ACT.19 スイッチ


「ラヴェンダー!もうちょっと!狙うとこ狙って!撃ったりとか!してくれると助かるんだけど!」
ラヴェンダーのマシンガンの轟音が途切れたところを見て、ハルがリズム良く叫ぶ。確かに彼女は文字通り乱射に精を出してくれては いるが、デッド・スカルの大半は身をかがめて上手いこと難を逃れていた。
「こいつらがローズたぶらかしたかと思うと胸くそ悪くてしょうがない!狙うとこ狙えだあ!?」
マシンガンの音が急に止む。静まり返った周囲に薬莢の落下音が鮮明に響いた。ラヴェンダーはマシンガンを背中にしょいこむと、 今度は整備万端のスコープ付きライフルを構える。
「だったらこっちね。一匹残らず炙り出して始末するよ。らぁ!コソコソ隠れてんじゃねえぞ!!」
大声を張り上げてはいるが地味に、そして確実に仕留めていくラヴェンダー、身震いしながらハルはできるだけ平常心を保とうといろいろ なところに視線を配った。
「ったく、何もたもたしてんだよジェイの奴……っ」
レキとシオとジェイ、未だに団子状態で凝り固まっている。かと言ってハルも動ける状況では無い。よそ見しつつ、次の瞬間には意識を 集中してスカルと撃ち合った。そしてまた忙しなく辺りを見回す。エースとシバの姿を見失うわけにはいかなかった。
  そんなサブヘッドとしての涙ぐましい努力も露知らず、皆好き勝手に大暴れだ。エースにしても最初の一発でシバの手首を撃った後は 他の雑魚には一切関知せず一目三にシバを相手取った。先刻から激しく撃ち合っていたようだったが、丁度ハルが視線を配ったところで 状況が変わる。撃ち合いにしびれを切らしたエースが遂にシバの足首にヒットさせた。勢い良く倒れ込むシバを目にして、ハルが銃 を下ろす。飛び交う多くの銃弾、その中のたった一発のはずだが、それは他の連中の士気を奪う存在感と威力があった。
  一瞬にして騒然としていた場が本来のスラムの落ち着きを取り戻す。
「よーしよし、立つなよ、そのまま座ってろ。随分うちのヘッドを痛めつけてくれたみたいだな。俺ゃ腕がいいから一対一じゃ買っちまう んだ、おい!下っ端連中も分かったら銃置いて撤退しろ!お前らんとこのヘッドの脳味噌なんざ見たかねーだろっ」
エースがシバに銃を向けたまま珍しく声を張る。ラヴェンダーとハルの周辺でも毒づきながら銃を地面に投げつける奴らが大半だ。 ハルが安堵の溜息をつく。
「どうせ脳味噌すっからかんでしょ」
ラヴェンダーが露骨に顔を歪めて舌打ちした。動くに動けなかったジェイたちも大きく胸を撫で下ろした。
「さすがエース……長期戦になんなくて良かったな」
緩んだ顔でレキに同意を求めるジェイ、適当に相槌が返ってくるものだとばかり思っていたら不躾にがっしり肩を掴まれた。感極まって 熱い抱擁、では無いレキはジェイのポケットから素早く銃を抜き取るとシオの支えを振り切って立ち上がった。
「おい……レキ!」
レキの後を追うように血の雫が点々と落ちる。一瞬息を呑んでジェイがすぐさまレキの肩を掴んだ。
  と、全く予期していなかったところからカラカラに枯れた雄叫びが轟いた。
「うるせえんだよ!!構うな、ぶっ潰せ!!」
「びびってんじゃねえぞ、ぉらぁ!」
武器を捨てたのは大半だ、となれば捨てなかった連中も居るわけでそれら残党は士気を下げない。再び飛び交い始めた怒声と銃声に エースは開いた口が塞がらないようだ。
「躾のなってねぇ連中だな……っ!面倒くせぇったらありゃしねぇっ。シバ、仲間に切られちゃお終いだな」
銃はあくまで向けたままだ。膠着状態なのは自分たちだけで、残りは手の着けようのないほど乱闘している。
  シバは不気味に笑った。その蛇のような妖しい目をギラつかせて無秩序に繰り広げられる戦闘を心から楽しんでいるように見えた。
「これがデッド・スカルだ」
「そうかよ、俺には理解しかねる」
一段と冷めた口調のエースは目の前の男を見下した。後方から聞こえる、引きずり気味の足音にバトンタッチするつもりで、それ以上 口を開かなかった。
「エース……勝手なことしてんじゃねえよ」
引っ込めと言わんばかりにレキがエースの腕を押し下げる。随分後になってようやく口を挟んできたかと思えばこれだ、エースは肩を 竦めていつも通り決断はレキに委ねた。その楽観的な考えが、合流してきたジェイとシオの緊迫感と噛み合わない。何故か狼狽えている 二人にこそ、不自然さを感じてエースが失笑する。
「撤退させるにしても連中があれじゃあな、どうっすか」
レキはエースを完全無視して一歩ずつシバに歩み寄る。シバはレキの鋭い視線に心底悦びを感じて、子どものように指鉄砲を構えると レキを煽って発砲の真似をしてみせた。
「ばーんっ」
ダァン!!-直後に重々しい本物の銃声が轟く。レキの銃から硝煙がゆらゆらと立ち上った。シバが小さく呻く、横腹から赤黒い染みが 広がり、横たわったコンクリートに血溜まりを作った。濁った呼吸を繰り返しながらも、シバはそれでも目を開いて笑い続ける。レキは また一歩近づいてリボルバーのシリンダーを回す。
  その小さな音で、放心しきっていたエースが我に返る。呆然としたままのジェイとシオの先駆けてレキに飛びかかると、トリガープル する瞬間に無理矢理彼の腕をシバから逸らした。レキが銃を握る腕は自分の血でどす黒く汚れている、その光景が容赦なく飛び込んでくる のは棒立ちのジェイとシオで、もみ合うエースとレキ自身に気にしている余裕は無い。
ガァン!-空しく空に弾が上がる。
「レキっ!なんだ、落ち着け!!スカルは潰れた、もういいだろうがっ!」
体力に自信のないエースが、レキを羽交い締めにしたところで拘束力はたかが知れている。丁度そのとき、遠目にやりとりを目にした ハルとラヴェンダーが駆けつけてきた。二人がそれなりに息を合わせれば、統一感のない残党を蹴散らすのにそれほど手間はかからな かった。
「あんたたち何やってんの!?」
「おい、レキ……!!」
「手伝え!!俺じゃ力負けする!!」
エースが焦れば否が応でも他者はそれ以上に動揺する。しかし、一足遅かったのかエースの体力が予想より遥かに少なかったのか、 レキはエースの鼻面に肘打ちをお見舞いすると他者を振りきってシバに銃を向ける。
  雫が落ちた。たった一粒だけ、レキ自身気付かぬ内に涙が僅か数秒視界を遮る。その誰も知らない一滴をシオだけは見逃さなかった。 それこそがレキの、美しくも脆い本心だった。
「レキ!!もうやめてぇ!!」
ダン!!-シオの悲鳴の直後に無情にも乾いた銃声が場を裂く。しかしそれもまた絶妙なタイミングの、別人の発砲であることは数秒と 要さず全員が把握する。
  倒れたのはレキだった。既にシバに撃ち抜かれていた右足のすぐ真上を再び別の弾が貫通、レキは太股を押さえて叫ぶとそのまま 立ち上がることなく声だけを上げた。
「イ、イーグル……っ」
ジェイの視線が言いながら釘付けになる。白いコートが乾いた風にはためいていた。後ずさるジェイを見向きもせず、のたうち回る レキにゴミでも見るかのような冷たい視線を浴びせた。
「貴様らの後をつけさせてもらった。何をするかと思えば案の定くだらん茶番だ、あのままこいつを放置するつもりだったのか? ブレイマーの側に終始居る身なら危機管理能力くらいはまともに持つことだな。……明日は我が身かもしれんぞ」
誰もが口をつぐむ。イーグルが割って入らなければレキは間違いなくシバを殺しただろう、分かっていてもレキを撃ってまで止める ことはしない。普段のレキを知っている彼らにとって、一連の行動は明らかに異常だった。
  のたうち回る体力も失せたレキが、荒い呼吸だけになるとイーグルは軽く蹴りを入れ、第二撃目でレキの手元の銃を遠方に滑らせた。
「……やめてくれよ、もう動けない。それ以上何もする必要ないだろ……」
ジェイはびびりながらもしっかりとイーグルの目を見据えて言った。立ちつくす一同にイーグルは容赦なく追い打ちをかけた。
「虫の息だったはずだ、俺が撃つ前からな。駆け寄らなかったのはお前らもこいつが何をしでかすか得体が知れないと思ってるからじゃ ないのか。始末するなら今だぞ」
「お前……!ずっと見てたのかよ!!」
珍しくジェイが果敢に立ち向かうも、やはり歯切れが悪い。シバの威圧ひとつで言葉が詰まってしまう。自らの無力を痛感して奥歯を 砕かんばかりに噛み締めた。俯く寸前、ハルが視界を横切る。再び顔を上げた時目に飛び込んできた光景に、ジェイを始め全員が唖然 と息を呑んだ。