ACT.2 サイレントレディ


すかさずレキがシオに何か耳打ちする。声はひそめていても何を吹き込んでいるかくらいバレバレだ。
エースが苦虫をつぶすのを後方で無精髭パート2(ベータ)がほくそ笑んで見ていた。
「シオを最初に見つけたのがベータ、後ろのひげ親父な。言ってることの60パーセントは嘘っぱちだと思っていいから」
シオが何の疑いもなく頷くのを見てベータがバランスを崩す。レキの紹介にはどうも偏見が加わっているようでベータはすぐさま反論に出た。
「髭はわざと!人をほら吹き男爵みたいに言うなよ!」
「それぴったりだなっ」
ベータがジェイにくってかかるのを尻目にレキは次々とメンバーを品定めして、一際目立つ頭の男を手招きする。
ベージュのスーツを着こなす紳士、胴体はそう見えるのに頭はピンク色のモヒカンでそのギャップはシオにちょっとした恐怖を与えた。
固く口を閉ざしたままモヒカン男が右手を差しのべてくる。
「チャーリー。見た目こんなで無口だけど面倒見はいいよ。見えないだろうけど食事担当な」
シオが軽く手を握ると、チャーリーは口を開くことはしないが柔らかく微笑んだ。刃物を振り回していそうな雰囲気はあるがそれが包丁とは誰も見抜けないだろう。
「ダイ!あーもうめんどくせぇ、オージローも一緒にっ」
お次は別の意味でインパクト大の巨漢の男がいそいそと走ってくる。
モヒカンの次はアフロの失敗作みたいなボリュームのある髪、しかも大男とあっては印象が強い。
彼の後を着いていくのは赤い首輪の、ところどころにブチのある犬だ。ダイとシオの間をくるくる楽しそうに回っている。
それをダイがしゃがんで抱き上げた。
「えーと……こいつはオージロー。たぶん雑種、だと思う。俺はダイ。廃材で家具作ったり、こいつの小屋とか……そういうの……やってる」
拙いしゃべりはダイの独特の言い回しだ。言うなればただの口べたで、人見知りというわけではないが慣れない者の前ではそれが顕著に出た。
オージローはダイに拾われた犬でこれといった芸はできないが、善悪に無頓着なダイの代わりによく人を見定めた。
シオのことはお気に召したらしい、ダイが止めても尻尾を振り回してシオにまとわりついた。
「えーと次はフォックスか。……おーい」
レキが呼んでも誰も出てこない。後ろの方に見つからないように隠れているのか、レキが確認すると深々と嘆息する。 まるで出てくる気配もないのでレキが仕方なくシオの視点に合わせて彼を指さした。
「ちょっと無愛想なんだ、あいつ。元はどっかの金持ちのボディーガードやってたらしいんだけど。ナイフ扱うのが得意で……」
ヒュッ-耳の横を風が通りすぎる。人混みに紛れてフォックスがレキに口止めをした。
ジェイとハルが仰け反った先にナイフが刺さって、揺れている。
レキが一筋の汗を額から流した。
「まぁ見ての通り……。次はギブスな、こっち来いって」
挙手だけで事を済まそうとするギブスをレキが不機嫌そうに呼び寄せる。
肩より長い髪を無造作にうなじで一本にしばっている。
「火薬担当のギブスだ。爆弾系とかダイナマイト、着火装置ももちろんちょっとした時限装置も作れるから欲しいときは注文してくれ」
シオは適当に作り笑いで誤魔化している。
間違っても時限爆弾など必要とするはずがない、声に出してつっこめない分かわいそうだ。などとレキは哀れみの視線を向けていた。
「次は俺だな」
後ろで待ってましたと言わんばかりに咳払いするハル。シオが振り向くのを待って手を差しのべた。
シオがおもむろにその手を取る。
「俺はハル。一応このチームの副リーダーやらしてもらってる……っつっても誰も覚えちゃいないだろうけど。まっ、なんかわかんないことあったら俺に聞いて、できるだけ力になるよ」
シオが笑って小さく頭を垂れるのを満足そうに見ているハル、首に巻いたオレンジ色のバンダナを整える。
  お互い朗らかに握手をしているところに、ジェイが真下から割り込む。被りっぱなしのヘルメットが怪しく光った。
「いーつーまーでー手ぇ握りあってんだよ!邪魔だぁ、どけっ」
勢い任せにハルを突き飛ばしてシオの手をもぎ取ると、ジェイがリズム良く振る。
「フレイム専属メカニックのジェイ!バイクのメンテから改造、銃のカスタムから壊れたテレビの修理まで何でもござれ!なんだかんだ言ってハルより役にたつと思うよ、よろしくっ」
「あのなあ……」
上手い具合に自分を売り込んだジェイに対してこれといって反論ができないハル、二人の関係がこれまた和やかでシオが笑いを吹き出した。
先の二人が同時にシオの笑顔に魅入る。
「えーい、どけ!多いんだから飛ばしていくぞ!」
でくのぼうと化した男二人を引き剥がしてレキがピッチを上げる。
残りの連中に並ぶように顎先で指示して一気に能率アップを図った。
「呼ばれたら手ぇ挙げて。俺の説明にもういちいち文句つけんなよ。うざい自己アピールも禁止!オラ、さっさといくぞ、次ケイ!」
不服そうにケイが右手を挙げる。パンクな出で立ちに似合わない愛らしい声で返事をした。
「ケイは主に情報収集係。その横のぽっちゃりがエルロンド、盗みはうまいけど最近はダメだな。頭に赤いバンダナ巻いてんのがマッハ、ギャンブルにすげー強い。……たまにイカサマしてるけど」
ずいぶん適当に流していくと途中から、いつもは言えなかったレキの本音暴露コーナーに早変わり。
言いたい放題のレキに各々青筋を立てるものの始めの確認通り誰も口出しはしなかった。
「隣はクイーン、おかま。胸はパット。ニット帽がトラップ、こいつもケイと同じ情報係。その横のサングラスがヴィクトリーでチェックのシャツがダブルで……ってこんな一辺に覚えんの無理か」
半ばやけくそ気味に次々と名前を連ねてみたがきりがない。
気付いたものの遅すぎる、ほぼあらかた紹介し終えた頃にこの紹介の無意味性に脱力した。
「ヘッド!俺がまだっすよ」
小うるさいのがスケボー片手に跳ね上がる。
レキはさもうんざりと言わんばかりに気だるく手を振って彼をあしらった。
「あーもういいよ。そろそろ中入ろうぜ、冷え始めたし」
「ひどいっす!俺仲間はずれっすか!?俺もちゃんと紹介して欲しいっす!これでもフレイムの-」
「あ~~~!それはゼット!新入り!覚えんの無理そうだったら省いて良し!以上」
レキが耳を塞いで本部に入る。それに苦笑しながらジェイ、ハル、エースがテレビ部屋(ケイ曰く)に入っていった。
  史上最強レベルの適当な紹介にゼットは開いた口を塞ぐことが出来ず、呆然としている。
雨は霧状になってもなお倉庫街にしつこく降っていた。 立ちつくすゼットの後方ではさっさと自分の寝所に帰る者あり、テントを片づける者あり、しかしそれも数分後には背景から消えていた。
「あんまりっす……ヘッド……」
ゼットはスケボーを握り締めて涙目で独りごちる。そうして踵を返して背中を丸めていずれかの倉庫に消えた。

    テレビ部屋、のシンボルのテレビは、今は起動していない。倉庫内は外の雨の音も通さず嫌な静けさを増していた。
シャッターを閉め切ると沈黙がより一層重くなる。
  レキは一仕事終えた解放感と達成感に改めて溜息をつく。フレイムメンバー約20名を弾丸トークで紹介すればそれらも感じるだろう。
「シオ、かぁ。どうせならフレイム入っちゃえばいいのにな、“S”がそろうぜ?」
「パズルじゃないんだから簡単に言うなよ」
ジェイの発言をたしなめて、ハルが軽く胸部をたたく。
不思議そうなシオを見てレキが座りながら補足した。
「俺らの名前、アルファベットで統一してんだよ。ここにいる奴らのほとんどがノーネームだからさ、一応呼び名程度でつけてんだ。まぁ確かにSのイニシャルの奴はいないけど……」
シオがまたハルを指さして、次にレキにその対象をずらす。口パクで“H”を表すとレキが気付いて景気良く笑った。
ハルの方は何度も興味を持たれている、という事実以外シオの行動の意味はよくわかっていないようだ。