ACT.24 ラストサイン


  ヴォ”ォ”!! グゴァ”ァ!!--数メートル先の岩が、砂になった。随分見通しが良くなる。ブレイマーが自分の足元を見ることに気付いたら、次は回避できないかもしれない。
「エースが居たら何とかなったかな……。それはそれで癪だけど」
ジェイがレキの胸中を代弁する。そしてようやく気が付いた。レキはメインアームを置くと、急いでサイドアームを取り出す。エースの三本目の銃だ、昨夜半ば強制的に持たされた“魔法の銃”。ジェイが訝しげに視線を向けた。
  当人が豪語しただけあって軽い。これなら反動もそれほど無さそうだ。レキは一人で勝手に腹を決めた。そしてもう一人、腹を決めてもらわねばならない。その相手にこのリボルバーを差し出した。
「……撃てるか?」
目を見開いたのはジェイだ。しかしレキが銃のフレーム部分を差し出しているのは彼ではない、シオだ。
「私……?」
「当てなくてもいい。あれが、屈んでくれりゃいいんだ。そうすれば俺とジェイの二人で何とかする」
「ちょ、ちょっと待て! それって囮ってことだろ!? いくら何でも……」
「分かった。やる」
狼狽えるジェイを遮って、シオが銃を取る。随分にあっさりと決断を下すシオに渡した当のレキも面食らっていた。
  言うまでもなくシオに銃を撃った経験は無い。こうして手に持つ機会ですら数えるほどだ、フレームを握りトリガーに人差し指をかけると彼女が予想していたよりも重いことが分かる。拙い動作ではあるが、彼女は指示無しでコッキングしてみせた。常に間近で仲間の銃撃戦を見てきた彼女だ、見よう見まねがそれなりに形になっていた。
「マジでやんのかよ」
「大マジだ」
レキは立ち上がり岩陰から目標物の動きを窺った。ひとつひとつの動作の繋ぎの間は非常に長いが、一度腕を振り上げたならその降下速度は並大抵のものではに。コンクリート同等の強度はあるだろう地面に小クレーターを作るくらいだ、真下に自分たちの体があった時のことなど考えたくもない。
  ジェイに視線を送る。不安そうに眉じりを下げながらも立ち上がるシオをその場に一人残し、両サイドに分かれて息を殺した。
  シオが最後に立ち上がり、両手でしっかりと銃身を支えると肩幅程度に足を開いて体のバランスを取る。そしてうろつくブレイマーに向けて照準を定めた。
  横目にレキが頷くのが映った。それが、合図だ。
パァン!!--癇癪玉のような軽快な音と共にシオが後方によろめく。弾はブレイマーのだだっ広い腹部にめり込んだ。的が必要以上に大きいせいで命中率は高い。苛立たしいほどゆっくりブレイマーはこちらに首を傾けた。
(来い……!!)
レキが息を呑む。
  たった一回のトリガープルでシオの息は上がっていた。極度の緊張が肺を締め付けて上手く呼吸ができずにいた。それは待ちかまえる二人も同じだ。手のひらは汗でぐっしょり濡れている。
  ブレイマーの次の動作は左足部を浮かせること、それが始まったかと思うと一気に距離を詰められ頭部を振り下ろされた。
「ジェイ!!」
「分かってる!」
なるほど歩かなくても上半身を倒せばシオに届く。その前屈状態こそ、彼らが期待した姿だ。幸運にもブレイマーは声一つ上げず、その大口を全開まで広げてくれた。意識は眼前の食糧に集中していて、“口”と思われる巨大な穴の端と端に糸状に粘液が引いていた。
  ガン! ガン! ガン! ガン!--レキはひたすらに引き金を引いた。別の銃声はジェイで、こちらも息つく暇なく口内に連射する。
  シオを食らうために開けられた口、その喉から初めて痛みによる絶叫が発せられた。それでもひるまず顔をしかめて撃つ。ブレイマーの顔の一端が大きく崩れた。弾は貫通している。滝のように流れる大量の体液が硬直していたシオを後ずらせた。
(後一息!)
意気込んだところで突如銃声がやむ。代わりにレキの耳元で玩具が擦れるような小さな音が何度が響いた。
  絶妙なタイミングでの弾切れだ、苛立ちを押さえきれず乱暴に替えのカートリッジをまさぐった。
「ジェイ! 何やってんだよ!!」
「弾切れ!」
仲は良いが間は悪すぎる。どちらが見計らったというわけでもないのだが、不本意に作ってしまった空白の時を焦燥が支配する。
  静寂は数秒ともたなかった。ブレイマーの悲鳴がまた、こちら側の動きを止める。吠えられるだけで身動きがとれなくなるのだから発砲などできない。血と崩れた体組織でぐちゃぐちゃになった頭部を再びシオに突き出すブレイマーが見える。視界だけは常に明瞭なのが皮肉である。
  叫んだり駆けつけたり、そういったことすら叶わない。下腹のあたりで響き続ける重低音、そこへ脳内をクリアにする一発の銃声が響いた。
  繰り返すが視界だけは明瞭だ、それでも一瞬レキは我が目を疑った。
  パァン!!--また、同じ銃声が響く。もうひとつ。更にもうひとつ。シリンダーに残された五発の弾を、シオは全てブレイマーの口内へ撃ち込んだ。全ての弾が貫通し、ブレイマーの頭部を崩す。流れ始めた体液に向けて、ジェイがサイドアームを連射した。顔を失っても巨体はしっかりと残されている。しかしもう、動きはしなかった。
  その場にへたり込むシオを、ようやくレキが抱えて救助する。機能停止いたビルが倒れ込んでくるのに巻き込まれたのでは意味がない。
「走れ!!」
ジェイが慌てて銃をしまうと、ヘルメットを頭に押さえつけて全力疾走する。歯を食いしばって走る、その後方で新たな地響きが轟いた。
  ブレイマーの体が地面にへばりついていた。あれだけでかいと頭を飛ばしただけでは完全に溶解しないようだ。肩越しにちらちら確認しながらレキは足を緩めた。ほぼ引きずり状態だったシオが、両膝に手をついて夢中で息をする。同じ空気圧、同じ酸素濃度のはずなのにここでは呼吸がスムーズにこなせる。早鐘を打っていた心臓も、徐々に落ち着き始めた。
「やった……。すげぇ」
ジェイが完全に後ろを振り返って頬を高揚させる。
  確かにその光景は圧巻だった。視界一面にグミ質の物体が広がっている。辺りを埋め尽くすそれは濃い紫色でもあれば目の覚めるような赤でもあり、統一感はない。
「シオお手柄~」
シオは未だに銃を握りしめたまま肩で息をしている。レキがその手からリボルバーを引き抜いた。それを懐にしまい、空になった手で拳を作るとシオの前に突き出す。親指は立てたままだ。シオはその仕草の意味するところを知っている。顔を上げて、恐る恐る自分も拳を作り、レキのそれに打ち付けた。
  レキに会心の笑みが生まれる。立て続けにジェイと平手を打ち合うと軽快な音が反響した。
「フレイム最強!」
血生臭い光景と腐臭の中で笑いがこぼれた。
「……帰ろ。あんまり休んでると歩けなくなりそう」
笑っているのはシオの膝でもある。伝説の山でも制覇したかのような震えっぷりにレキはまた顔を背けて笑った。
「ラスト一体ってわけじゃないしな」
「嫌なこと言うなよ……」
  ハイドレインジアが切れて最初に出くわしたのがこれだったことが、この先どう影響するのかは分からない。考えていても仕方のないことだ、気配を消すよう極力物音を立てないように努めた。
  レキはシオの手を引く。互いに支え合った。シオは要介護者決定だが、レキはレキでふらついている。疲労が一気に畳みかけて襲ってきていた。そしてそれを指をくわえて眺めるジェイ、彼はふらつこうが崩れおちようが先頭に立って辺りを照らさねばならない。実のところその役目は誰だって構わないのだが、ヘルメットの前側に備え付けたライトが、ジェイにその役回りを持ってくる。
  黙って歩き出した。愚痴すら吐く体力が残っていない。
「もう少しだから、頑張ろうぜ」
愚痴の代わりにやけに前向きな台詞をジェイが吐いた。シオは快く、いつものように頷いてくれたがレキは生返事で返す。しかしよく考えればそれもいつもの風景だ。
  ジェイは半眼で二人の前を歩いた。


  クレーター内部の鍾乳洞を三人が引き返していた頃、その手前、小隕石の落下地点に彼らとは別の三人組が息を潜めて入口を凝視していた。中でもとりわけ目立つ出で立ちの男--黒いハットに豹柄の毛皮のジャケットだ--サンダーは眼球が飛び出らんばかりに見据えている。
  スパークスのリーダー、サンダーと例によって取り巻き二名は実のところ今朝からレキたち一行をつけていた。彼にしては珍しく慎重に慎重を重ね尾行した結果、このクレーターに辿り着いたはいいもののそこからは悲劇だった。
  そこら中をうようようろうろするブレイマーたちに追い回され、最下層へのエレベーターに乗ったものの身動きがとれずこの一角に身を潜めていたというわけだ。