?」
ヤマトはまだカードを見せない。レキは無い頭を振り絞ってヤマトの真意を探った。
  最初の持ち札にダイヤのJ、そして今レキの手札にはハートのJがある。ヤマトの言うカードの“フルハウス”は限りなく可能性 が低いことくらいは分かる、だとしたら全員賭けから下ろさせるためのハッタリだ。
「……乗るのか?」
タナカはよほど手が悪いらしい、あっさりかぶりを振る。マッハのカードは実のところ3と4のフルハウス、ヤマトの雰囲気からして 下りてはくれないだろうしハッタリかどうかも掴めない。つい今し方のレキの締まりない笑顔を思い出してマッハもカードを置いた。
「下りる。ヘッドに託すよ」
「任せろ、ハートのストレートフラッシュ。そのまま勝負でいんだな?」
ヤマトが一瞬目を丸くした。彼もまた、レキのゆるみ顔を目撃している、あれは間違いなく本音の現れだろう。が、考えてすぐに決断 した。頭、直感、運、そして度胸、どれをとってもヤマトは自分が天下一品の自信があったのである。