ACT.17 パラドックス


  一方、キャノンの衝撃と余波を屋内で耐えた者たち-。ようやく収まった揺れと轟音、不気味な静けさを警戒しながらヘルメット無しの ヘルメット男が手で即席ヘルメットを作って180°周りを見渡す。
「おーい……。みんな生きてる?」
頭をひっこめるまでは確かにモニター近くに居たハルの姿が見当たらない。管理棟は流石にアンブレラの中枢だけあって耐震強度は並はずれ て強いらしく、一見大きな被害はなさそうである。つまり瓦礫に埋もれるなんてことにはならないはずだ。不安げに顔を出すのはスズキと タナカ、それから研究員たちで、ハル、ついでにシオまで見当たらない。
  二人は思わぬところから飛び出してきた。ジェイの背後である。
「アンブレラは!?」
ハルの第一声はそれだった。モニター前に駆け出す彼を寂しげな眼差しで見送るジェイ、フォローはシオの役目となった。半べそのジェイの 肩を叩いてヘルメットを渡す。申し訳なさそうに手を合わせるシオに、ジェイは表情そのままに疑問符を浮かべた。
「(ハルが)」
ジェイ用にいつもよりゆっくり、大きく唇を動かす。
「(揺れる直前に被せてくれたの。大丈夫だった?)」
なるほどそれでハルがシオと共に自分の真後ろに居たわけだ。馬鹿でかい地震が来る寸前、誰かに突き飛ばされたような覚えもある。 ないがしろにされた自らの安全に胸中で一筋の涙を流しつつ、ジェイは渡されたヘルメットをそのままシオの頭に乗せた。社会科見学の 女学生の出来上がりだ。
「しばらく被ってなよ。頭割れないようにさ」
臭い、汚い、蒸れると罵られ続けたジェイのヘルメットはここぞというときにようやく頼りにされたようだ。ジェイ本人ではなく、 あくまでヘルメットへの信頼だが当の本人は気付いていないようだった。
「勝ったのか……?アンブレラが」
  市街地を映すモニターに、目に見えてひどい被害は見受けられない。地震で多少の崩れはあるが、キャノンの影響で無いことは分かる。 胸を撫で下ろす一同とは一線引いて、スズキが深々と嘆息した。ひびの入った眼鏡に対してかと思えば、スズキの悲壮感は別のものに 向けられていた。
「相打ち、ややアンブレラ優勢ってとこだろう。見事にぼろっぼろだぞ、機能するのか?」 スズキの言うとおりモニターにはアンブレラの欠片のような、小さなシールドがまちまちに点在しているだけで、確かに傘としては もう役立ちそうにない。アンブレラの出力を見る専用モニターを見ると更に明らかで、迷彩柄でも描いたような残存具合であることが 知れた。
「ガンガンブレイマーが入ってくるぞ」
一気に青ざめる一同。間髪入れず研究員が別のモニターを指す。
「いえ、ひとまずは安全でしょう。皮肉なものですがイレイザーキャノンで亀裂箇所に群がっていたブレイマー反応がひとつ残らず 消えています」
再び揃って安堵の溜息、の輪を乱したのは今度はハルだった。わき目もふらず出口に飛び込む。
「ハルっ、何だよ急に」
「馬鹿!ブレイマーが一掃されたってことはキャノンが穴を突っ切ったってことだっ、レキもラヴェンダーもあそこだろ!?」
  結局、最終的には全員顔面蒼白で統一された。ハルを追い越す勢いで走るシオ、その後を出遅れたジェイが、仲間の安否を同様に 気遣うスズキとタナカが追う。棟内に残ったのは研究員たちはハルたちの言動に悲嘆をこぼさずにはいられないようだったが、それでも 生き残った都市イリスを目にしてひとつ、安堵を覚えたのもまた事実ではあった。
  故障した入口の自動ドアを力任せにこじ開けてハルが勢い良く外に出る。同じ勢いで飛び出してきたジェイがその背中に突撃、シオ、 ハンター二人と、後方で玉突き事故が起こるのも半ばどうでも良さそうにハルは目の前の光景に目を奪われた。覚悟無しに突きつけられた 現実を受け止めるために、息を呑む。シオが声なき悲鳴を押し隠して口元を手で覆うのが横目に映った。
「ちゃんと……逃げてんだろ……?」
「分からない。ヤマトには確実に伝わったけど」
  えぐられ、配水管からあちこち水が噴き出す。そこは確かに、道だった。ハルたちの立っている位置から、イレイザーキャノンの 弾道が築いた細長いクレーターの底を見下ろすと、その高低差は目算でも3、4メートルはある。何一つ残っていない、文字通り消去 された景色がそこにはあった。
  放心する3人の横からタナカが申し訳なさそうに顔を覗かせる。
「俺たちはヤマトさんとサトーを探して合流する。そっちの情報も入手したら一報入れるよ、そう悲観しなさんなって」
ハルの背中を軽く叩く。力強く頷き返すと、ハンター二人は小走りに亀裂部方向へ消えていった。

  あのヤマトの怒声を聞いていたなら、レキもラヴェンダーも穴からは離れているはずだ。そう仮定して捜索する他なかった。 街は真夜中でもないのにひっそりと静まりかえっている。三人はほとんど無言で足だけを進めた。その静寂は穏やかさの欠片もなく、 ただ、冷めていた。
  石畳の坂道が続き、その高台の上にイリスの駅がある。最後の坂道手前にロータリーがあった。夕焼けを反射したように赤い石畳に、 少しだけ顔を上げる。場所が開けると同時に、少しだけ視界も開けた。
「ハル!あれ!」
ジェイが指さす先に人影があった。ひとりぽつんと、ロータリーの中心に立っている。人影から、細い煙が立ち上っていた。
「エース!無事だったか!?」
目視と確信はほぼ同時で、ハルは駆け寄った。その一歩目を踏み出した瞬間に気付く。ロータリーの石畳は赤かったのではなく、 ブレイマーの血と肉で赤く染まりきったのだということに。
  呼ばれてエースは気怠く手を挙げた。血の絨毯の上でのんびり煙草を吹かしている。苦笑いするしかないハルに代わって、ジェイが 露骨にげんなりしてくれた。
「お揃いで何よりだな。結構結構」
「心配して損するよなぁ。急いで来てみれば悠長に一服してんだからな」
「腹立つのはこっちだ。シオに臭ぇもん被せやがって……。レキとラヴェンダーはどうした。ユニオンもだ。ブレイマーはあらかた掃除した はずだから腰据えて話すぞ。……バーが残ってりゃの話だけどな」
  一人孤独にブレイマー退治をしていた割に状況判断だけはピカイチに早いのがエースの有能な面であり嫌らしい面だ。シオの頭の上の ヘルメットを軽快に投げ捨てて自分のテンガロンハットを乗せる。
  辺りの血の海を見ればつい先刻までブレイマーと争っていたことは丸分かりなのだが、こうまで落ち着いていられると確かに、危機感 に駆られて猛ダッシュしてきた自分たちがみじめに思える。ヘルメットを追いかけるジェイを尻目に、ハルまで脱力を覚えていた。
「亀裂箇所まで行ったけどレキたちも、ヤマトたちもいなかったよ。っていうより、何も無くなってた」
「キャノンか。……何はともあれあいつら探すのが先だな。消し飛んでなきゃあいいが……」
浮かない顔を上げると、道の向こうに何やら砂埃が舞い上がっていることに気付く。四人が目を凝らして注目していると、砂埃の発生源 が話題の二人であることが分かった。遠目にも、鬼のような形相であることも分かる。エースが煙草を一端離して、口を引きつらせた。
「全員無事か!?揃ってんのかよ!?」
先に安否の確認をしたのはレキの方だった。スプリンターばりの速さで走りながら叫ぶものだから止まる頃に汚くむせる。ラヴェンダー も担いできたサブマシンガンごとその場に崩れて夢中で息をした。
「二人ともキャノン避けられたのかぁ~。マジ良かったよ~」
体力の限界を迎えたレキとラヴェンダー、合流を心底喜ぶジェイ、喜びながらあることに気付く。遠目ではここまで走ってくるのに 必死だったということだけは分かったが、近くでよくよく見ると二人の顔には血の気が無い。ジェイの顔も一気に不安げに変わった。
「何だよその顔……っ、穴で何があった?」
「無事か!揃ってるか!!とっとと答えろっ」
青白い鬼の形相で怒鳴られると迫力も5割増しである。おののいて半歩後ずさるジェイの代わりに、ハルが淡々と答えた。
「全員無事。フレイムメンバーは揃ってる。……何かあったのか」
「無事!揃ってる!……はぁ~マジ安心したらどっと疲れるわ」
ハルたち側の質問はとことんお構いなしらしい、レキが深呼吸してしゃがみこんだ。酸欠からくる青白さでないことは誰の目にも明らかだ。
  ハルがぽつぽつと青筋を立てていると、またもや新たな合流者が割って入る。今度はどこそこの道からではなく、ジェイのトランシーバー を通じてだ。
「おーいボウズ共。聞こえてるかー?市内のブレイマーはだいたい片づいた。今後の対策練るから昼間のバーに集まってくれ。アンブレラ 無しってのが心許ないけどな」
視線が一気にジェイの腰元に集まる。ジェイはレキに目で確認をとって、そのままスイッチを切り替えた。
「了解。こっちは全員無事だったけどそっちは?」
「心配無用だ。ゲストも呼んであるからお前ら全員頭冷やしてから来いよ。特にすぐ頭に血が昇リーダーとかな」
この時点で軽く頭に血が昇っていたが、レシーバーがジェイの手にあるため反論もできない。
  ジェイが適当に返答してすぐに電源を切った。
「何だよ、ゲストって」
ハルの疑問に対してジェイは肩を竦めるだけだ。レキとラヴェンダーは何となく見当が付いたのか意味深にアイコンタクトを交わす。 葛藤はあったが今後のことを、ヤマトを交えた上で考えたいという気持ちの方が強い。レキがひとつ大きく溜息をついた。
「とりあえずバーで話まとめようぜ。……それと気になってたんだけど、シオに汚ねぇ帽子乗せてんなよ」
フリスビーのごとく回転付きでテンガロンハットが投げられる。ジェイが笑いを噛み締めているのも知らず、レキはあっさりノーマルシオ に戻してしまった。エースが何か不服を申し立てているようだったが一切受け付けず、先陣を切ってバーへ歩き出す。今はヤマトの 忠告通り精神統一しておくべきだと考えての行動だ。
  レキ、ラヴェンダー、二人が想像した通りの人物が「ゲスト」ならバーの席に着いているのはパニッシャー大佐、イーグルだ。想像 しただけでも苛立ちがマックスまで上がる。クールダウンのための試行錯誤を繰り返しながら、レキは足早に先頭を突き進んだ。