ACT.16 デビルパーティー


妙な胸騒ぎを覚えてレキが窓から街を覗き込む。その間にヤマトも、部下のサトーに視線を送って様子を見てくるように促した。
「まさかもうイーグルにばれちまったってことないよな?」
ジェイが恐る恐る頭半分だけを窓の縁から覗かせる。いっこうに落ち着く様子のないオージローを持て余すケイ、見かねたダイが肩 代わりした。
  サトーの報告を受けるまでもなく、その合図は実に顕著な形で轟いた。
グォワ”ワ”ァ”ア”ア!!-サイレンさながらに長い咆哮が、レキとジェイがへばりついていた窓ガラスを小刻みに震わせる。 全員が凍り付いた。空耳とは言えない、その警鐘は屋内であるこの場所でもはっきりと聞こえた。一足遅れてサトーが階段を駆け上がって くる。
「ヤマトさん!アンブレラが破られました!!街中に奴らが崩れこんでるみたいっすよ!」
シオが口元を手で覆うのがレキの横目に映った。
「破られた、ねえ……。“対ブレイマー完全防御壁”つってもこの程度ってことだろ」
ヤマトの口調は穏やかながら手元は機敏に狩用の刀を抜いている。
  フレイムでは一早く動きだしたのがエースで、テンガロンハットを目深に被り直すと、三丁の銃の装弾数を確認した。次いでチーム リーダー、レキの最初の対応は何はともあれ舌打ちだ。
「早ぇんだよ……!嗅ぎつけてくんのが」
ぶつくさ文句を吐きながらもレキ、ハル、ラヴェンダーとそろそろブレイムハンター退治に順応し始めた者が手早く準備を進めていく。 ジェイもエースと似たような手順でまずヘルメットを被り直すところから始めたが、唱えているのは皮肉ではなく念仏であった。
「こんなあっさり破られるもんなの、アンブレラって。前も同じことが?」
「あるわけないだろ、そこまでお粗末な代物じゃない。それだけブレイマーがやる気満々って考えた方が無難だな。と、退治に繰り出す 分には構わないが必要以上に狩ってくれるなよ」
ラヴェンダーがマシンガンを軽快に担ぐのを目にしてヤマトがやはり悠長に言ってのける。
頼まれてもごめんだ-何人かは護身と逃走のことしか頭にない。
「スズキとタナカは管理棟に行って破壊箇所の修理にどれくらいかかるか確かめてこい。サトーは俺と穴に行って片っ端から狩るぞ」
「了解ー」
スズキとタナカが一足先に階下へ下っていく。ヤマトとサトーは一瞬レキたちの方へ視線を移してすぐに狩へ繰り出していった。
「レキ」
おそらく催促だろう、エースがめずらしく率先してレキを急かす。レキもそれに応えて軽く頷いた。
「まず自分の安全を確保するのが最優先な。なるべくさっき言ったチームで固まって行動するようにして、そうすりゃばらけても そんな心配ねぇし」
神妙な面持ちで頷く面々。先刻の威勢はどこへやらすっかり尻尾を垂れ下げて鼻をすぴすぴ鳴らしているオージロー、とそのオージロー を抱きかかえて眉じりを下げるケイ。
「ヘッド……」
「心配すんな、バラバラになってもすぐ会える。オージローのこと頼むぞっ」
「……おっけー。ヘッドも、気を付けてね」
  短い再会が終わる。名残を惜しんでいつまでもモタモタしている時間はない。よし、と踵を返したその時。
「たんま!!」
動こうとしないジェイが声を張り上げる。声の主がジェイであると分かると、一行は溜息混じりに肩を竦めた。半ば放置気味の状態 にも構わずジェイが続ける。
「ブレイマーは置いといてさ、外にはイーグルたちもいるんだろ!?まずくない?」
「ヤマトも言ってただろ。ブレイマーの方が今は危険-」
ハルがやれやれとばかりに唯一振り返ってくれた。が、彼の面倒そうな説得を遮ってごく近くでけたたましいガラスの割れる音が響く。 ジェイもハルも同時に口をつぐんだ。
  待っていたかのように、その沈黙の中、ブレイマーの挨拶吠えがこだました。レキとエースがすぐさまスタートダッシュをきる。
「ジェイ!行くぞ!」
「……マジかよ……」
ハルが後に続く。後に続きたくないジェイはうんざりした顔で項垂れていた。
「外に出て騒ぎを収めるか、このまま中に残って喰われるか、2秒で考えて決めな。シオ、行くよ!」
「ラヴィィ~!」
呼ばれたのはシオのはずだが、間髪入れずに飛び出したのはジェイの方だった。ハルよりもブレイマーよりも、ラヴェンダーの一喝の 方が効果覿面のようだ。ようやく踏ん切りをつけて一階に下ったかと思えば、目の当たりにした末恐ろしい光景にすぐさま足を止める。
  バーの窓枠一杯にブレイマーの頭部が敷き詰まっている。何とかして頭から店内に入ろうとしているらしい、知能薄なブレイマーの やりそうなことだがあまりの衝撃に笑いすらこみ上げなかった。
  面食らうジェイを尻目にレキとエースが容赦なく窓の頭に向けてトリガープルを繰り返す。撃たれても引かないところを見るに、 どうやら窓枠に頭が挟まったらしい。好都合だ、レキの連射でブレイマーは断末魔を上げてどろりと流れ落ちた。
  行きつく間もなく耳をかすめるブレイマーの咆哮に、レキも顔を青くした。
「レキ、俺たちもばらけるぞ。俺は街中一周して入り込んだブレイマーを始末してまわるから、お前はラヴェンダー連れて穴に行け。 奴らが狙ってんのは懐のそいつだからな、状況によっちゃあ潔く餌食になれよ!」
「何が潔くだ、笑えもしねえこと言いやがって……」
ラヴェンダーに軽く手招きする。と、その後ろをついてくる彼女にはストップをかけた。
「シオは駄目だ。ブレイマーは俺に寄ってくる」
レキは振り向きながらそれだけを告げた。そしてバーを出る寸前に思い出したように一瞬立ち止まる。
「ハル、ジェイ、頼むな!」
レキは慌ただしく走り去る。ラヴェンダーもそれに合わせて足早に後を追った。
  ジェイが恐る恐る眼球だけをずらすと、予想通りの険しい顔つきのハルがいた。レキが居たドア前の空気を鋭い目つきで睨んで、 それを振り払うために一度固く目蓋を閉じる。次ぎにジェイが見たときは何事もなかったように微笑していた。
「よし、じゃあ俺らは街の人たちの安全を確保しながら回ろう。二人ともバックアップよろしくっ」
「流石正義を愛する男!逆方向でまわれよ」
ハルの痛々しい程の努力の作り笑いは、エースの間の悪い冷やかしのせいで一気に崩壊し額にいくつかの青筋が浮き出る。さっぱり空気 を読もうとしない男に気を揉むのは板挟みのジェイだ、ハルをなだめながらエースの背中にあかんべーなどしてみせた。
「シオ。……俺じゃあんまり頼りになんないかもしんないけど……ま、もっと頼りになんないジェイもいるし」
「……どういう意味だよ」
シオが笑顔でかぶりを振った。ハルはまた一瞬だけシオと同じように笑って、前を向くと同時に射るような眼をつくる。
  レキがいつも無意識にか、シオの手を牽いていたことをことをハルは知っている。だからと言ってその代役をかって出るような真似を まさかするはずもなかった。
「二人とも気ぃ抜くなよ!んじゃ、出よ!」
ハルの先導でシオとジェイも後を追う。

  レキとラヴェンダーはスプリンター並の走りで市街地を駆け抜けていた。ブレイマーが空けたアンブレラの穴、ヤマトたちが走り去った 方向とブレイマーがやって来る方向を足して突き進んでいる。要するにブレイマーに向かって特攻しているわけだ、二人の歯の食い しばり方は半端なものではない。目の前をゆらゆら散歩しているブレイマーたちも、数だけは同じく半端ないものだ。
「ちょっ!多!!つ、突っ込むの!?」
「喋んな!舌噛むぞっ」
「無理だっつってんの!!いくらのろいっていってもあの数と大きさよ!?」
その上今の二人の自己主張の激しい声量のせいでブレイマーは皆こちらに注目した。一斉にこちらに首をもたげる巨体共に、二人も 仲良く同時に口元を引きつらせた。
「……ほら見ろ、気付かれた」
「タイミングの問題でしょ」
ラヴェンダーが当てつけがましく思い切り舌打ちをして、マシンガンのセーフティーを外す。
  トリガーに指をかけた、丁度同時に、二人の脇を清々しい一陣の風が吹き抜けていった。そして急ブレーキの音と共に砂埃が上がる。 黄土色の空気にむせながら、レキはこれでもかと言うほど不機嫌な顔を晒した。
「ヘッド!こいつ使って下さい!俺もアシストしますからっ」
“ギン”に良く似たマフラーが太陽光を反射して美しく光る。砂煙の晴れた視界には、バイクに跨ったマッハがいた。