ACT.4 ラクエンニワカレノキスヲ


「ギブスと俺の共同作品、音と光だけでも脅しにはなんだろ……!くらえ!!」
レキの後ろから渾身の力で以て手榴弾を投げる。ほぼ同時に予想通りの白い光線が四散する。
予想外だったのはその爆発的な音だった。投げた本人がとっさに耳を塞ぐほど、つまり通常のダイナマイトに劣らぬくらいの大音量だったのである。
衝撃で尻を浮かせながらレキとジェイは顔を見合わせた。
「何が脅しだあ……?気の弱い奴は今のでショック死だな、気の毒に」
「縁起でもないこと言うなよっ。つーか今の内に退却準備しようぜ、そろそろ頃合いだろ」
光と音と、ついでに上手い具合に土煙が舞ってくれて、それは丁度良い隠れ蓑となっていた。微かにユニオンの連中の影がその中でゆらゆら揺れている。
「やってくれたな……猿かと思えば知恵が回るじゃないか。だったらこっちも敬意を示そうか、回りくどいやり方はよすとしよう。……おい、お前」
男は不意に傍らの人影に視線を向ける。どんなに身を潜めていても、ユニオンと地方警察、2色しかない制服の中で彼の存在は目立った。 金色に輝く髪をいつものように根本から逆立てて、唇を真一文字に結んで立っているゼット、呼ばれたのが分かっても顔を上げることができなかった。 目の前で繰り広げられている攻防にもほとんど視線を向けていない。
見つめていた足下に銃が一丁、ルーレットのように回りながら転がってきた。
「それでフレイムの頭を殺れ。使ったことあるだろ、今なら奴も油断している」
心拍数が跳ね上がるのが自分で分かる。わけもわからずこみ上げてくる嗚咽と涙を必死で堪えてゼットはかぶりを振った。
足下の銃は一際黒く光る。
「そんなこと……できないっす。ヘッドにはたくさんの恩があるっす、それを……俺は、裏切ってしまったっす。これ以上は絶対やれないっす……!」
「だったらてめえが代わりに死ぬか」
つむじに冷たくて固い感触を覚えて力がなくなる。堪えていた涙がふるえと共に溢れだしていた。
「仲間売っといて今更何言ってやがる。できませんじゃ済まねえだろうがぁ、できませんじゃ~。やるんだよ、でなきゃお前が今すぐ死ね」
頭皮にめりこむようにゴリゴリと銃をまわす。
ゼットがその時銃を拾わなかったら男は何の躊躇もなく引き金を引いていただろう。
ゼットが慣れない手つきで銃を構えるのを満足そうに見やる。
「よーしよし、それでいいんだよ。よく狙えよ、頭だ頭。あいつさえ殺ればチームってのは一気にばらけるもんだ」
めったに手にしたことのないハンドガンは両手でしっかりと支えてもゼットには重く感じた。激しい震えのせいで標準は全く定まらない。 視線の先で奮闘するレキをただ食い入るように見つめた。
「うわああああああ!!」
ゼットの悲鳴混じりの奇声は銃声さえも退けて結果的にフレイムメンバーの注意を引きつけることになった。
ほんの一瞬その声に気をとられたせいで警戒心もその時はなかった。
パンッ!!-銃声によく似た軽快な音が響く。もっと言えば大きな風船が破裂したような、そんな他愛ない音だった。
が、視界はそれよりも遥かにハードだ。
レキの目にもはっきり確認できる程勢い良く血しぶきが舞った。思いの外冷静に自らの血のシャワーを眺めて、横目に放心状態のゼットを確認する。
ひどくその間は時間がゆっくり流れた気がした。しかし実際はものの数秒の出来事だ。
「レキ!!」
突如思い出したように激痛が広がり、レキは前方に倒れ込む。ユニオン側の舌打ちすらも聞こえるほど周囲は静かに思えた。 それもやはり、レキの痛みによる幻想でしかないのだが。
「役立たずが!貸せ、とどめをさす!」
ダンッ!!-新たな銃声は一発、しかし弾丸は二つ。ひとつは吠えたユニオンの男の手元に、そしてもう一つはゼットの腹部を貫通した。
レキが倒れたのを目にしたエースがすぐさま撃った相手に制裁を下したのである。
ゼットであることは百も承知だ、それでもエースは迷うことなく引き金を引いた。
「レキ!生きてるか!?」
「っだあ!!利き腕撃たれただけだ、俺にかまわないでさっさと退却-」
片膝着いた体制で歪んだ顔を上げた途端、叫ぶ気力も無くなった。
視界にあるのは真っ黒な穴、穴、穴、ずらりと自分を囲むユニオン勢、その周りをさらに囲む地方警察の面々、皆そろいもそろって銃口をレキに向けた。
思わず深々と唖嘆が漏れる、逸らした視線の先ではエースが両手を挙げていた。
「チェックメイトだ。チェスをしたことがあるか?キングを取ってしまえばどんなにポーンが残っていてもゲームは勝ちになる、同じことだ」
レキは無言のまま周囲に目を配る。ジェイはすぐ隣で降伏ポーズを取っているし、残りの連中もどうやら捕まってしまったらしい。
最悪なのは一番優先していたはずの女性陣の脱出が失敗に終わったらしいことだ。シオ共々羽交い締めにされたクイーンを見つけてレキはがっくりと肩を落とした。
「手こずらせやがって……!まあこの調子で行けば東スラムは楽に片づくな。ブラッディ・ローズは内部分裂してるって話だ」
「……は?内部分裂?」
思わずオウム返しすると、ユニオンの男がさもくだらないと言わんばかりに失笑をもらす。
「敵対チームが気になるか?いいぜ、教えてやるよ。ブラッディ・ローズのチームリーダーがチームを解散したがってるって話だ。放って置いても東スラムは制圧できる」
「チーム解散……?何考えてんだローズの奴……」
悠長に独り言を漏らしている場合では無かった。銃を構え直したユニオン側のリーダーが軽く合図すると一気に群がってきて、レキたちはあえなくお縄につくこととなった。
目立った抵抗はしない。下手に手を出して誰かが負傷するのは避けなければならなかった。
レキの指示でフレイムメンバーは皆大人しく武器を出して投降、レキ本人以外はたいした怪我人もなかった。

  -約5時間後、北スラム郊外。デッド・スカルの根城となっているバーの廃墟、 その地下で首領のシバがカウンターらしきものに腰掛けて煙草を持ったまま酒を口にしていた。
薄明かりの中、地下のホールにはデッド・スカルのメンバーがところ狭しとたむろしている。それでもフレイムのクソせまい本部よりはいくらかスペースがあった。
煙草の煙に混ざって妙な刺激臭が充満しているのは、ドラッグのせいだろう。
シバの舌に付けられたピアスがグラスの縁に当たって小さく音をたてる。
「……フレイムが潰された?エイジがブレイマーに殺されたせいでユニオンが動き出したか、めんどくせえことになったな」
「内部に裏切り者が出たみたいです。睡眠薬でくたばったところを一気にたたかれたらしい」
「へえ……フレイムに裏切り者か。おもしれえ、さぞかしレキはご立腹だろうな。 おい、俺達も戦闘準備だ、待ち伏せて連合を殺るぞ。財団に連絡しとけ、しばらく狩りに出るってな」
フレイムの、とりわけレキの失態にシバはひとりで嘲笑を浮かべて見せた。
  しかし、シバの万全たる迎撃は行われることなく終わることになる。原因は潰れたはずの「彼ら」だが、今は詳しく語らずにおくとする。
  溶けた氷に短くなった煙草を押しつけてシバがふと視線を前方に向ける。長い舌で下唇を舐めて会心の笑みをもらす。 眼前にいた情報担当の男が一瞬訝しげに眉根を潜めた。
シバの視線の先にスカルでは見慣れないワインレッドのジャケットが揺れていた。