ACT.19 スイッチ


  レキは躊躇することなく二発目を空に向けて撃ち放った。シバの口元から笑みが引いていくのが分かる。
「うるせえな、取り巻きは黙ってろ。シバ、俺とこれ以上何を話すことがある?どういうつもりか知らねぇけど今更デッド・スカルと 話し合いはするつもりはねえよ」
「話し合いだと?いつそんなもんするって言った?俺は会話を楽しもうって言ったんだ。知りたいだろ、あいつがスカルでどんなだったか」
あくまでシバはローズの話に固執するようだ、拒否したかったが実のところこの状態で戦闘になると万に一つも勝ち目は無い。 シバは自分の優勢を利用して、ほぼ無警戒で一歩、また一歩レキとの距離をつめた。
「何でもやったぜ。俺の言うとおり忠実に動く代わりに財団の情報を全部横流ししてやった。寝返ることは前提だったからなぁ、後は あの女がどこまでやるかが見物だったわけだ。顔色ひとつ変えず何でもやりやがる。例えば-」
「黙れよ。そんな話をしにチーム引き連れて来たわけじゃねえんだろ」
シバの予想通り、レキは話を遮った。それは動揺していることを教えているようなものだ。シバは全く余裕の無いレキを見て快感を覚えて いた。舌先のピアスで唇をゆっくり一周舐める。
「ブラッディ・ローズの連中も何匹か撃っただろぉ、スカルん中の裏切り者の制裁もあいつに任せた。俺よりきつい攻め方してたんじゃ ねぇかあ?なあっ!」
シバが肩越しに振り返って仲間に相槌を求める。統一感の無い汚い笑いが湧いた。
「黙れっつってんだろ……」
二人を隔てる空間が、僅か5メートルに満たなくなった。レキは再び銃口をシバの顔面に向け構える。シバのペースに乗せられている ことに気付いていても、言葉と体は考るより先に反応してしまう。
  レキがピアスを探しに来た時点で、否、ローズがシバについて文字通り何でも売った時点で、シバにはその二人の関係が異常な程の 結びつきで、またそれが弱点として利用できることが知れていた。シバの一挙一動に過剰に反応するレキは、彼にとっては愉快な玩具 のようで興奮を抑えることができない。
「まさかお前らが東スラムでままごとしてるなんて思ってもみなかったけどなぁっ!ベッドの上でも何でもやったぜ!?何ならどこが 一番感じるか教えといてやろうか!?」
「ぶっ殺す!!」
言い終わる前に、半ば無意識にトリガープルしていた。しかし狙いは何より意識を集中してシバの喉元を完全にロックオンしていた。 シバがかろうじて頭をねじって命中を避ける、そうでなかったら間違いなくクリーンヒットして血のシャワーが降り注いでいたはずだ。 外れたことにレキは心底苦虫を潰し、間髪入れず二発目と三発目を連射した。いずれもシバの頬をむしり取って後方に流れていく。
  シバは一発目にこそ不意をつかれたせいか目を見開いたが、後の二発は半笑いで見送った。頬から垂れる糸状の血をまたその長い舌 でふき取るように舐める。
「やっとやる気んなったか……。もう逃がさねえ……!」
「死ぬのはてめえだ!これ以上俺の仲間に手出しさせねぇ!!」
レキが放つ4発目とシバの初弾はほぼ同時に宙を切った。シバが這うように地面すれすれまで体勢を低くして一気にレキとの距離を つめる。銃を握ったままで左足でハイキックを決めにかかった。レキもまた銃を握ったまましっかりとガードした。それでも重たい 衝撃は芯まで伝わる。歯を食いしばるレキとは対照的にシバは喜々として、もう一発レキの鳩尾目がけて今度は振り向きざまに右足 を繰り出す。ガードが崩れてレキが先に地面に片手片足を着いた。
「教えといてやったよなあ!?強ぇ奴だけが生き残る、弱ぇ奴は死ぬしかないんだよ!!」
シバのアドレナリンは最高潮、それは血走りながらも不気味に笑みを作るその目が物語っていた。シバの武器は銃だけではない。接近 すればこうやってジャックナイフも平気で取り出す。手元が鈍い光で瞬くのを目にして、レキは慌ててバックステップで間合いを取った。 その空白の場所を研ぎ澄まされた刃が高速で切り裂いていく。
「オラァ!どうした!?結局逃げるしか能がねえのかレキィ!!」
低い姿勢を崩さずにレキは急所目がけて強く引き金をひいた。かすりはするがどうしても命中しない、自分の精度の悪さに苛立ちを 覚える。
  レキの集中は様々な要因から乱れきっていた。シバの露骨な挑発も十分すぎるほど真に受けたし、レキ自身が持て余すくらいの殺気 と殺意が先刻から脳内を支配して止まない。怒りで我を忘れたかと思えば、首から上に熱っぽさを感じて意識がはっきりしなくなったり する。その上視界の隅にちらつくデッド・スカルのメンバーの動きも気にしなくてはならない。
  自分自身に驚愕するほど凄まじい速さでレキはカートリッジを入れ替えた。それもほぼ手元だけの早業で、目は休まずにシバを追う。 差し出した右手で引き金を引こうとした刹那、シバも同様にレキに銃口を向ける。今し方使っていたものとは違う、リボルバータイプの 銃だ。どこかで見覚えのあるそのシルエット、シリンダーをわざとらしく回しながらシバは溜まった唾を吐いた。レキのブーツの踵すれ すれに、不快な音と共に弾けて散る。二人の距離はその程度しかなかった。
  銃を向け合って硬直すると、余計な情報が飛び交う。次の一手を早々に打とうとしたとき、レキの脳裡にしまっていた記憶のひとつが ふとよぎる。シバの握る銃は、あの日エイジ-シバに利用されたユウの弟だ-が握っていたものと同じ型のものだった。
「……エイジを……覚えてるか……?」
「覚えてるぜ、ローズの弟だ」
思いの外すぐさま返答がある。シバが不敵に笑うのとは対照的にレキは神妙な面持ちを保っていた。
「てめえを片づけるいいチャンスだったってのに、しくじった挙げ句ブレイマーに喰われたんだっけなぁ?空回って自滅なんてまぬけな 結末、忘れようにも忘れられねえだろ」
「お前があいつを焚き付けたんだろうが!!俺たちの間にエイジは無関係だったんだぞ!?……、死ななきゃならないような奴じゃな かった……!」
「おいおい人聞きの悪いこと言うなよ、俺はチームに誘って銃を一丁くれてやっただけだ。後はあのガキの意志だろぉ?けしかけたのは 俺じゃねえ、お前だぜ」
  レキは言葉をつまらせた。ずっと頭の隅に引っかかっていたものが、大きく脈打ち始める。誰が何を言ったとしても、全ての行動を 決断し実行したのはエイジだったことに違いはない。シバの言葉に乗り、レキを敵に回し引き金を引く、そして現れたブレイマーに 彼は無惨に殺された。単純に彼の自業自得で割り切れないのは、エイジがレキに振り絞った最後の言葉が「助けて」だったからだ。
  レキは助けてやれなかった。エイジがああなってしまう前に助けてやることが、どの時点においてもできなかった。そんな自分への 苛立ちと怒りを解き放つために、矛先をシバに向けるしかなかったのである。
「ついでにもうひとつ言うとな、死ななきゃならねぇほどの奴でもなかったが生きるに値する奴でもなかっただろ。つまりどっちでも 同じだったってことだ。姉弟そろって悲惨な終わりだよなぁおい。……黙ってても強ぇ奴は必然的に生き残るっつぅのに」
シバは上目遣いに嘲笑を浮かべた。
「……取り消せよ、今の」
レキの極端な顔色の変化にまた笑みを漏らす。
「悪ぃ悪ぃ……そうだよなぁ、間違ってんなぁ。姉弟そろってまぬけな道を選んだってことは凄ぇことだ、血は争えねぇ……。ローズに 伝えろよ、笑える茶番だったってな。……もちろんあの世でだぜ!!」
つき合わせていた顔面に突然シバの銃口が割り込む。倒れ込むように屈んで直撃は回避したが首元から血肉が飛び散った。銃撃で会話を 遮ったはずが気付けば完全にシバのペースに乗せられていた、痛みでようやくいろいろなことに意識が向いた。
  苦し紛れに二三発撃ち返していると、今度は思わぬ方向から鉛の弾が飛んでくる。咄嗟の判断としては最悪な行動で、レキは動けず じまいで銃を握ったままの右手を顔の前にかざした。太陽光が眩しいときに思わずしてしまうあの動作だ。