ACT.17 パラドックス


「近頃のガキ共は他人の言うことを聞かんな。ラヴェンダー連れて黙って撤退しろ、お前らの分の逃走路まで面倒は見んぞ」
ガキ共-おそらくイーグルも含んだ言いぐさだ。ヤマトの圧迫に押されてレキの闘争心が萎える。ラヴェンダーが後方で嫌味な顔を晒し、 手招きしていた。
「おいエリート。ユニオンの仕事はキャノンの無駄撃ちじゃないんだろ?互いに“業務”に戻るとしようじゃねえか」
  レキがやたらに爆発力のあるダイナマイトを後方で爆裂させるものだから、ヤマトの決め台詞のほとんどはかき消されてしまった。 最近の若者はやることなすこといちいち豪快である。それでもイーグルには主旨は伝わったようだ。
  イレイザーキャノン発射をよもや他者から間接的に耳にすることになるとは、彼自身夢にも思っていなかった。動揺を押さえつける すぐ側で、隊員たちが各々に不安顔をさらけ出している。レキの問の答が当にこの置き去りのユニオン部隊の有様そのものだった。
「……大佐、イリス半径2キロに滞在中のユニオン隊員に退避命令が出ています。『ブレイマー襲撃により壊滅したイリスをキャノンで 都市ごと救済する』……との通達、です」
動揺が確かなものとなり、皆銃器を握る手を思わず下ろし驚愕の色を顕わにした。無論、都市イリスはこうしてブレイマーと交戦中で 壊滅状態にはない。イーグルの唇のゆるみから唖嘆が漏れた。
「連合政府も堕ちたものだ。独裁者気取りを通り越して破壊心にでもなったつもりか……。確かに連中の頭の中は何でもありのようだな」
まるで他人事のようなイーグルの言いぐさに、彼の部下たちは戸惑いの色を隠せずにいる。しかし呆けている猶予はない、彼らは今や 命令が無くても銃を取らざるを得ない状況下に置かれているのだ。悠長に皮肉をこぼしているのはイーグルだけだった。
「退避命令には従えない。どのみち逃げようがないんだからな。イリス住民の安全を最優先し、誘導しながら亀裂部から一時離脱する!」
「……はっ!!」
声だけの、何とも味気ない敬礼。しかしやたらに揃った応答だった。
  取り乱しまくったフレイム一味(と言っても主にリーダーだが)とは対照的に実に迅速で的確な判断を下すイーグル、印象と皮肉から “エリート”と称したヤマトだったが心底感心そうに口笛を吹く。リアクションとしてはやはり冷やかし要素が強いが。
「ヤマトさん!!イレイザーキャノンの発射を確認っ、うまいこと生き延びて下さいよ~!!……おい頭下げてろってヘルメットくん! お前らも衝撃に備えろ!」
「アンブレラ最大出力!!……なってんのか!?上げろよっ全開!ぜんっかい!!」
「だからヘルメットくん頭引っ込めてなって!」
タナカから報告が入る。ついでに外野の混乱具合も手に取るように分かり、ヤマトが苦笑混じりに無線のスイッチを切る。
  ふと見上げた空に水面を走る波紋のごとく、電磁シールドが瞬く。普段は無色透明のアンブレラが異様なグラデーションで波打つのが 肉眼でも確認できた。そしてその更に向こうに、白い球体が浮かんでいるのが目に入る。太陽ではない。太陽は尾を引いて降ってくる ことはまず無い。
  ヤマトは刀を鞘に収めた。
「来たぞ!!真上だ!!」
血管がはち切れんばかりに大口で叫ぶ。咄嗟に多くの人間が空を仰ぐ、もはや空に色は無かった。視界全体に真っ白な光の粒子が 広がっている。そのエネルギー体の先端がアンブレラの一端と触れあった直後、空を仰いでいた人々は地に両手をつき跪くことを強い られた。
ズゴォォオォォォァア!!-上から巨人の両手で押さえつけられたような圧力に耐えかねて、次々と人が倒れていく。傅いた地面も 彼らを優しく受け止めてはくれず、大地が根こそぎ崩壊するような地震が無力な人間たちを転がしている。それでも何とか行く末を 見届けようと必死に天を睨み付ける者もいた。ただただ目映い光には何の神々しさもなく、アンブレラが稼働している証である光の 火花があちこちで弾けては消えていく。
  レキは空を見上げながら、不謹慎だとは思いながらもその荘厳な光景に見とれていたと言っていい。重くのしかかる圧力で息苦しいが、 どのみち呼吸をするのは半ば忘れかけていた。
「持ちこたえられんの!?あんなの落ちてきたら冗談抜きで木っ端微塵よ!」
ラヴェンダーが両耳を手のひらで塞いでヒステリックに叫ぶ。地鳴りは、耳というよりは体の芯に響いて、彼女の動作は気休めに しかならない。
「……すげぇ……」
遂に感嘆を漏らしたレキにラヴェンダーは青筋を浮かべていたが、立つことも困難な揺れの中でレキを諫める言動も無駄な労力である。
  無様に四つん這いになった状態ではあるが、二人はこうして会話ができた。本来ならもっとキャノン接触の余波がダイレクトに届いて おかしくはないのだ、覚悟していた突風や轟音、そして衝撃がこの程度で済んでいるのは全てこのシールド「アンブレラ」の恩恵である。 最大出力のアンブレラの面に沿って、多分に拡散したと見られるイレイザーキャノンもしぶとくシールドを打ち破らんと光り続ける。
  互いに最強の名乗る矛と盾がどちらも引かず、膠着状態が続くように思えた矢先、決着は突然、そして意外にもあっさりついた。
パァン!!-アンブレラの側面に貼り付いていた光が、短い破裂音と共に美しく四散する。途端に揺れと地鳴りが止んだ。ラヴェンダー が訝しげに上空を見る。
「うち勝った……?」
  やけに辺りが静かで、それが不気味だった。見上げた先の空は目映く光こともなく殊更に青い。遠くの方が少し赤みがかってきたのは 夕暮れが近づいてきた予兆であろう。但し、アンブレラの残骸は無惨にもはっきりと、自らの機能の死を告げている。シールドを固定 していたシステムが破壊され、行き場を無くしたアンブレラのこぼれ電力があちこちで不規則に弾けていた。
「……何か変じゃねえ?」
レキもゆっくり立ち上がる。この静けさに、違和感を抱いていた。静寂とは裏腹に、風が吹き出したのである。僅かに流れる前髪に 意識を集中していると、一気に風は勢いを増し、ラヴェンダーの黒髪をはためかせた。そして二人揃って同じ方向によろめく。風が 吹いているのではなく、何かに吸い寄せられて空気そのものが引っ張られているらしい。
  その何かが、あの「穴」であることに気付いたときは既に目の前の路地をイレイザーキャノンが突き抜けた後だった。おこぼれとは 言えその威力は、目の当たりにするにはあまりに強大過ぎて、レキもラヴェンダーも茫然とする他なかった。閃光が走った軌跡は全て 消去、地面すらえぐり取ってただ真っ直ぐに水のない川底のようなものを作っていた。
  馬鹿みたいに立ちつくして無理矢理声を絞り出すと、語頭が僅かに震えているのが自分でも分かる。
「……ラヴェンダー。エース探して、全員合流だ。これ以上頭イカれた連中につき合ってられるか……っ」
黙って頷くラヴェンダー、いつもは健康的に仄かに赤い彼女の頬が、ほとんど血の気を失って青ざめていた。かろうじて残ったレンガ造り の壁に手をついて平衡を保っているのがやっとだ。
「大丈夫か……?」
「そっちもね」
ひきつった笑みでラヴェンダーはリズム良くマシンガンを担ぐ。レキに心配されるほど落ちぶれちゃいない、とでも言わんばかりだ。 気丈に振る舞う二人の胸中は、良く似た絶望に支配されていた。
&nbso; イレイザーキャノンの威力を本当に間近で見た者は、おそらく彼ら以外だけだろう。見たと同時にその恐ろしさを知ってしまった。 人類を死滅させるのはブレイマーかもしれないが、星を死に追いやるのは人間かもしれない。キャノンは「人」という存在の恐ろしさ そのものだった。決して見てはいけない人間のおぞましい闇を、二人はこうして目蓋の裏に焼きつけてしまった。
  風が、アンブレラを突き抜けて不規則に渦巻いていた。