ACT.19 スイッチ


  ハルとイーグル、身長差は十センチ以上ある。言うまでもなくハルが低い。その差に憶することなくハルはイーグルのコートの襟を 鷲掴みにした。
「何でレキを撃ったんだよ……!」
「ハル、よせ……っ」
「何で撃った!!」
エースの微妙な仲裁は呆気なくかき消された。イーグルは一寸の動揺も見せず深々と、つまらなそうに嘆息するだけだ。
「何で、か。そういう条件だ。こいつが妙な行動を起こせば撃つ、実行したまでだろう。食ってかかられる理由はないな。第一お前も 気に食わなかったんじゃないのか?こうなっても好都合だと喜ぶと思ったが意外だな。……どう見てもお前だけ一線引いていたはずだ」
  ハルは銃を抜いた。これには撃沈したエースもジェイもぼんやり眺めているわけにはいかず、青ざめて慌て始める。レキならまだしも、 ハルが感情任せに他人に銃を向けるなんてことは範疇街もいいところだ。
「ハルっ落ち着けよ!こいつに言ったってしょうがねぇんだから……っ」
「早まんな、下ろせ、人間話し合いが大事だ。な?」
腫れ物に触るような対処にラヴェンダーは苛立ちを覚えて歯を軋ませる。無論外野の仕様もない声でハルが引くはずもない。さもつまらな そうに嘲笑を浮かべるイーグル、ハルの神経を逆撫でした。
「急所を外してやっただけ有り難いと思ってほしいくらいだな。お前がとどめを刺したいとでも言うなら話は別だが」
「ふざけんな!!レキは俺の親友だ!あいつに銃を向けるような真似はしない……、何があっても絶対!」
ハルが握りしめる銃とは別に、似たようなコッキング音がいくつか同時に鳴った。
「だそうだ。すまねえな、うちのヘッドとサブはあんまり仲が良いもんでついつい熱が入っちまうんだわ。……あんたがその弾を撃ったら 俺もあんたを撃つことになる。ここは互いに引くのが正しい選択だと思わねえか」
ひとつは惜しげもなくイーグルに向けられたエースの銃、もうひとつはいつのまにか密かに握られていたイーグルの銃のコッキング音 だった。エースの冗談めかした言いぐさとは裏腹に状況は極めて切迫している。エースの顎を伝う冷や汗がそれを物語っていた。
  誰一人として微動だにしない、それが暫く続くのかと思いきやすぐに終止符は打たれた。
バンッバンッ-コンクリートを激しく打ち付ける音に、皆そちらを振り返る。軽快な音に混ざって、液体が飛び散る音がしてそれが 不快を誘った。
「そっちはもういいから誰か俺の心配してよ。いくら何でも自力じゃ立てねぇんだけど」
首だけをもたげてレキがまた冗談ぽく笑う。全員訝しげに凝固する中、シオがいち早くレキに肩を貸す。苦痛に顔を歪めると同時に 情けないことに呻き声が洩れた。三竦み状態のイーグル、ハル、エースを見て片眉上げて笑いをこぼす。
「何やってんだよ、撤収撤収」
「お前……誰のためにこんなことやってると思ってんだ……」
エースはうんざりしながらも銃を下ろさない。ハルは唖然としているが手元はエース同様だ。そしてイーグル、彼はすんなり銃を 下ろした。掴まれたままの襟元をその勢いで取り戻すと何事も無かったように銃をしまう。ようやくハルとエースもそれに倣った。
「弾はまだ残っているが」
「十分……。イーグルの言うとおり俺が妙なことしたら撃つことになってたんだ、お前らがもめる理由はねえよ。寧ろ助かった、サンキュー」
撃たれて礼を言う者は珍しい。よほどのマゾか自殺志願者だ、レキはそのどちらでもないからこそ妙な光景であった。ジェイが抱きつかん ばかりに突進してきてレキを支える。そしてハルが、エースが、肩の力を一気に抜いた。
「心配……させんじゃねえよ……」
まだ意識が追いつかないのか棒読みのハル。
「腹の立つ奴だな、空気読め空気。とっとと帰るぞっ」
エースはようやく落ち着いて一服、もう面倒はごめんだとばかりに煙草を吹かしながら乗ってきたジープの方に足を進めた。ハルが 照れ臭そうに頭を掻きつつエースの後を追う。
  レキは痛みのおかげで自力で歩けなかったが、判断だけは的確だった。意識を失ったシバのジャケットからバラのピアスを抜き取り 、ギンの運転をジェイに頼んで後方にラヴェンダーを乗せた。自分は勿論生死の境を彷徨いながらジープの後部座席で居眠りだ。生死の、 というよりは単に夢と現の行き来に過ぎない。あれだけ撃たれても殴られてもしぶとく生き残る自らの遺伝子に、今回ばかりは賛美を 送った。

  ハルの安全運転のジープは程なくしてアイリーンの工房裏に無事到着、先に到着していたジェイは満足そうに事の次第をアイリーンに 報告していた。因みに今回に限らずジェイは毎度大した活躍はしていない。
「レキは?」
  レキ以外の全員が一階の売場に顔を出す。無論イーグルとはロストシティで分かれた。皆の緊張感の無い表情から大事には至らな かったことを察して、ジェイもあっけらかんとレキの様子を聞いた。
「弾は全部貫通してた。肋骨三本と出血多量で普通なら危篤状態らしいけど本人至ってぴんぴんしてるよ。重傷には変わりないから ベッドに張り付けてきた」
淡々と答えるハルの隣にはシオの姿もある。重傷人に付き添いゼロとは薄情にも程があるようだが、レキにはこの方が良い。他人の 側では狸寝入りしかしないことを皆知っていた。
「問題児が大人しくお寝んねしてくれたってことはこれでようやくゆっくりできるってわけだ。余計なことしねえようにレキが起きたら 重々言っとけ」
「どこ行くんだよ、エース」
エースはジェイの問には答えず気怠く後ろ手を振ると、火のついた煙草を持ってホテルの方向へ消えた。ハルもそそくさと工房を出ようと するのを、ジェイの無言の問いかけが制する。お人好しにエースと同じ去り方はできないようだ。
「ここに居ても暇だからバーかどっかで時間潰すよ。シオたちはここに居るんだろ?」
途中で中断していたスコープの整備に夢中のラヴェンダーが右手を挙げて同意を示すとシオも大きく頷いた。ジェイは腰を上げるとハルに 近寄る。
「俺も行く。久しぶりに男同士で一杯やろうぜっ」
ラヴェンダーの居る場所に留まるのかと思いきや、ジェイは予想に反してハルに同行する道を選んだ。元気に女性陣に手を振るも、振り返 してくれるのはシオだけでハルまでも侘びしさオーラの巻き添えを食らう。ドアベルが爽やかに鳴り響いて、二人は見送り少なく街へ出た。
  空がもう随分と暗い。工業の街であるスプリングは夜の帳に負けじと俄に活気づいていた。販売業が夕方で終わっても製造業は夜を 通して続く店が多い。昼間とそう大差なくあちこちで鉄を叩く音がこだましていた。ぽつぽつと灯った酒屋の柔らかい明かりが安らぎを くれる。
  ハルとジェイは軒並み連なった一軒に足を運んだ。薄明かりの下、狭い通路にカウンター席と奥に二つのテーブル席があるだけ のこぢんまりとしたバーだ。時間が早いせいもあり、客はまだ二人だけのようだ。ハルはさっさとカウンター席のひとつに腰を落ち着ける。
「せっかくゆっくりできる時間がとれたのにレキの奴かわいそうだな。ったく、俺たちが駆けつけなかったらどうなってたことか~っ」
「そうだな」
ジェイが座るなり“今日の感想”を口にする。ハルは適当に相槌を打って適当に注文をし、物思いに耽る。特別な感慨に耽っているわけ ではない、テーマは何てことないジェイと同じ“今日の感想”だ。二人の前にウイスキーの入ったグラスが置かれる。ジェイがそのひとつ をハルの顔の横で掲げた。
「おつかれさん。かっこよかったぜ~『レキは俺の親友だ!!』さすがはフレイムサブヘッドっ」
ハルは額を押さえて赤面すると、項垂れながら逃れるようにグラスを打ち付けた。ジェイのいやらしい笑みは視線をそちらに向けなくても ありありと分かる。
「勘弁してくれよ……。俺だってあんなこと言うつもりじゃ……」
「つもりもなくて言ったんなら本音だろ」
反論の余地がなく、ハルは一気にウイスキーを流し込んだ。まだ一杯目にも関わらず彼の顔はすでに茹で蛸のように真っ赤だ。冷静に なって思い起こす度に自分の台詞の恥ずかしさに転げ回りたくなる。
「マジで、かっこいいと思ったよ。茶化してるわけじゃなくてさ、やっぱハルはすげえよ。……一時はどうなることかとすっげえハラハラ してたけど心配して損したってかんじ」
作業着でだらだらとウイスキーを飲むジェイは、端から見れば仕事帰りの真面目な青年だ。この街の風景に、図らずとも溶け込んでいる 彼の安堵の表情につられて、ハルもいつもの穏やかな顔を取り戻していた。二杯目のウイスキーには落ち着いて口をつける。
  低い音のドアベルが軽快に鳴り、狭い店内に仕事帰りに工房士(本物)が数人、笑いながら入ってきた。おそらく外は完全な夜 なのだろう、テーブル席を囲む男衆を横目に見送って、ハルはもう一口ゆっくりとグラスに口をつけた。