ACT.22 マスカレイド


  早朝の厳しい寒さの中、レキたちはイリスの駅前広場で規則性なくただ群がっていた。北風がささやかに横切っただけでも悲鳴の上がる気温だ、実際わめいていたのはジェイとラヴェンダーで大半の連中は縮こまって奥歯をがちがち鳴らすだけだ。
  フレイムの主要メンバー、イーグルを中心としたパニッシャー勢、ヤマトとその部下たち、ブラッディ・ローズの面々、そしてブリッジ財団から引っ張ってきたハイドレインジアの開発チーム、と広場を占拠していた顔ぶれには統一性の欠片もない。揃いも揃って何をするでもなく、ただ各々に体温確保に神経を費やしている。ラジオ体操が始まるでもなく、おしくらまんじゅうが始まるでのなく、ただ無言で自分の番を待つ。そう、順番待ちだ。レキとジェイはひたすらに自分の番を待っていた。 暫くしてシオが白衣の男たちに付き添われて皆が待つ野外に出てきた。と同時に二人がスタートダッシュを切る。全力疾走し、ブリッジ艦の入り口までたどり着くと醜くハッチの前で順番争いを始めた。
  二人が争っているのはハイドレインジアの順番だ。揉み合う内にやはりというか結局というか、レキがジェイを踏み倒して艦内に分け入った。
「なんで外で待つ必要があるんだよっ、せめて駅構内とかさぁ」
ハルが足踏みしながら愚痴る。ほとんど皆腕組み状態前傾姿勢だ、必然的に寄り集まって暖を取り始める。
「変わりゃしねえよ、どうせ吹きさらしだっ。お、シオもこっち来い! 暖め合うぞ!」
「誤解を招く言い方すんなよ……」
  エースを中心に小さな円陣ができる。シオが白い息をあげながら走り寄り、合流した。
「しっかし不安でしょうがねえな。シオ、自分の身は自分で守れよ、どーもあいつらは頼りにならねぇからな」
エースが数メートル先の艦に視線を向ける。噂の二人がまた無駄に揉み合っていた。レキはレキで用が済めばさっさと帰ってくればいいし、ジェイもさっさと中に入れば寒くもないものを、そこのあたりがどうしようもなく無駄である。
  レキがこちらに気づいて小走りに向かってきた。
「……レキとジェイのこと頼むぞ」
「(オッケー、任せといて)」
  タイミング良くレキが二人の間を裂いて輪に加わる。意味なく会心の笑みを浮かべるレキをエースが恨めしげに見やった。
「おい、準備できてんのか? ヘルメットが出てきたらすぐ出発するぞ。ユニオン突入組は艦なっ」
  ヤマトは早々に部下と別れて準備万端のようだ、イーグルも艦の傍らで静かに出発の刻を待っている。
「さーて……いよいよ、だな」
レキがジャケットを着直す。
「正念入れてけよ、シオもな」
エースの煙草はいつしかただのシケムクと化していた。くわえながら決め台詞を吐かれてもそれこそ正念が入らないが、シオはスルーして真面目に頷いた。
「そんじゃあ景気づけに一発……ハル、合図よろしくっ」
レキがジャケットのポケットから小さな火薬玉を取り出す。ハルはシオに耳を塞ぐよう指示してから咳ばらいした。
「ユウもラヴェンダーも注目! じゃ、フレイム一同作戦の成功を祈って……レディー…」
  レキがさも楽しそうにライターで着火、音頭係も着火係も共に目を見合せて笑いを吹き出した。今日の澄んだ空に向けて火薬玉を高く放り投げる。
「ゴー!!」
「信じらんねぇーーー!!」
パーーンッ!!――早朝には全く以て似つかわしくない軽快な破裂音が高らかに鳴った。レキの投げた火薬玉は空中で弾けて跡には小さな雲のような煙だけが名残惜しそう留まっている。
  エースは笑いを噛み殺しながら後ろ手に手を振って艦に乗り込む。ヤマト、イーグルの大人組は迷惑な子どもたちの悪戯に呆れて肩を竦めるばかりだ。後姿のハルも肩が震えているのが分かる。
「お前らどういう神経してんの!? そういうのって普通全員でやるだろぉ! 何考えてんだよ!」
半べそで金切り声を上げているのは説明するまでもなくジェイだ。
  彼の主張も存在もとことん無視してブリッジ艦は事もなげに離陸、なおもわめき散らすジェイの声を突風とエンジン音がかき消した。
「ちょ…っ、はぁ!? ハルの野郎~!」
  シオも髪を押えながら悠長に空へ手を振っている。レキは一際爽やかに笑っているが主犯だ、そのまま爽やかオーラを纏いつつ荷物を手に取る。
6nbsp; 艦がユナイテッドシティ方面へ消えていくと、ジェイも諦めて肩を落として黙った。とてつもなく負のオーラをふりまく。公害だ。禍々しい空気を射出しながらレキとシオの傍へ寄ってくると、親の敵でも見るような血走った視線を向けた。
6nbsp; レキも流石にたじろぐ、もすぐにまた取り繕ってジェイの肩を慰めるようにたたいた。
「六時間しかない! 急ごうな!」
まだ爽やかキャラは継続中らしい、さして美しくもない歯を覗かせて笑顔を作った。ぶつくさ独りごちるジェイを視界の隅に追いやって、レキはユウとラヴェンダーに視線を移した。
6nbsp; ブリッジ艦が発った今、残っているのはクレーターチームの三人とブラッディ・ローズの二人、この五人だけだった。だからと言って特別何かするわけでもない。
「じゃあ……行くわ。留守番しっかりな」
すぐにラヴェンダーが極上の苦笑いを見せる。
「嫌味な奴ね……。言われなくてもブラッディの幹部二人でヘマするなんてこと、あるわけないでしょ?」
ユニオンに突入するでも、クレーターに潜入するでもない彼女が何故サブマシンガンを担いでいるのかは気になって仕方がないが、この際目をつむる。ユウにアイコンタクトやらテレパシーやらで伝えるとして、適当に相槌を打った。
「じゃ、また後で。問題が発生したらすぐ連絡するから」
簡素だ。棒読みともとれる抑揚の無さには当人より傍観者のラヴェンダーとジェイの方が呆れている。とは言っても朝っぱらから濃いメロドラマを見せられるのも億劫だ、朝は浅漬けさっぱり薄味に限る。
「ほらあんたもっ、シャキッとしなさいよ! タイムキーパーでしょ!? シオのこともちゃんと守んのよ!」
そう、朝はこんな母親に送り出されて家を出るのが一番だ。テンションの低いジェイの背中を景気よく平手で打ってラヴェンダーが喝を入れた。
「そ……そうだよなっ! よーしっ、シオ安心してろよ! エースもハルもいないけどその分俺が守るからさっ」
「(よろしくっ。頑張ろうね)」
(単純……)
シオのおだてに満足してやる気が復活したジェイ、きっかけを与えたはずのラヴェンダーはその現金さを半眼で見送った。
  見送る側と送られる側がほぼ同時に踵を返す。ジェイだけがいつまでも女性二人の背中に未練たらしく手を振っていたが、互いに姿が見えなくなるとそれも止む。
  ジェイは平善を装って眼球だけをレキに移した。思いの外、レキも平然である。ジェイの予想とは少し違った。サンセットアイランドに向かうときのように、あるいはジャンクサイド目指して砂漠をひたすら歩いていたときのように妙な違和感を抱くかと思ったのだが、今日のレキにそれは無い。ジェイは人知れず安堵の溜息を漏らした。
「何の安心だよ、始まってもねえのに」
人知れていた。目ざといレキに必要以上にびくついてジェイが背筋を伸ばす。
「無事出発しましたって安心だよっ。分かってるって、ブレイマーの巣窟だもんな! 気ぃ抜くなよ、二人とも!」
「もーーージェイうるせぇ……」
  シオが声を出さずに笑う。三人しかいないのにいつもとそう変わらず賑やかだ。無論ジェイ一人がやかましいのだが、相手をしているとレキの方も無意識に声を大にしてしまう。
  ジェイがクレーターチームで、レキは内心助かったと思っている。彼がこうやってくだらないことを喋ってくだらない行動をとってくれる間は漠然と大丈夫のような気がした。
  三人は荒野をてくてくと歩いた。クレーターにはイリスから徒歩で行けてしまう。枯草と枯れ木の寂しい風景が延々と続いて、それさえもクレーターに近づくにつれて少なくなっていくのが分かる。何の有機物も含まない死んだ土と乾いた風のみが五感を支配し始める。
  やたらに風の吹く日だった。もしかしたらここいら周辺は常にそうなのかもしれない、そうだとしたら寒いだとか不便だとかの前にただ寂しかった。視界に色が少ない。空もやはり、どこか冷めていた。
  ジェイが立ち止まって、ヘルメットに付けていたゴーグルをかけるとレキとシオを交互に見た。
「(ドクターマットにもらったやつ?)」
「……そっ。おーおー二人ともしっかりブレイマー色に輝いちゃってるよー。ハイドレインジア稼働状態良好ってかんじかな」
ジェイが再びゴーグルを上方に引き上げる。確認したのは念のため、である。足を進める必要はもうなかった。冷たい風が足下から吹いてくる。
「ジェイ」
「こちらクレーターチーム。クレーター入口に到着。今から内部に入る、特に異常はなし、どうぞー」
ジェイが呼ばれてすかさずトランシーバーを手に取った。一度降りたら上がってくるまで外部との連絡は一切取れない。