ACT.19 スイッチ


  激痛がまた、レキにいくつかの状況を教えてくれた。黙ってギャラリーに徹していたデッド・スカルの連中が、いつからかちゃっかり 臨戦態勢に入って硝煙の上がる銃口をレキに向けている。約十人が喜色満面でレキ目がけて発砲し、命中を確認して更に悦に入る。
  地面に転げ落ちた銃とどす黒く淀んだ穴が開いた右手を順に目にして、心臓が早鐘を打つ。転がった銃の真上に、大粒の血の雫が落下 した。
「見ろよ、痛ぇ~!!まともに当たっちゃってんぜぇ!?」
「んだよもう終わりかぁ!?ちゃんとよけてくんなきゃつまんねぇだろーがぁっ!」
スカルのメンバーの品のない笑い声と鉄パイプを引きずる音がやけに近い。それもそのはずで、レキが腕の負傷に気を取られている間に 連中はシバを中心として扇状に広がり、レキ一人を取り囲んでいた。
「あーあーレキ、その腕じゃ女抱くのも一苦労だなぁ。痛ぇ痛ぇ、今根本から切り離してやるから喜べよ」
レキは真っ赤な手で、銃をたぐりよせることに意識を集中させる、振りをした。左手を無造作に懐に忍ばせる。基本的に右利きの彼には、 左手で精密射撃は困難だ、それを自分も相手も承知の上だからこそレキの行動は苦し紛れの一手のようにしかシバには映らない。 内ポケットの中で握りしめているのが銃で無いことを知っているのはレキ本人だけである。それを放り投げるタイミングは、シバが トリガープルする寸前、つまり今だ。
「吹き飛べ!!」
全身全霊でその野球ボールにも満たない大きさの物体を投げた。シバが、引ききる前に引き金から指を離す。
ズガァァァアァァ!!-不意打ちの結果はすぐには分からなかった。真っ白な光が四散して今度こそ眩しさで手をかざす。突風と轟音が 五感のほとんどを遮断して、熱を顔に当たる石つぶてだけが外の状況を知らせてくれる。ギブス印の手榴弾は相変わらず桁違いの 演出力だ。投げた本人が爆風に煽られて尻餅をついていた。
  熱を帯びた空気と黄色い硝煙が後に残り、辺りが静まる。遅れて飛んできた小石がレキの側で音を立てた。レキは銃を手にすると、 おもむろに立ち上がり一歩、また一歩と煙をかき分けて進んでいった。そしてその光景に愕然とした。足がそこから先に進むのを拒否する。
「危ねぇな……。切り札としちゃあおもしれえ」
シバは大した怪我もなく、しっかりとそこに立っていた。「盾」を使い古しの玩具のように投げ捨てる。それ相応の簡素な音で、 男は力無く地面に崩れた。シバの横で得意気に鉄パイプを抱えていた男だ、今は焦げた魚のようだが数分前までは確かにそうだった。
「盾に……したのか、そいつ」
「盾を盾として使って何が悪い。何言ってんだ」
火傷した手のひらを大事そうに舐めるシバに、レキは吐き気を覚えた。逆流する胃酸を何とか飲み込んで、呻くデッド・スカルの男たち に目を配る。皆レキの不意打ちになす術もなく、コンクリートの地面に転がっていた。気怠そうに片足に重心をかけて立っているシバ こそが異様なのである。
「何だと思ってんだ……!てめえの仲間だろ!?仲間を何だと思ってんだよ!!」
「フレイムお決まりの幼稚園ごっこのつまりかぁ?寒気のすること言うんじゃねえよ。これがデッド・スカルだ。人間の正しい生き方 だろうが。お前も同じだぜ」
シバの手に銃は無い。爆風で吹き飛んだか、「盾」を使うために自ら手放したか、いずれにしろ彼は手ぶらのまま凝固したレキに近づく。
「お前だってエイジを見捨てたろ?……ユニオンに寝返ったガキ、あいつもてめえは見放した」
-ゼットのことだ。保身のために、チームをユニオンに売った。レキを撃ったその後のことは知らない。それがおそらく当然であるにも 関わらずレキの心は揺れた。
「一緒にすんな……」
「どう違う!?よく考えろよ、お前が今のうのうと生き延びてんのはお前が『仲間』って呼んでる奴らを利用してきたからじゃねえのか。 綺麗事並べんな、人間なんか蓋開けて中身ぶちまけちまえばみんな同じだ。そうだろうがよお!」
  レキは熱っぽい頭でチームのことを考えていた。出血が多いせいか体が異常に熱い。体内の血液が全て沸騰するかのような感覚だけが 残り、意識は曖昧だ。シバの言葉が遠ざかってはまた近づき、波打つように聞こえていた。ジャケットの裾と腕の隙間を血が這う感覚- 砂漠で流した滝のような汗と酷似している。粘つく右手を懐に入れ、今度こそサイドアームを掴んだ。しかし取り出す瞬間を見計らった スカルの後列連中に阻止された。
  もし今の攻撃がエースなら間違いなく手首を狙う。そして寸分の狂いなく命中させて相手の先手を阻止するのだろう、記憶にある彼の やり方はどこか鮮やかささえ感じることができる。対照的に今のレキへの一発は空しいほどに適当だ。膝上十センチに弾を食らい、 結果的にレキはサイドアームを手放した。
  完全なる四面楚歌の状況で、レキに出来る悪あがきはもう無い。崩れ落ちる寸前で、シバに頭を鷲掴みにされた。間髪入れず鳩尾に 渾身の拳を食らう。血か、胃液か、とにかく熱い液体が喉元から湧き上がって制す間もなく吐き出される。撃たれた手足と殴られた体 は僅かに痛むが、痛覚がまともに働いているのはもはや掴まれている髪だけだ。四方から聞こえる馬鹿笑いの中、シバが手を離すと レキはようやく地面に倒れることを許可された。
「……粘ってんじゃねえよ」
どちらがより無様か、分からないがレキは倒れ込むことをぎりぎりで拒み四つん這いの体勢で咳き込んだ。
「シバさん!」
後衛がすかさずシバに銃を投げ渡す。レキは地面とシバの靴の先とばかりを見つめていたから自分が絶体絶命であることに、旋毛に 銃口を押しつけられてから気が付いた。冷えた鉄の感覚で、ぐらぐらしていた頭の中がやけに大人しくなっていく。
「呆気ねぇもんだな、数年来のつき合いもこれでジ・エンドか」
砂利を踏み締める音と共にシバが勝ち誇った笑みでしゃがみ込む。
「切り捨てて、切り捨てられる。逆らっても同じだったろ?今度はお前が切り捨てられる番だぜ……脳味噌ぶちまけて派手に死ねや!!」
ガァン!!-頭上で銃声が響いたのを意外にも冷静に確認できた。それが案外平凡な音量で、四肢を引き裂くような激痛やら衝撃とやら は皆無であった。そんなものなのかもしれない。脳味噌が散乱しているにしては、しっかりと自らの最期について考えることができた。
「レキ!!」
聞き慣れた声で呼ばれて咄嗟に顔を上げる。その際脳味噌が飛び散っていない事実を横目で確認し、最初の銃声がシバのそれでなかった ことを理解する。シバは手元を押さえレキではない別の方向を睨み付けていた。手元-、こんな状況でも紳士ぶるのは彼くらいのものだ、 胸中で苦笑いをこぼしつつ張りつめていた全神経が途切れるのを感じる。耳元で何発もの銃声が飛び交う中、一番近くで響いたのはジェイの 切羽詰まった泣き声だった。
「大丈夫か!?レキ!しっかりしろぉっ、死ぬんじゃねえぞ!!」
お決まりの台詞の羅列にまた胸中で苦笑、実際笑えないのは脳の命令と体中の筋肉がきちんと連動してくれないからだ。反応は極めて 薄いレキ、それでも眼だけはしっかりと見開いていた。ラヴェンダーのマシンガンがデッド・スカルに向けて火を噴いている。横でハルが 一通り弾を放ってこちらに駆け寄って来るのが見えた。
「考えて行動しろよ!!スカルだって俺たちを見張ってたはずだろっ、単独行動してこの様だ!」
ハルの第一声は説教だった。第二声は無い。ラヴェンダーの大雑把な清掃作業のフォローは残念ながらハルの役目になったらしく、 文句だけ吐き捨てるとカートリッジを入れ替えながらさっさとスカルに突進していった。
  レキは視界から消えたシバを探した。と、ジェイの作業服の臭いに混ざって仄かに優しい香りが鼻をかすめる。
「シオっ、レキできるだけ安全な場所に移動させて!行きたくねぇけど俺も加勢しなきゃ……っ」
頷いたか口パクで返事をしたか、いずれにしろジェイに代わってシオがレキ係になった。屈んだ拍子に彼女の長い髪がレキの頬に触れる。 ジェイよりも俄然、毅然とした表情だ。引きずり体勢に入ったシオをレキは身をよじって制する。そのままシオを支えにして身を起こ した。
「待てよジェイ、……銃一本貸せ」
「はぁっ?この期に及んで何言っちゃってんの!ってどぉうわ!!」
ジェイの足元に数発の銃弾がめり込む。間一髪でジャンプして避けると、再びレキとシオの下へ踵を返した。