ACT.21 ペルソナ


  午前中に比べると幾分気分を害している。ポッド内に居て白衣の連中に注目されていると自分がモルモットのような気になってくる。 レキの苛立ちに反して、見守っていた連中は俄に活気づいていた。ジェイたちノーマルのときよりも歓声が大きい。
  レキは自分も含め、シオ、ヤマトのポッドにも視線を配った。なるほど、と胸中で小槌を打つ。橙色のヤマトをはじめ、限りになく 白に近い淡い水色のシオ、そして目の覚めるような真っ青のフイルムを纏っているレキ、ポッド内は色鮮やかである。
  シオと目が合った。気恥ずかしそうに小首を傾げている。
「真っ黒じゃなくて良かったな。場が凍り付くところだった」
シオを挟んだひとつ向こうのポッドからヤマトがにやつきながら茶化す。レキは一度ブリッジとの交渉を終えた時点で自分のフイルムの 色は確認済みだったし今更ヤマトに同意など示さない。軽く鼻を鳴らして適当にあしらった。
「見せもんじゃねえぞ!マット、さっさと始めろよ」
「はいはーい。それじゃ、ハイドレインジアβ、γ、Ω版同時スタートしてちょうだい!」
  レバーを引く音がする。誰のがβで誰のがγだとかおそらくさほど関係は無いのだろう、毒ガス(ではない)噴射に備えてレキは 何となく息を止めた。短いようで長い、長いようで短い数十秒間三人は微動だにせず、前グループのように取り乱したりもしなかった。 ただ大人しくもやが晴れるのを待つ。
  視界がクリアになるとすぐに拍手が湧いた。
「テスト終了、成功よ! 流石は天才科学者マット博士! この美しい完璧な色彩を生み出せるのは有名画伯でも職人でもなくこの私… …! パーフェクト!! これであんたたち全員立派なブレイマーよぉぉ!」
何人かが苦笑いをこぼす。レキは特に感慨無く、さっさとポッドから出た。
「本当にこれでブレイマー共を欺けるのか。あながち信じられんな」
酔狂中のマットがイーグルの一言で瞬時に我に返る。もっともらしい意見ではあったがもたらす結果はレキにとって、あるいはシオに とっては不要なものだった。
「……何なら更に実践する? 奥の棟に小型のブレイマーを繋いであるからあんたたち全員をその檻に放り入れる。更なる感動を体感 できるわよ……」
マットの口元が微かに笑む。彼はただの変人ではない。ブレイマー研究者故の妙な非情さと不気味さを持っていた。
「悪趣味だな」
呟いたイーグルにその通りだと、ジェイが悪寒を走らせながら同意する。
  レキはシオを見た。不快を表に出さず無表情を保っている。レキもそれに倣った。
「自分でもう試したんだろ。マットの作るもんに欠陥は無い、愛用者の俺が保証してやるよ」
ヤマトがそれとなくフォローに入る。マットを上手いこと乗りこなすには、このおべっかが重要らしい。マットはすぐに極上の笑顔に 戻ってヤマトに向けて投げキッスをした。今度は全員に悪寒が走る。
「その通りよぉ、ヤマトちゃん分かってるわね。待ってて、直にドラキュラくんのパワーアップバージョンも完成予定なの。真っ先に ヤマトちゃんのところに渡るようにしておくわっ」
「そりゃ助かるな。仕事の能率も上がる」
--が、それは不要になるかもしれない。ヤマトは言葉を飲み込んだ。
  吸血機だけではない、アンブレラも、ハイドレインジアも、必要なくなる。ヤマトたちブレイムハンター、イーグルたちパニッシャー、 ブレイマーを取り巻く全ての組織とシステムは解体するだろうことは必至だ。ひとつの種の消失が世界の体系を丸ごと変える。この荒廃 した、死した世界を救済するのかそれとも破滅へ誘うのか、それは現時点では謎である。
  しかしあの隕石が落ちる以前、ブレイマーが作られる以前、世界は確かに「生きて」いた。
  ブリッジ財団本部を跡にし、シップに戻る間にハルはそんなことを一人考えていた。そんなこと、と言っても実はもっと漠然とした ものだ。ブレイマーの消えた世界--それが果たして何を意味し何をもたらすのか、きっかけはユウの問いかけだった。
  アメフラシの隠れ里でユウが皆に言った言葉、ハルの中では消化されず渦巻き続けている。

「その先に何があって、何が無くなったとしても、それでもブレイマーを止める必要と覚悟が……みんなあるの?」
  思ってもみない質問だった。少なくともハルはドキリとした。そのことが既におかしかったのかもしれない。
「誰にとっても必要かどうかは分かりません。ブレイマーで利益を得る人も多くいる。……でも私は『約束』を破るわけにはいかない。 私は平和のためにブレイマーを退治しにいくわけじゃないんです。彼らを救う、そのために私はクレーターへ行く」
ガチャ--不躾に響いたドアの音に皆反応して振り返る。レキが不敵の笑みで立っていた。
「そういうこと。ブレイマーを食い物にしてるような奴らがどうなろうが知ったこっちゃねえし、逆に言えば怯えて生活する人間を 救ってやろうなんて気も俺らにはハナから無いわけ。--ブレイマーを救うんだ。悪のヒーロー戦隊には似合いの大義名分だろ?」
「~レキっ」
レキのしつこい冷やかしにハルがうんざりした表情で嘆息する。悪戯っぽく笑うレキはやけに幼く、寝癖のついた髪のまま最後の一席 に腰をおろした。
  人類やら世界やら、愛やら平和やらは正義感に燃えるどこかのヒーローに守ってもらえばいい。レキを始めフレイムメンバー一同に とってそんなものは実につまらないものの代名詞だった。人々に忌み嫌われ、恐れられるブレイマー、いわば悪の象徴であるそれを 『救う』。この誰も思いもしない発想と事の大きさが彼らを惹きつけた。その理由は今も変わっていない。先のことを考える義務は無い、 あっても考えるつもりなど無かった。レキが持ってくる話はいつも壮大で、スリルがある。今回もその延長戦にあったはずだ。
  しかしハルは早い段階で気付いていたのかもしれない。無意識に、今回の一連の出来事が全て既に自分たちの既存の概念を逸していた ことに。
「覚悟なんかあるかよぉ……毎度毎度レキに振り回される可哀相な若者のこともちょっとは考えろよなぁ」
「自分のこと棚に上げんなよ、回ってんのはお前だろ。しかも勝手に」
場が和む。レキが参加したことで一瞬張りつめた空気が溶けてなくなった。ユウも話を蒸し返さずに、談笑するレキの横でジェイを いじっている。
  ハルにはこのときから引っかかっていることがあった。ユウが訊きたかったことの本来の意図は少し別のところにあったのではないか。 例えばそう、レキだ。ブレイマーの発生を止めれば多くのものが変わる。そしてその変化必ず自分たちの今までにも影響を与える。 その覚悟の有無を問われた気がした。

「ぼーっとすんなよ。作戦会議はハルの目立ちどころだろ?」
顔の前で指を鳴らされれば流石に目も覚めるし、見開くのは仕方ない。参謀は君だ、と言われればそれなりに気分も盛り上がるのだが、 レキの場合平たく言えば面倒ごとを引き受けてくれ、のニュアンスしかない。
  迷惑そうに口を尖らせるレキ、それはハルがやりたいところだ。どこまでも何も考えて無さそうなこの男だが、彼には『覚悟』がある。 ハルはまだユウの問いにイエスともノーとも答えられない心境だったが、レキにそれがあるのなら周りはあろうが無かろうが些細なことだ。 覚悟については今のところ分からない。しかしハルには、レキへの信頼がある。それさえあれば十分のような気がした。
「って!」
後頭部に何かがぶち当たる。
「だからぼへっとすんなって!ハルが話理解しないと後が詰まんだろっ」
そう、残りの脳細胞未発達組が困り果てることになる。ジェイもエースもラヴェンダーも、揃ってハルを非難の目でみていた。
「……すいません」
何か理不尽だ、思ってはいるが謝ってしまう自分が悲しい。レキへの信頼とやらの存在が危うくなってきたところで、ハルはようやく 作戦会議に本腰を入れることにした。
  財団のシップは広い。ラウンジには革張りのソファーがある。ブレイムハンターはこの座り心地の良いソファーで気分良く狩りの シナリオを組むらしい、ヤマトは一際馴染んでどっかりと腰を落ち着けている。その横にイーグル、テーブルの角を挟んでシオが、 そしてまたテーブルの角を挟んでレキとハルが、ヤマトとイーグルの向かい側になるように座っている。シオの対面上にユウがいた。 テーブルを囲んでいるのはその六人だ。ジェイ、エース、そしてラヴェンダーはシオの背中側にあるコの字型の、もう一段階ふわふわ のソファーにだらだらと座っていた。話し合いに口を挟む気が余り無いのと、煙草吸いたさが主な理由である。
「大佐と少し話したが、チームを三つに分ける。実行班二つと連絡係が一つ、連絡係はイリス辺りで待機だ」
「何でそんな小分けすんの。ゴーグルは一個しかないんだから分かれると危ないだろ」
もっともなレキの疑問に対して、ヤマトはイーグルに視線を送るだけだ。レキは更に怪訝そうに眉を顰めた。
「ユニオン本部に戻した部下から情報が入った。……ユニオンはイレイザーキャノンの再度の発射を決定したらしい」