ACT.16 デビルパーティー


「息止めて気配消せ」
短い階段を下った先に片開き扉だけがぽつんと構えている。中は少しひんやりとした空気で、男が大勢で詰め込まれても圧死という ことは無さそうだ。ハルがしっかり頭数を数えながらレキにそれとなく合図する。
  フレイムにとって敵対する存在でないことはヤマトの行動やレキの反応から皆察してはいたがどうにも腑に落ちないようで、多くの者は わけが分からないままレキとヤマトの指示に従う。わけは分からずとも大人しく団体行動をとるフレイムに、ヤマトとしては感心していた。 残ったレキにも顎先で酒蔵に入るように促す。
「……何で助ける?財団にもハンターにも恩なんか売ってないぜ?」
ヤマトが唇の端をつり上げてにやつく。
「大した理由はない。お前らのことは結構気に入ってんだ、縁ってのは互いに大事にしとくもんだぜ」
レキを詰め込んで扉を閉める。階段の上で待機していた部下のサトーにも合図して地下への扉-つまり一階の床だ-を手早く閉めさせた。
  数十秒も経たない内にレキたちが身を潜める酒蔵の天井に足音が響き渡り一気に緊張が広がる。各々目で会話するだけで吐息ひとつ 吐かない、かと思いきや。
「ヘッド、ヘッド。オージロー、上に置いてきて平気……?」
ケイが男衆をかき分けてレキの耳元で囁く。地下に連れてきて一発吠えられたらアウトだ、残念ながらオージローの躾は適当だし、 元々賢い犬種でもない。生粋の雑種である。そうなると上でひとしきり好きに威嚇してくれた方がオージローにも地下のレキたちにも 都合がいいというものだ。心配顔のケイの頭の上に手を乗せて、レキはただ単に大丈夫、だけを伝えた。
  頭上で響く物音が途端に荒々しくなる。
ウォン!!ウォンウォン!-案の定オージローの鳴き声が轟き、レキもケイも半眼で自分たちの判断が正しいことを悟った。
  レキがドアに片耳を押し当てる。
「この男、店に来たはずだ。どこに居る?」
微かに耳に届く聞き覚えのある声にレキは奥歯を噛み締めていた。静寂を貫く仲間には、その僅かな不協和音さえも気付かれる。
「(俺限定かよ、舐めやがって)」
レキのとことん険しい顔つきに不信感を抱いて、ハルもドア付近に移動してきた。二人して向かい合って耳をそばだてる。ハルもすぐ 声の主に気付いたようでレキの苛立ちの理由を察した。
「真っ赤な髪の?俺見たよ、何、そいつ何かしたの?」
やけに生き生きした返答はおそらくヤマトの部下のものだ。
「どこにいる?」
そして先刻から否が応でも耳に入る低い声は紛れもなくパニッシャー、ユニオン大佐のイーグルのものであろう。
「どこっつわれても……さっき慌てて出ていったから分かんないっすねー。あんたたちその制服と人数じゃ目立ちすぎってもんよ」
「何か話したか?」
「さあ……?あ、でも鉄道がどうのとか言ってたよね。ね、マスター。そんな話してたよねえ?」
マスターがどう応答したかは定かではない。頷いたのか、黙ったままだったのか、どちらにしろ第三者までこの茶番につき合わせる 神経が恐ろしい。流石ヤマトの部下というか、とりわけ得体の知れない妙な雰囲気を醸し出していたのが今ぺらぺら嘘八百を並べている サトーだった。命運をこの男に握られていると思うと下っ腹あたりが痛む。
  暫く人の声は止んでいた。何か小声でやりとりがあったのかもしれないが、酒蔵まで聞こえたのはオージローのわめき声だけだ。 あたる相手が見当たらず、レキはとりあえず世話係であるダイに恨みがかった視線を送った。
「……駅周辺、近隣の駅も含めて全面封鎖だ。鼠一匹通すな」
レキが胸中で指を鳴らした直後-
バン!!-
「ハ!!」
おそらく上にいるユニオン隊員が敬礼のために足を揃えたのだろう、何人いるかは分からないが揃って地団駄を踏まれると下に居る者 への衝撃はたまったものではない。皆情けなく肩を縮こまらせて声を出さぬよう堪えた。
  また規則的な足音がやかましくこだまする。それが通り過ぎると暫くして上の方の扉が開く音がした。レキとハルが揃って安堵の溜息 をこぼす。二人の様子を見て他の者も一気に胸をなで下ろす。
  酒蔵の小さなドアが開いて、ヤマトが無言のまま手だけで外に出るよう指示した。
「ヤマトさーん、どうでした俺のさりげない演技っ。完璧でしょー?」
「まずまずってとこだな。おい、マスターに二階開けてもらえ。こいつら全員移動させる」
完全にヤマトのペースだ、しかし多大な借りを作ってしまっては文句も言えない。借りてきた猫のように、皆大人しくただ指示通りに 二階へ上がった。
「お前らは運がいい。ここが俺たちの行きつけバーで良かったな、他の客がいたら厄介だったが……イリスの連中はユナイテッドシティに 比べりゃユニオンには冷めてるが、かくまう程でもないからな」
「何で俺たちを助けたんだ?ルビィを持ってる以上俺たちがユニオン側にとっ捕まるのは確かに財団にしてみりゃ面倒だろうけど……」
ハルが先刻のレキと同じ疑問をぶつける。ヤマトに対する警戒心はレキよりも強い、そしてそれが普通だ。
「細かい奴らだな、二度も言わせんな。俺はお前らが気に入ってるし、これでも評価してるんだ。それと俺たちハンターを財団の犬か なんかと思ってんなら大いなる勘違いってやつだぜそりゃ。ブリッジと交わしてるのはあくまで契約で、動くのは狩の金とブレイマーの 血だけだ。利用してるのはこっちも同じだからな」
  二階は割合広い。貸し切り用なのだろうか、フレイムメンバーとヤマトたちハンター4人が裕に座れるスペースと長いテーブルがある。
  ヤマトは我が物顔で一番乗りに席に着くと、マスターが運んできた枝豆を慣れた手つきで口に運んだ。はっきり言ってヤマトの風貌とは 果てしなくミスマッチだ、誰もが思ったが口にはしない。ヤマトの横からちゃっかり枝豆を摘んでいるのはエース、様になったらなったで 幾分情けない。
  そのエースの肩を叩いてシオがやけに神妙な面持ちで構えていた。枝豆をつまみ食いしたことを咎められるのかと一瞬焦ったが、 シオはメモ帳を雑にめくって何かを書き出す。シオは単に発言権を求めていたに過ぎない。
《姉はどうしてるかわかりますか?》
枝豆の前に置いたメモの走り書きに、ヤマトは手を止めた。
「アスカの妹だったな、そういや。名前は?」
少しはぐらかし気味の応答に苛立って、シオはまた、らしくもなく乱雑にメモの隅にペンを走らせた。
《志緒》
「シオか。アスカは今まで通り何も変わっちゃないさ。実際どうこうしようもないみたいだしな。ただ-」
胸をなで下ろすシオに、気が早いと言わんばかりに鋭い視線を送る。
「シオ、君は別。ブリッジにとって君はもうアメフラシの内の一人じゃなく“ルビィの持ち主”になってんだ。姉貴より自分の心配 するべきだぜ」
「シオはルビィを持ってない」
間髪入れずレキが話に割って入った。
「だとしたらお前だろ?たいした違いじゃない、同じグループ内にあるんだから」
ヤマトの言うことは核心を突いている。確かに共に行動する者の内誰がルビィを持っているかは、さして重要ではない。シオの居る ところにルビィがあるという事実さえあれば、財団にしてみればそれで十分事足りる。
「ユニオンほど戦闘力は無いにしろ悪知恵がきくのがブリッジだ、弱みは全部駆け引き材料だと思った方がいいぞ」
それは見に覚えがある-レキが、ケイの安全と引き替えにルビィをあっさり渡したのはその場に居た連中の記憶に新しいことだ。 思い出して、きまり悪くケイが口をへの字に曲げる。無論レキも同じように小さくなっていた。
「しっかしいいのか、一応は財団側の人間だろ?」
「俺たちはあくまでフリーなんすよー。強いて言えばユニオンよりは財団寄りってくらいで」
「今で言うとヤマトさんは“フレイム寄り”っぽいけどねー」
気付けばエースは他のブレイムハンターたちとすっかり和んで追加注文したフライドポテトを無心に摘んでいる。軽快に笑い合うエース とヤマトの部下三人に何ら違和感が無いのが凄い。
  いろいろな効果が相乗して、レキがついに笑いを吹き出した。
「俺たち寄り、ねっ。つっても今回のは完全に借りだからな、しっかり返させてもらうよ」
「返すならきちっと恩で返せよ」
  思わぬところで思わぬ連中に気に入られたものだ。今日のことを思えばなんだかんだであっさり見つかったかくれんぼも、信用を 失いかけたポーカー勝負も価値があったようにとれる。
  一段落、とレキがポテトに手を伸ばした矢先。
ウォン!!ウォン!ヴ~~-今の今まで大人しかったオージローが突然威嚇の唸り声をあげる。そう、威嚇だ。矛先はこの部屋にひしめく フレイムメンバーでもブレイムハンターたちでもない。快晴の空を切り取った四角い窓である。
「びっくりしたー。どうした?オージロー」
ケイがなだめてもなおオージローは窓に向かって吠える。