ACT.16 デビルパーティー


「マッハ、お前最高!」
マッハと入れ替わる形でレキが喜々としてシートに跨る。グリップの感触を確かめて、マッハの肩を景気づけに叩いた。
「礼ならさっきのバーのマスターに言って下さいよ。借りもんですよ、それ」
「細かいことはどうでもいいんだって。ラヴェンダー!後ろ!」
「はいはい」
水を得た魚、鬼に金棒、レキにバイクである。バックシートが揺れる感覚の直後、レキはアクセルを勢い良く回す。今度はマッハが 舞い上がる砂埃をもろにくらって哀れにむせた。というのは、レキにとってはもはやバックミラーの中の出来事、はるか後方の光景だ。
「突っ込むけど文句ねえよな!」
返事の前に脳天に重みがかぶさる。そのままかなりの前傾姿勢でもレキはスピードを緩めない。
  頭に乗っかっているのは後部座席のマシンガン女の肘だ。どうやらマシンガンを固定するためにレキの頭を台代わりにするつもりらしい。
「ごちゃごちゃ言ってないでそのまま頭引っ込めてよ。穴あくから」
レキは反論を諦めた。少し無理な体勢だとは思いつつも大人しく上半身をすぼめる。胸中ではジェイへの同情や疑問が渦巻いていたが、 それも直後に味わう凄まじい発砲音とその振動で綺麗さっぱり吹っ飛んでいった。真っ白になりつつある脳内、かろうじて意識を繋ぎ 止めているのが皮肉にもリズムよくうなじに落ちてくる薬莢だった。
  そんな逆ウィリアム・テルにしばらく耐え抜くと振動が止む。代わりに後方でブレイマーの悲鳴が堰を切ったように始まり、バイクは その群を難なく通過することができた。
「当たってもくたばらないから苛つくわっ」
軽量化されたラヴェンダーのマシンガンでは、連中を攪乱するのが精一杯だ。いざブレイマーを確実に仕留める際には確かに考えもの だが、穴を目指す今の段階ではこの方が好都合であった。
  あれだけ乱射してなお不快を口にするラヴェンダー、レキは応えずようやくしっかりと前を見ることができる喜びを噛みしめた。そして またすぐ脇見運転になる。理由は実に単純明快だ、前を向いた瞬間に白い集団の中心人物を視線がかち合ったのである。腹を決めてアクセル を全開に回した。
「今はかまってらんねー、ラヴェンダー!飛ばすから落ちんなよ!!」
イーグルは疾走するレキのバイクを目で追うが銃を向けることもなかった。今はレキたちを野放しにしておけば相当数のブレイマーを 駆除してくれると践んだのか、はたまたレキ同様かまっている余裕がないのか、どちらにしろ現在のイーグルの標的は怒りに我を忘れた ブレイマー集団であることに変わりはない。
「大佐!先ほどのはレキの一味かと……」
ガァン!ガァン!ガァン!ガァン!-部下の申告を遮ってイーグルはにじり寄るブレイマーに四連射、命中する様は無表情のまま見届けて 再びトリガーに手をかけた。
「ノーネーム一匹を追ってイリスを壊滅させたいのか。総員、通りを一掃してアンブレラの亀裂箇所に向かう!これ以上の被害を食い止めるぞ」
ハッ-短い、切りのいい敬礼の後イーグルを主軸とし通りにはユニオン隊員の銃声だけが響き渡った。
  ブレイマーの雄叫びさえも半ばかき消してしまうような絶え間ない銃撃、この一瞬の隙もない完成された攻撃こそがパニッシャーの 駆除法である。各々一度きりのトリガープルでも、イーグル小隊約二十名全員が引けば二十発、それを連射であるから通りの向こう側を 見通せるようになるまでそう時間はかからなかった。
  イーグルが大きく腕を振りかぶると、隊員たちは狂いのない歩幅でただの溶解液となったブレイマーの上を走っていく。雨降りでも ないのに街中には水たまりに踏み込むような音が溢れていた。レンガの石畳が赤黒い水たまりに覆い隠され、本来の美しい佇みを無く していた。結果としてはレキたちの走り去った轍を辿る形で、イーグル隊は真っ直ぐに「穴」を目指した。

  イリスは上空から見ると正八角形の、調和のとれた造りになっている。街全体をすっぽり覆うシールドに“アンブレラ”を名付けられる のも頷ける。入口から見て真っ直ぐに走ったセンターストリートが街の主軸となり、それぞれの角部分に向けて中心部からサブストリート が走る。ところどころに造られた網目状の小路地を視野に入れなければ、実に分かりやすい区画構成だ。
  分かりやすい上にイリスには何度も訪れているヤマト、部下のサトーと共にわき目もふらずアンブレラの亀裂箇所を目指してきた。 言うまでもなく全力疾走で、だ。住民はどこぞに非難したか室内に引き籠もったかで全くすれ違うこともなく、時折遭遇するブレイマー 以外に二人の行く手を阻んでくれる者はいなかった。阻んでくれないからここまでほとんど立ち止まらずに辿りついてしまった。サトー は真夏の犬のように舌をだらしなく出して肩を状毛に揺らし呼吸している。対してヤマトはというと、涼しい顔で自分たちを取り囲む ブレイマーの数を数えたりしていた。
「ったくよーユニオンの奴らが下手に手ぇ出してきやがるからやりにくいったらねえな。……おいサトー、聞いてんのか。へばってる 時間なんざねえぞ」
「そう言うならヤマトさん自分で吸血機持って下さいよー。これ意外と重量あるんっすよ?」
苦情をぼやきながらも、もう正常呼吸に戻っている。ブレイマーの血液を採取するに当たってブレイムハンターが用いる吸血機(形状は 掃除機に酷似)、そのホースを嫌味たらしく振り回してサトーが嘆息する。蛇足だが、商品名は「ドラキュラくん」らしい。
「軟弱な奴だな。動かなくていいから吸って吸って吸いまくれよ。終わったら有給とって豪遊すんぞ」
ヤマトが刀を鞘に収めたまま体勢を低くし、手を束に添える。
「いいすねー。サンセットアイランドあたり行きましょうか」
サトーも腰をかがめてホースを構える。こちらは幾分お粗末だ。サトーへの相槌は無かった。
  次の瞬間に感覚を支配するのはヤマトの鮮やかな「狩」である。まるで舞を披露するような太刀と、自慢の跳躍で眉ひとつ動かさず 次々とブレイマーを斬り伏せていく。その光景が華麗にも残酷にもとれないのは、一重に吸血機を担いで右往左往するサトーの存在故 であろう。狩っては吸う、吸っては狩るのどこにも無駄のない二人の仕事には経験がにじみ出ていた。
  しかしいつも通りのスムーズさが続いたのもここまでであった。