ACT.19 スイッチ


「こちらケイ。みんな揃ってるぅ?ちょっと気になることがあって……」
「揃ってるよ、どうぞ」
レキ以外は-。言うまでもないかと省いて、話を先に進めるよう促す。ジェイの適当な応答に、聞いていた残りのメンツは肩を竦めた。
「だったら大丈夫かな。えっと、ヘッドに言われた通りあれからスカルを張ってたんだけどうも動き出したみたいなの。ブリッジ財団 本部からさっきシバがチーム引き連れて出ていったから-」
「……ど、どっち方面に?」
皆の注目がトランシーバー一点に集まっていることに気付いて、ジェイは思わず背を向けた。
「ロストシティ。情報屋がシバの周りウロウロしてたから何かを追ってる感じだったよー」
ケイのあっけらかんな物言いが、この場にはそぐわな過ぎる。ジェイが恐る恐る振り返った時点で、既にエースとハルが舌打ち混じりに 立ち上がっていた。
「何何!?なんかまずいことになってる!?」
押し黙ったままのジェイに動揺してケイが早口になる。ハルが人差し指を口元に当てかぶりを振るのを見て、ジェイがスイッチを切り 替えた。視界ではアイリーンが額を押さえながらジープの鍵をハルに投げ渡している。
「うにゃ、いい機会だから俺たちもスカルの様子見るってさー。ケイたちはそのまま待機でオッケーって」
「そなの?追わなくていいの?」
「おうっ。因みに数どのくらい?」
「数っていうか、デッド・スカル総動員!ってかんじ?里帰りかもー」
ジェイはまた黙ってしまった。次々と工房を出ていくメンバーを尻目に、息を呑んでから呼吸を整える。
「了解。報告ごくろうさんって。……レキが」
「あいあいさーっ。また何か動きがあったら一報入れまーっす」
  ケイとのやりとりは無事、平和に済んだ。今しがたまで賑わっていたテーブルの周りには、空の皿と冷めた紅茶が残っているだけだ。 カウンターに座ったままのアイリーンが、トランシーバーをおもむろに取り出す。何かが起こった場合のためだろうが、できれば見て 見ぬ振りをしておきたかった。
  ジェイが最後に店を出る。ヘルメットを被りなおしてジープに乗り込んだ。

  ギンが一段と高い雄叫びを上げて、直後に砂埃を舞わせて静止する。暫く-と言っても二、三十秒の間だが-シートに跨ったまま レキは淀んだ空を見上げていた。天気は決して良くはない。かと言って雨が降りそうな気配も無く、ただどす黒い雲が途切れ途切れ に流れていった。瓦礫と廃墟と、このうんざりする天気が三拍子揃うと普通は気持ちが沈むものだが、レキにとっては見慣れた風景で それが変わっていないことが嬉しいくらいだった。
  ユウとバイクレースをした後、二人でよくここへ来た。レキの探し物があるとすれば、もうこの廃ビル以外に思い当たらない。 ブラッディ・ローズのアジトも一応軽く散策してはみたが、フレイム同様物色された後で期待もできなかった。
  立て付けの悪いドアを力んで押し開ける。相変わらずだ。記憶通りの場所にベッドがあり、チェストがあり、テーブルがある。ユウ と二人で抱き合って寝たベッドは、ほんの少し前まで彼女が居たようにシーツがよれていた。
  何も変わっていないはずが、レキは違和感を覚えていた。何故か少し居心地の悪さを感じる、ベッドに座ってみてもやはりそうで 頭を掻いた。ゆっくり室内を見回して気付く。一人で、この部屋に来たことは、そう言えば今まで一度も無かった。
「ねえなぁ……。まさか捨ててはないよな」
チェストの引き出しを順番に引いて呟くと、立ち上がって今度はベッド下を覗き込む。そのまま床やら小物の陰やらを虱潰しに探すが、 目当ての物は出てこない。しゃがみ込んで一度深々と嘆息すると、諦めて懐のギンの鍵に手を伸ばした。
「(そろそろ帰らねぇとあいつらギャーギャー喚く頃だよな)」
見切りを付けた刹那、レキの耳元をバイクのエンジン音がかすめる。ギンのものではない、そもそも一台二台そこらの単発音ですらない。
  レキはすぐさま壁際に身を寄せて慎重に窓の外を見た。状況は恐ろしく単純明快で、分析の余地無しである。停車して無駄に空ふかし を続ける趣味の悪い塗装のバイクがざっと20台、それに二人乗りしたこれまた趣味の悪い恰好の男が20組、三人乗りもいたのだろうか 周囲にはちらほらと鉄パイプを携えた者もいる。先頭車両には見慣れた男が乗っていた。それより何より決定的なのは、高々と掲げられた やはり趣味の悪い団旗である。髑髏マークが脳天からぱっくり割れたマークは、何度見ても嫌悪以外抱けない。
  下っ端に運悪く遭遇することくらいは予め想定していたが、東スラムの外れで総員とバッタリ、なんてことは予想外もいいところだ。 つまりバッタリ、ではないことを物語る。つけられていたことに気付かなかった自らのふがいなさを胸中で悔やんだ。
  レキの視力は人並みだ。人並みでも先頭車両の男がシバであることは分かる。シルエットと「デッド・スカル」丸出しの他要素がレキの 予想に確信に変えた。切り抜け方を何パターンか考えたが、そのどれもが途中で詰まる。レキは観念して堂々と身を晒すことにした。 明らかに袋の鼠なのだが開き直ってふてぶてしくドアを開ける。その瞬間、気持ち悪いほど場が静まり返った。馬鹿みたいに回転数だけを 上げていたスカルの連中が大人しくエンジンを切る。
「チーム総出でご苦労なこった。生憎俺一人だけどどういったご用件っすかね」
カァアン!!-デッド・スカルの一人が鉄パイプをコンクリートの地面に叩きつけた。威嚇なのかは知らないがレキは微動だにしない。 口の端を上げて終始ご機嫌そうなシバを睨み付けた。
「まあそう言うなよ。てめえの探しものをわざわざ届けに来てやったんだぜ?」
「あ?」
デッド・スカルの先端、つまりシバとレキの距離は約10メートル、にも関わらずシバはその極小の代物を顔の前でちらつかせた。二度目の 確認になるがレキの視力は人並みだ、直径1センチにも満たない物体をこの距離で判別できるはずもない。はずもないのにポーカー フェイスがみるみる内に崩れていくのが自分でも分かった。シバが摘んでいるのは赤いバラのピアス、レキが彼女に送ったあのピアスだ。
「顔色が変わったな」
「……何でそれをてめぇが持ってる」
シバの言うとおり、レキはこのピアスを探しにロストシティに戻ってきた。未だに意識の戻らないユウの耳に、いつもあったはずのバラ のピアス、彼女が目を覚ましたときに手元にあるようにしておきたかった。シバに付き従っていたユウのピアスが、奴の元にあることは 容易に考えが及ぶが、その当たり前の質問が無意識に口をついて出た。
「落ち着けよレキィ。俺は一応話をしに来てやったんだぜ。ローズは撃たれたんだってなあ?まだ生きてんのか?」
ピアスを手の中で弄びながらシバがにやつく。
「おいおいだんまりかぁ?俺だって心配してんだ、スカルの幹部だった女だからな。したたかで良い女だったぜ、『ルビィ』もまんまと 寝取られた」
手元のピアスを摘み上げた状態でシバの異常に長い舌が触れる。レキに見せつけるように上目遣いで妖しく舐めた。舌先の金属ピアスと ユウのピアスがかち合って音をたてる。あからさまに挑発だと分かるのに、レキは冷静になりきれずに拳を握っていた。
「ローズに良いように掻き回されたってわけか。寝首かかれなかっただけマシだったな」
「そうでもねぇぜ。利用されてやる見返りはそれなりにたっぷりもらった。なかなか楽しませてもらったしなぁ……。思い出しただけで イキそうになるねぇ。お前相手でもああなのか?」
  レキは一人でここへ来た。つまり彼の行動を制する者は今皆無だ、いつもなら寸前で押さえ込まれる右手が今回はすんなり前へ出た。 レキが銃をコッキングする前に大人しかったデッド・スカルのメンバーが各々にレキに向けて武器を構える。とは言ってもその 光景はレキにとっては背景に過ぎない。今レキの視界にあるのは、かろうじてロックされたままのオートハンドガンと真っ直ぐに伸びた 自らの右腕、そして笑みの絶えないデッド・スカルの首領、シバの姿だけだ。
「早ぇよレキ。もう少し会話を楽しもうぜ、こうしてご対面ってのも久しぶりじゃねえか。滅多にねえことだろぉ?毎度逃げ腰のフレイム にしてみりゃあな」
「喋ることなんてねえよ……。お前と会うのも今日で最後だしな」
一瞬目を丸くしたかと思うと、シバは顔を背けて吹き出した。殺気剥き出しだった後列の取り巻きも高笑いを上げる。目に入れても いなかった総勢50人が急に目障りになって、レキはあっさりコックして引き金を引いた。大爆笑の中にその銃声はけたたましく鳴り響き、 コンクリートの地面にめりこむと外野を一瞬にして黙らせた。が、それもものの数秒であった。
  シバがゆっくりセミオートハンドガンを抜くと、それを合図代わりに恐縮した取り巻きたちが堰を切ったように吠え始める。
「ぐぉら!何撃ってんだてめぇ!!」
「ヘッド!殺りましょうよ!死にてえらしい!!」