ACT.23 カタルティック アンセム


  物事は相反する二極で成立する、こともある。光があれば闇があり、正義があれば悪があり、白があれば黒があり、生があれば死もある。レキたちクレーターチームが“静”ならこちらは“動”、立ち話などしている猶予は全くない。話は走りながらか引き金を引きながらが常だった。
  キャノン発射阻止が最大の目的であるユニオン潜入チーム、ヤマトが切り刻んだ鉄扉が思ったよりも速いスピードで崩れ落ちていくのを横目に、ハルは手榴弾のコックを引いた。
「中に居る奴は端で伏せろ! 爆破するぞ」
言いながら砂埃で視界がままならない制御室内に投げ入れた。こちら側も耳を塞いで上体を低くする。中から悲鳴と爆発音と突風が凄まじい勢いで漏れて、ハルたちの頭上を突き抜けていった。エースなんかはいつもの癖で頭を押さえているがそこにテンガロンハットは無い。
  ハルはヤマトと視線を交わして慎重に上体を起こすと手元でハンドガンをコッキングした。ヤマトも勢いよく刀身を鞘から抜く。爆煙の中にちらほら人影を確認すると、ハルとエースはいつでもトリガープルできる体勢で身構えた。
「全員両手を頭の後ろに回して組め! 制御装置から三メートル以上離れるんだ!」
  視界が晴れると向こうも状況を把握したのか大人しく、且つのろのろと移動を始める。
  ハルは視線を走らせて頭数を確認した。運悪く手榴弾を食らったようで、入口付近に座り込んでいるユニオン隊員が二人、白衣を着た科学者らしき男が三人、白い制服ではないがユニオンの腕章を付けた男が四人(おそらく彼らが制御室の担当か)、ハルが言ったとおりのポーズをとっているのがここまでで、残りの一人は果敢にも部屋の中央で銃を構えている。
「外の警備は……」
「いちいち説明がいるか?」
鉄扉は予想以上に重厚な造りだったらしくこの部屋と隣接した外の通路は完全に切り離されていたらしい。その扉をぶつ切りにしたヤマトが凄めば相手も怯む。その隙にエースが男の肘を撃ち抜いた。 入口でハルとエースは銃を構えたまま、ヤマトだけが颯爽と中へ入り室内を物色した。横長い、モニター付きのコンピュータを目にし、小さく吐息を漏らす。
「まだ生きてるな。ハル、さっきの手榴弾はまだあるか?」
「あ……? うん、ラスト一個」
「それ投げて終いだ」
ヤマトがさっさと部屋から出てくる。ハルは右手で銃を構えたまま左手でジャケットのポケットを漁ると、再びギブス印のいびつな手榴弾を取り出す。中の連中はうろたえて小さく悲鳴をあげ、後ずさった。
「……えーと……、できるだけ扉側に寄って四つん這いになってください。あ、両手はそのまま頭の上で」
「……さっきの勢いはどうした。避難誘導か、そりゃ」
エースのぼやきはもっともで、恐る恐る、しかしやはりのろのろ移動するユニオン連中にしびれを切らしてヤマトが一喝した。
「とっとと動け、巻き添え食うぞ! ハル、投げろ!」
「あ、うん」
ハルの拍子抜けする返事とは対照的に、室内には堰を切ったように悲鳴と混乱が巻き起こった。構わずコックを引き抜いて投げる。
  三度目の大爆音はそれら雑音も一切合財かき消して高らかに轟いた。爆音に煽られてヤマトがよろける。
  ――約三十秒。二の腕で口元を覆いながら三人は室内の様子に目を凝らした。もはや石か何かのようにうずくまったまま動かない研究員たちを横目に一歩ずつ踏み入る。もやもやと眼前を漂う赤茶けた煙に、やはりヤマトがしびれを切らして力任せに刀を振った。その空圧で視界が多少なりとも明瞭になる。
「こうなったらもう直せねぇな」
エースが事もなげに言い放ったことに誰も否定しない。先刻まで原形を留めていたコンピュータやモニター、レーダーやらその他諸々の機器は配線とボタンの残骸だけを残して姿を消していた。配線の断面がしきりに電光を放つのが空しく見える。
「成功……か」
「そのようだな」
まじまじと配線だったものに目を向ける。ハルは思わず会心の笑みを浮かべて、その勢いでエースに向けて軽く親指を立てた拳を突き出した。エースがその拳に自らの拳を打ち付けた刹那――。
「ハッ」
誰かが鼻で笑う声がやけに耳についた。作戦成功の高揚も失せてハルがそちらに振り向く。
  勇猛果敢にエースに銃を向けた挙句呆気なく撃たれた男だ、制御室を開けてから唯一この男だけが面倒くさい。無視して撤退するのが好ましい、が男はそれを許さなかった。
「テロリストどもに良い情報をくれてやろう。発射を操作できるのはここだけじゃないことを知っていたか? 制御室を破壊してもキャノンは止まらんぞ」
(……忘れてた)
一気に険しくなる顔つき、ヤマトとエースはそれが顕著だがハルは落ち着きを取り戻しただけだった。
「ご忠告どうも。総裁のボタンならイーグルが何とかしてるはずだ。俺たちも一度合流した方がいいかもしれないな」
ハルは途中から、不安がるエースとヤマトの方に向けて話していた。その落ち着き払った態度に、隊員は滑稽さを覚えずにはいられなかったのか、終に笑いを噴き出した。そしてそのまま高笑いを上げる。これにはハルも不快感と不信感を抱いて向き直る。
  その前に既に癇に障っていたらしい、ヤマトが刀を突き付けていた。
「イーグル大佐の手引とはっ! なるほど事がうまく運ぶはずだ。では三つ目の発射装置についても既に既知情報であろうな」
「な――」
ハルは思わず言葉を詰まらせた。その分かりやす過ぎる動揺具合に男は笑いを殺し、ヤマトとエースは目を剥いた。
「連合政府においてこんな馬鹿げたテロは成り立たない。貴様らの目的は何だ!? こんなことをして何になる! ……ブレイマー保護か愛護団体だとでも言うつもりか?」
「面白いこと言うなお前」
エースが感心しながら二本目の銃も男に向ける。刀と銃を向けられても男は平常心を保っているように見えた。腐ってもユニオン隊員といったところか、彼らが持つ誇りや忠誠心はこの状況下では鬱陶しいことこの上ない。
  ハルの目が泳ぐ。
「おいハル、確証がねぇんだからうろたえんなよ」
「でも……」
負け惜しみにしてはこの男には余裕がありすぎる。そしてハルには、虫の知らせとでも言うのか胸騒ぎとでも言うのか嫌な予感が付きまとっていた。下腹のあたりが重い。迷いは振り払わざるを得ない状況になった。
「確証はないが可能性は高いようだ。……非常にな」
不躾に背後から響いた声にハルは咄嗟に銃を向けた。それが既に混乱している証で、少し考えればその声に聞き覚えがあることは分かる。冷や汗が背中を伝う、ハルは銃を下ろした。
「イーグル……総裁の方は……」
「『何とか』して来た。そう言ったはずだ。そちらに関しては証拠がある」
イーグルの手に握られていたのは透明なケースに包まれた箱型のスイッチだった。
「これはこれはイーグル大佐。あなたのようなお方がこのような真似をするとは解しかねますよ。こんなことをせずともゆくゆくは総裁の座についたでしょうに」
「御託は結構。三つ目の場所を吐け、それ以外に口を開くことは許さん」
  ハルもエースも、そしてヤマトもイーグル側の状況を察した。要するに総裁もこの男と同じ台詞を言ったのだろう、イーグルにこのボタンを渡すときに。
  男は途端に静かになった。つい今しがたペラペラ喋っていたのが嘘のようだ、やはりユニオンのユニオンたる云々は厄介である。イーグルが唖嘆とともに踵を返した。
「時間の無駄だな。他を当たるぞ」
諦めたか切り替えたか、どちらにしろ決断は早い。視線と顎先でハルたちにもついてくるよう促すと残りのユニオン隊員には目もくれず歩きだした。
  と、全く相手にしていなかった負傷した隊員の一人がイーグルを呼びとめた。九十度だけ足を向けてイーグルも立ち止まる。
「何だ、簡潔に話せ」
彼も焦っている。こんなに目に見えて苛立つイーグルは希少価値だ、つまり事の緊迫性を物語っていることになる。
「三つ目は時限制になっており、総裁がお持ちのスイッチのような類ではないと……自分は聞いています」
「おい! 貴様何を言っている!」
すぐさま先の隊員が食い下がる。無視してイーグルは続きを促した。
「場所は」
「……お答えできません」
「良いだろう、報告ごくろう。……だ、そうだ。探すぞ」
「探す!? ……たって……!!」
  ハルはあの、無駄にシースルーのエレベーターに乗った際、この本部のバカでかさをまざまざと見せつけられている。丸一日かけても探し物ひとつを見つけるなど不可能だ、ましてや形状の分からないものなど論外である。
「くそ!! やるしかないか……!!」
  加えて周りはユニオン隊員だらけだ、鳴りっぱなしの警報がどれだけ事態を悪化させているのかは考えたくもなかった。しかし口に出した通り、選択肢はなかった。執行猶予さえ分からない今の状態で求められるのは、とにもかくにも迅速な判断と行動だ。
  ハルはイーグルの後を追いながらハンドガンのカートリッジを手早く詰め替えた。エースもその後を追う。ホルダーに収めたままの三本目の銃に視線を落とし、すぐに早足になった。