ACT.21 ペルソナ


「は!?いつ!!」
「明後日だ」
イーグルは実に淡々とした口調で眉一つ動かさず答えた。声を詰まらせたのはハルだ、レキは押し黙ったまま唖然としている。
「つまり作戦決行はそれまでにしなきゃならんってわけだ」
「だったら明日即行……!」
「あほっ、何も準備できてないだろ、無理だよ」
ソファーの上に足を乗せ、膝を立てた状態で身を乗り出したレキ。ハルが唖嘆をつきながら頭を抱え始めた。
  外はもう午後の太陽がなりを潜めようとしている時刻だ。あっさり窘めてくれた割に代案を出そうとしないハルに苛立ち、レキは 唖嘆を返して天を仰いだ。沈黙するとシップ内の機械音がやたらに耳障りだ。
「……早くても遅くても明後日か」
天井を睨み付けたままでレキが呟く。
「そういうことだ。ユニオンの作戦決行と我々の作戦決行は同日、運が悪ければクレーターもろともキャノンの餌食になる。それを 阻止するためのチーム分けだ」
代案の出しようが無いことをイーグルは悟っていたらしい。
  レキはイレイザーキャノンの威力を間近で目撃した数少ない人間の内の一人だ。思い出して、次にあれがクレーターに直撃すれば イーグルの言うとおり全てが木っ端微塵になること間違いなしだと、妙な確信を抱いていた。
「片方のチームがクレーターでルビィを処理している間、もう片方のチームはユニオン本部に潜入してイレイザーキャノンの発射を 阻止する。当然俺はユニオン本部に向かう方だ」
「待ってくれよ。キャノンを止めるなら鉄の翼だろ?」
「……発射の管理をしているのは本部の施設だ。鉄の翼あれはあくまで砲台でしかない」
  あまり聞かされたくない事実だった。一度目の発射に関しては後悔しても、根っこから間違った方法を取っていたらしい。納得と虚無 と脱力が一気にたたみかけてきた。何にせよ、ここまで来たらじたばたしても仕方がない。
「俺とシオはクレーターだな。だろ?」
レキが軽く視線を流した先でシオがゆっくり、深く頷く。
「好きにしろ。但しこちら側のメンバーは指名させてもらう。生憎ユニオンの目を誤魔化すような便利なフイルムは無いんでな。ヤマト とエース……だったな、この二人はユニオン本部側に取らせてもらう」
  奥で煙草を吹かしていたエースが訝しげに自分を指さす。確かにこの二人は足手まといになることはないだろう、むしろ即戦力である。 エースに限っては特定の条件が揃えば見事に役立たずに大変身することもできるが、この場でわざわざ注意を促すようなことでもない。
  チームリーダーが引き留めもしないせいで、エースはあっさり最前線送りとなる。我が身を案じてジェイが勢い良く挙手した。
「はいっはい!俺はやっぱクレーターチームっしょ!ゴーグル担当でもあるしさっ」
マットが作成した携帯用種族臭さチェッカー“ブレイマーズ・アイ”をちらつかせて自己主張するも、皆どちらでもいいようで一瞥すると 適当に了承した。
「……俺は……、ユニオン本部側、かな。なんか協調性無さそうで不安だし」
ハルが発したその一言に、レキとシオが共に意外そうな顔をした。二人とも、ハルはこちら側を選ぶと無意識に思いこんでいたせいか 困惑気味である。
「別に構わないよな? 足手まといにはならないはずだけど。……まあ役立つかも微妙だけど」
「ヘマさえしなければいい」
「了解」
  レキとシオの予想は強いて言うなら何となく、のものだ。しかし少し考えればハルは彼の役割としては当然の選択をしたに過ぎない ことが分かる。ハルが見張るのはエースの協調性の無さではない、この名前の無い同盟が完遂されるかどうか。
  レキがその意図に気付いたのは、ハルが一瞬レキに視線を移したときだった。
「じゃあ必然的にブラッディコンビが連絡チームか」
素知らぬ顔に戻ったハルが話題をずらす。
「ええ!? 何、待機ってこと!?」
暴れん坊女将軍が不服そうに立ち上がる。
「そ、待機。ラヴェンダーとユウは何かあった時に備えてイリスでリンク係。フレイムの連中何人か貸すから上手いこと指示出して まとめといてくれよ」
「分かった」
説得が面倒そうな女はとりあえず放っておいて的をユウに絞ったレキ。ユウは反論せず受け入れた。それがまたラヴェンダーの不満を 膨らませたのか、半音高い声で落胆の色を示す。
「ちょっとローズ……」
「待ち人がいる方がやる気も出るってもんだろ? な、ジェイ!」
「そそっ、俺たちの無事を祈って待っててよっ」
口を尖らせながら渋々ラヴェンダーも了承する。確かに特攻隊長の彼女にリンク役なんて地味なものはいささか不似合いではある。
「つまり、だ。レキ、シオ、ヘルメットがクレーターチーム。イーグル大佐、ハル、エース、俺がユニオンチーム。ローズ、ラヴェンダー がリンク役と。間違いないな? 何か質問はあるか? 無ければ明日の午後にはイリス入りできるように明朝出発だ」
まとめに入ろうとするヤマト、これと言って確認事項は無かったはずだが最後の最後、ヤマトのこの一言で疑問が生じてハルが顔の前 で手をかざして待ったをかけた。
「ハイドレインジアは? 六時間しかもたないのに明日イリスに着いても意味無いんじゃ……」
「どっちにしろ財団本部(ここ)からクレーターまで直で行こうと思ったらシップで飛ばしても三時間以上かかる。残り三時間でクレーター 深部までもつとは言えんだろ。乗せるんだよ、システム一式マットごとなっ」
  ハルの黒目が胡麻粒のように小さく点化する。解散しようと腰を上げかけていたレキが一足先に笑いを吹き出した。やけに嬉しそう なのは、ヤマトの考え方が相変わらず大器のせいだ。
「なるほどねっ。いちいち財団経由で行かなくて済むわけかっ」
「そういうこった。他には無いな? 要るものは各自勝手に揃えとけよ。当日何が無いだの忘れただの言っても俺は知らねぇからな」
遠足前日の小学校の先生さながらのヤマトの言いぐさに合わせて、一同が歯切れの悪い語尾の伸びた返事をする。
  明朝出発ならそれほどのんびりはしていられない、やることは山積みである。
「ユウ、ギンとクロ持ってく。スプリングまで取りに行くから来いよ」
「あ、悪いレキ。俺も行くよ。予備のカートリッジ足しときたいからさ」
ユウより先にハルが答える。別に悪くない--ハルの意識としては二人きりのところを邪魔して、などの気遣いがあるのだろうがそ んなものは無論不要だ。
「ジェイはガンチェック。エースはばらけてるメンバーに連絡して間に合う奴だけでもイリスに向かわせて。ラヴェンダーは--」
リズムの良かった指示が途切れる。つい癖で彼女の役割分担まで決めるところだったが、ユウが復活した今彼女がレキの指示を受ける 義務は無くなったのだ。呼ばれたのだからラヴェンダーが続きを待つのは当然だが、レキは拍子抜けするくらい間をおいて、終いには 肩を竦めた。
「どうする?」
「アイリーンのジープも乗せといた方が便利、でしょ。私もスプリングに寄るわ。お邪魔じゃ無ければっ」
レキのいきなりの低姿勢ぶりにラヴェンダーはお構いなしに皮肉っぽく目を据わらせる。それがラヴェンダーの答えだ、十分に理解して レキもまた普段通り横着に何度か頷いてみせた。
「シオはこれ、イリスからクレーターまでの道順調べ。言っとくけど俺とジェイは宛になんないからしっかり頼むぜ」
少し前にヤマトから受け取った地図を投げ渡す。実は一度も目を通していない、通したところで意味が無いからだ。口パクで『了解』を示す シオを横目に、ハルは堂々と自分たちの使えなさを誇るレキに一抹の不安を感じていた。
  一方、てきぱきと的確に指示を出すレキを感心そうに見ながらヤマトは忙しくシップの出口に向かう。
「俺と大佐は手分けしてハイドレインジアを載っける。手が空いたら手伝えよ!」
おそらく一番の重労働だ。マットの相手をするだけでも十分それに当たる。一瞬で悟ってのんびりしていたジェイとエースはこれ見よ がしに自分たちの仕事に取りかかった。手が空かないようにいつもより入念な作業をしてくれるはずだ、レキにしてみれば思わぬ効果の期待できる台詞だった。
 各々準備に取りかかって数時間、機材を何とかシップ内に運び入れたヤマトとイーグルは俄に額に汗を浮かせて肩で息をしていた。 ヤマトに関しては、疲れ果ててラウンジのソファーで大の字寝そべっている始末だ。エースはフレイムメンバーの、数機のトランシーバーに 伝言をするだけだったせいで、言い渡された作業はすぐに終了。あろうことかジェイのガンメンテナンスを手伝うというエースにはあり得な い気味の悪い光景を生んだ。因みにこの感想はバイクとジープの収容を終えて戻ってきたレキたちのものだ。
  全ての準備が整う。後は時を待つばかりになった。
「見ろレキ!この光沢、お前の銃とは思えねぇだろ」
要するに余った時間はフレーム磨きに全力を注いだようで、光る額の汗とレキの銃を見てエースは珍しく爽やかさを振りまいていた。

    日がまた終わろうとしていた。夜と朝が何事もなく入れ替わっていく、それが日常で唯一の普遍と呼べるものだ。その普遍はレキ一人 の中では既に崩れ始めようとしていた。明日が変わらず、確実にやって来る保証はレキだけでなく誰も持ってはいなかったのかもしれない。