ACT.18 タイトロープウォーカー


ヤマトのどうでもいい捕捉とマットの高笑いをできるだけ感覚外に閉め出そうと多くの者はポッド内のアトリビュートフイルムに釘付け の振りをした。ふざけたネーミングはさておき、装置の凄さはレキやジェイにも理解できる。
「それでその、何とかフイルムがどう関係あんの?つづきつづき」
実際口にしたラヴェンダーだけがお粗末に見えるが、レキもジェイも同様に何とかフイルムで把握しているクチだ。
「アットリビュ~トフ・イ・ル・ム!お勉強も大事よお嬢ちゃん。あたしたちはこういった装置を介さない限りその存在を確認することは できないけれど、ブレイマーってのはね。このアトリビュートフイルムを見分けて餌や仲間を判断するのよ。この黄色いフイルムは人間、 つまり奴らには餌の認識ね」
まばらに感嘆が湧いた。やはりブレイマーに関してはブリッジ財団の持つ知識と技術は桁外れである。まざまざと見せつけられて素直に 感嘆を漏らせないのはイーグルで、しかしマットの上がったり下がったりの説明を人一倍真剣に聞いているのもまた彼であった。
  マットが体重計、もといフイルム観測装置から降りる。
「ブレイマーのアトリビュートフイルムを装置にかけた場合表面から80センチ、もしくは1メートル程度に濃い紫色のものが観測される わ。ブレイマーは同じフイルムを持つ者を同類と見なし攻撃をしかけることはない。ここに“ハイドレインジア”の仕掛けがあるの よぉ~!つ・ま・り、あたしたちが遺伝子によって勝手に振りまいてるアットリビュートフイルムを!これこのようにブレイマーのもの にシフトすれば!?」
手のひらサイズのレバーを言いながら軽快に引くと薄黄色だったフイルムの色が瞬く間に濃い紫色に変化した。
「ブレイマーは人間を餌として一切感知しなくなる!!道で会ってもご挨拶程度!アンビリ~バボ~!!これは短時間であれ意図的に 他種族に気質をチェンジっするとてつもなく画期的システムなのよぉ~。それは当に!人の手でカメレオンシフトを実現する第一歩!! 神業とはこのことよ!マイゴッドハ~~~ンドォッ!」
「(めんどくせぇ~~~~……!!)」
遂にレキは視線を床に落とし胸中で拳を握りしめた。想像の中にしろ眉付近の神経の痙攣がどうにも止まらない。両手を高々と天井に向け 何かと交信しているマットを尻目に小さく嘆息した。
「まあカメレオンシフトと言っても体内構造は遺伝子を含め何も変わりはしないんだけどっ。あくまでアトリビュートフイルムのみを 上張りする形ね。フイルムの上にフイルムを張るのよ。シャツの上にジャケット!アトリビュートフイルムの上にアトリビュートフイ ルム!フイルムの重ね着よ!なぁ~んてファッショナブル!!」
夢見る瞳で指を組み肩を縮めるそのシルエットは、残念ながら極めて奇怪で直視できる代物ではない。流石にヤマトも唖嘆しながら マットの暴走を止めにかかる。
「完成までどのくらいかかりそうだ?マットならそんなに時間は要らないんだろう?」
「あらぁヤマトちゃん嬉しいこと言ってくれるわねぇ。基になる上張り用フイルムはもうできてるのよ、但し張り付ける人間との相性 ってのがあってそこんとこがハイドレインジアの実用を妨げてるの。一般人だと-」
目が合ったのは割と真面目に話を聞いていたハルで、マットのゴッドハンド(仮)に腕を掴まれると成すがままに“種族臭さチェッカー” に乗せられる。前のめりのハルのシルエットと薄黄色のもやがポッド内に再現された。
「こうよね」
用無しとばかりにハルを押しのけてヤマトに優しく手招き、言いようのない敗北感に駆られハルは渋い顔つきで元の席に着く。
  ヤマトが軽快に台座に乗ると、次の瞬間にはどよめきが広がった。ハルやマットのアトリビュートフイルムに比べてヤマトのそれは 実に濃く、なおかつ若干赤みがかって見えた。黄色というよりは橙に近い。
「分かる?ヤマトちゃんはカザミドリ種でしょう。遺伝子配列が異なればアトリビュートフイルムの色も違って見えるのよ。いずれは ヤマトちゃんも使ってくれるかもしれないからカザミドリのようなKSシステムの種にも適応できるようにしておく必要はあるわね」
ヤマトが苦虫を潰しながら台座を離れる。そこに問題があるのだとすれば、この寄せ集め同盟メンバーには非常に深刻な事態だった。
  ヤマト(カザミドリ)に留まらずアメフラシも半ブレイマーも揃えた品揃えの良いグループ、言うなれば種族サラダボウルのこのメンツ には頭の痛い最終難問である。
  何はともあれ一応の交渉を試みて、ヤマトが話を持ちかけた。
「完成したら即行俺に回してもらうってできないか。謝礼は弾む」
「あら、それは無理よ。完成の報告をまず財団にして、試験的に運用して、商用許可をもらわなきゃあ。知ってるくせにおかしなことを 言うわねー」
間髪入れず一刀両断、予想通り情で危ない橋を渡ってくれるタイプではなさそうだ。
「ブリッジに許可を取る。だったら構わんだろ」
どちらかと言えば、ヤマトも長いものには心地よく巻かれるタイプだ。そしてそれを知っているマットにしてみればこの発言は虚を突く ものだった。いつになく大真面目なヤマトの表情に含み笑いをこぼす。
「……面白いわ。許可が下りたらもう一度いらっしゃい」
マットは背を向けたままあしらうように手を振った。
  ここで全員踵を返、さない。出口に向かう者もいるにはいるが、ヤマトとイーグルはさも自室のようにくつろいで椅子に座り直す。 出口付近でレキが締まりなく口を開けて茫然としていた。
「お?何やってんだ、さっさと行ってブリッジを落として来いよ。打ち合わせ通り俺とイーグル大佐は出向かんぞ。しっかりな、大将」
確かに打ち合わせ通りなのだが何故か無性に不平を感じる。マットを言いくるめて二人で居座る話術があるなら、もう少し押せばブリッジ を通さずともこの新システムを手に入れられるのではないか、そんなことをちらりと、いやしっかりと考えながらもレキは大人しくフレイム メンバーを引き連れて研究ドームを出た。
  分厚い鉄の扉が完全に閉まるのと同時に、ジェイがこれでもかと言うほど伸びをする。
「はあ~っやっとあの二人から解放か。なんだかんだでこのメンバーの方がやりやすいよなっ。指図されんのもウンザリだよ、シオも そう思うだろ?」
シオがそうだそうだと言わんばかりに力強く頷く。無論誰しもが思っていたことだ、我慢ならない窮屈さを感じていたわけではないが どこか身軽にはなる。レキも景気づけに間接をほぐした。
  完全に気を緩めていたところに、背後の扉が不意打ちで開く。何をしていたわけでもないのだが否過剰に反応してそのまま凝固した。 ヤマトが訝しげに片眉を上げる。
「明け方近いから今日は俺の部屋使って適当に寝るといい。だだっ広いから快適だぞ。明朝一番でアポとってブリッジとご対面だ、 しっかりな」
でかでかと部屋番号が刻まれたカードキーがレキの手元に投げられる。
  そう言えばとてつもなく眠い。肉体的にも精神的にも気付かない内に疲労が溜まっていた。ラヴェンダーが事も無げに欠伸を漏らす のが見えた。

  再び静まり返ったブレイムハンター用の宿舎に移動し、不審者丸出しの狼狽えっぷりでそれでもようやくヤマトの部屋を見つける。 当然ベットはひとつだが、裕に三人は川の字で寝られる大きさだ。感心している間にラヴェンダーがシオを連れてベッドにダイブして いた。男四人に彼女たちを咎める術も勇気もあるはずがない。ソファーの取り合いをすることさえ馬鹿馬鹿しく思えて、皆だらだらと 壁際に身を寄せる。
  そんな中でも一人、何の躊躇もせずベッドの三人目になろうとする男がいた。辿り着く三歩手前でハルがベルトを鷲掴みにした。
「エ~~スっ、ソファーやるから大人しく寝てくれよっ。シオとラヴェンダーもっ、はしゃがない!寝る!」
「はーーい」
「しょうがねえな。大人はすぐそういうこと言う」
「あのなあ……」
労せずして旨い汁を吸うのがエースだ、そして徒労の末苦汁を舐めさせられるのがハルである。ついエースのくだらない発言に応答して しまったがために心底静かに休みたいコンビ-ジャケットを頭から被ったレキとヘルメットを枕代わりにしたジェイ-の反感を買い 理不尽な舌打ちを二連発される。やるせなさが後から後からこみ上げてきて、ハルは寝返りついでに深々と嘆息した。
  長い、長い一日が終わる。既に昇り始めた太陽に逆らって彼もまた、頭からジャケットを被った。