ACT.3 スカーレット


  シオのわけあり、の意味が少しずつ暴かれ始めたはいいがその進行係がエースというのが三人とも気にくわなかった。
エースはもともとフレイムに加入する前はフリーで「ブレイムハンター」をやっていたという経歴がある。その点では他の連中よりはいくらか市街のことには詳しかった。
ブレイマーを狩って、報酬を得ることで生活を賄うブレイムハンター、聞こえはいいが実際はどす黒い。 エースの性格をこういう風にする程、と言えばそのどす黒さも明白だろう。
「昔何回か世話になったことがある。でも妙だな、アメフラシは歌うことで雨を呼ぶんじゃなかったか?ちょっとしゃべったくらいじゃあ何ともなかったはずだ」
ジェイがすかさず口笛を吹く。
「雨乞いの儀式ってやつかあっ。ミステリアスだな」
「一応知ってたんだな、雨乞いなんて」
どうもジェイが口を挟むと論点がずれる。
この際ジェイはハルに押しつけて事なきを得るとして話をシオに戻すとしよう、シオが答える前にレキがつまらなそうに解釈を口にする。
「シオがそれだけすげえってことだろ?だから財団に狙われてる、んで何でかまでは聞いてないけどクレーターに行きたいから逃げてきた……合ってる?」
シオは唖然と聞いているだけだったがレキに気付くと何度か頷く。
レキは自分の見解が正しいと分かると得意気ににやついた。
「うん、そんな感じ……私の力はもとから強いみたいで声出すだけで雨が降るから……」
「……財団ってブリッジ財団だろ?ブレイマーの血清で荒稼ぎしてる……何でそんな奴らにシオが狙われんの?」
「突っ込むなよ、シオにはシオの事情があるんだろ」
ハルが不躾に口にした疑問をレキが即座に制す。
気にならないわけではなかったが他人事に根ほり葉ほり探りを入れないのがレキの主義だった。
が、もはや見て見ぬ振りはできない。レキ以外はすでにあらゆる疑問の解消を求めていた。
「……保険、ってとこだろ。ブレイマーが手に負えなくなった時のための」
いつの間にやら5本目の煙草が灰になろうとしている。レキが嫌がるせいで換気もできないから吸えないハルはたまったものじゃない。 ジェイでさえも煙の充満した密室にはいささか不快を感じていた。
「どういう意味よ。っていうか倉庫の中で吸うなっていつも言ってんだろぉー、追い出すぞ」
エースが苦虫をつぶしながら渋々地面に煙草を押しつける。黒ずんだ灰がエースの半径50センチに所狭しと積もっていた。
「アメフラシは自分の意志で好きなときに雨が呼べる。……財団はブレイマーの血を入手するためにハンターを雇ってしこたま狩ってんだろ、 だからブレイマーから報復くらった時にシオを使って雨を降らせれば、手間も危険もなくブレイマー一掃ってわけだ。奴らは雨に弱いからな」
「それを後は私たちの村に対する人質みたいなものかな。勝手に大雨を呼んでブレイマーを全滅させられたら困るから……」
エースとシオのダブル解説で話の概要はつかめてきたものの、中心はきれいに残っている気がする。
そう思うのもシオが最初に言おうとしたのは彼女自身の事情などではなかったはずだ。
思い出してレキは身を乗り出した。
「それで?アメフラシのシオさんが大事そうに持ってたその赤い石が?ブレイマーと関係あるって言ってたよな。そろそろそっちの話に入ろうぜ」
話はようやく振り出しに戻る。
シオの手の中で光るガタガタの紅い石、宝石のようにも見えるがそれにしてはどこか息の詰まるような空気を醸す石である。
シオはゆっくりと手を開いて改めてその輝きを外界へ浴びせた。
「ルビィ、財団が隠し持っていたもの。ブレイマーはこれを感知して現れるの。きっと私がこれと一緒にここへ来たから、近くにブレイマーが出たんだと思う」
「盗ってきたのか……?財団から」
表現がストレート過ぎるが要するにそういうことだ、シオは躊躇いながらも頷く。
思っていたより大胆なことをやってのける女だ、呆れるより前に感嘆が漏れた。
財団がシオを必要とする理由やシオが追われる理由にようやくしっかりと合点がいく。 ブリッジ財団はブレイマーの報復を恐れているどころか、自らブレイマーを呼び寄せているのだ。このルヴィを使って。
「ブレイマー呼び出し専用か。……やばい石なんだろうな、たぶん」
軽はずみに手にとってみる気にはなれなかった。必要以上に放たれる輝きが他の者に触れられるのを拒んでいるようにも見える。
シオがゆっくりとルビィを両手で包み、覆い隠した。
「本当にご迷惑おかけしてごめんなさい。明日にはここを発ちますから、せめて今日だけ泊めてもらえませんか。……お願いします」
雨足は依然として強い。まさかこの激しい雨の中手ぶらで追い出すような鬼のような仕打ちはできなかった。
レキがそう思ってしまえば話は早い。フレイムの決定権の90パーセントはレキにあるし、そもそもレキの決めたことに口出ししてくる者もそうはいない。
「別に明日すぐってわけじゃなくて、落ち着くまで居ればいいよ。今は雨もこんなだし。別にいいよな?」
エースが異存なしとばかりに気だるく手を振る。ハルもジェイも適当に相槌を打っていた。
「ありがとう……!私にできることがあったら言って、あんまりお役に立てないかもしれないけど……」
悲しいことだがロストシティにこの手の女は少ない。いや絶滅したと言ってもいいだろう。
だいたいこの辺に生息しているのはブラッディローズの女たちのように男勝りだったり、ケイのようにさっぱり色香がなかったりでシオの存在はそれだけでフレイムにとっては新鮮だ。
「俺はね、マッサージやってほしい!腰とか肩とか、整備してるとくるんだわー」
「くだらないことやらせるなよ!客なんだからいいんだよ、何もしなくてっ」
かなり不満そうなジェイ、急に騒がしくなった倉庫内にシオも面食らっている。
「でも、何かお返しを……」
「それなら話は早ぇ。今日の夜にでもさっそく俺と-」
エースが要求の途中で舌を噛む。レキの真上からのひじうちをモロにくらってくわえていただけの煙草も地に落としてしまった。
レキがエースの浮上を阻止すべく全体重で以て圧力をかけながら半眼でシオを見やる。
「マッサージも夜這いもしなくていいからチャーリーと飯の準備でもしてよ。できる範囲でいいから」
レキの下でエースがうめきながら何かごちゃごちゃ言っている。それが可笑しくてシオも思わず笑いを吹き出した。
「うん、わかった。本当にありがとう。……えーと、ヘッド、さん?」
シオ以上に、レキが派手に唾を噴射して笑う。
その瞬間に力も抜けてみるみる内にエースも復活する。かなり恨みがかった目つきで、つぶれたテンガロンハットをわざとらしく叩いた。
「レキでいいよ、フレイムメンバーじゃないしさシオは。他の奴らもサンとかチャンとか言わなくていいから、みんなそういうの慣れてねえし!好きに呼んで好きにこき使って」
「そうそう! フレイム ここ で堅苦しいのはなしねっ。楽しく気楽にやりゃいーの!」
ジェイのずれたヘルメットが愛らしくてシオが微笑をこぼす。
何度もしつこいようだがこういう女は希少価値だ、いや天然記念物だ。ジェイがしまりなく笑う横でハルさえも笑顔をこぼした。
「じゃあ俺、エイジのことだけ連中に伝えてくるわ。夕飯楽しみにしとくっ」
ハルが勢いよくシャッターを開ける。斜め降りの痛いくらいの雨に目をしばしばさせながら、手をかざして走っていった。
「それじゃあ私も……」
「チャーリーんとこ?じゃあ一緒に行こっか、走ればすぐだし」
ジェイが気を利かせてかかぶっていたヘルメットをシオの頭に乗せる。本人至って満足そうだが周りから見ればありがた迷惑以外の何物でもない。
「やめろって……何かっこつけてんだよ、臭ぇだろそのメット」
「全く以てその通りだな、よっしゃ行くぞ!」
エースが、流れるようにヘルメットを捨てると愛用のテンガロンハットをシオに乗っけてそのままシオをさらっていった。
ジェイが後ろ手にヘルメットを拾って慌ててその後を追う。
「待てって、どこ行くつもりだよエース!ずりぃぞ!」
“ずりぃぞ”を連発しながらジェイも消えていく。
開け放されたシャッターをレキが腹を立てながら空しく下げ降ろした。
再び静まり返る倉庫内、ふと嘆息するとレキの息の音だけがやけに響いた。