ACT.4 ラクエンニワカレノキスヲ


  デッド・スカルに女はいない。シバや他の幹部の女は出入りしてもチームそのものに女を入れることはなかった。 それだから単独で女がアジト内をうろついていれば嫌でも目につく。気付けばシバだけでなくスカル全体がその異質物に注目していた。
他の者はいかにもな冷めた目で彼女を威嚇しているのに対してシバだけは常時含み笑いで女が目の前に来るのを待った。
静まり返ったホールに女の靴音だけが響く。シバが座っているカウンターの前まで歩くと彼女は微動だにしなくなった。
「どっから入って来やがったメス豚があっ!死にてぇのかあ?」
振り返って眉間にしわを寄せる男を制してシバがカウンターから飛び降りた。
皆シバと彼女の行動を、息を呑んで見守る。いつでも銃をかまえられる体勢で、だ。
「めずらしい客だな、歓迎するぜ。……ブラッディの頭が一人で何しに来た?応答次第じゃ撃つぜ」
シバが口にした瞬間、様子を窺っていた連中が一気に銃口をローズに向ける。
いつものワインレッドのレザージャケット、長い金色の髪、そしてあのバラのピアス、間違いなくローズだ。囲まれても何ら動じることなく一際冷めた目で周囲を一瞥する。
「見てわかんない?あんたんとこ女はいないんでしょ、だったらここに来た理由は決まってる」
「……フレイムがやられた話はまわってんな。協定ならごめんだ、俺たちは誰ともつるまねえ」
ローズが鼻で笑うと、控えていた男たちが青筋をたてて湧き立つ。
引き金に手をかける者をシバが視線だけで制した。
「協定?勘違いしないで、私だって北と東で馴れ合うなんてごめんだわ。……ブラッディとは関係ない。私ひとりが抜けてここへ来た、この意味わかる?」
シバがめずらしく目を見開いて驚愕する。そして、すぐに展開が読めたようだった。
「信用ならねぇな、お前はレキの女だろ。協定ならまだしもスカルに入るつもりか?」
「レキの女?冗談やめてくれない?そのレキをつぶしたいんだったら情報は山ほどくれてやるわよ。あんただって地警ごときがフレイムつぶせないことくらいわかってるでしょ」
ローズの口振りにシバが疑いよりも大きな興味を抱く。
ローズはしたたかだ、女ばかりのブラッディ・ローズが今まで存続してきたのは一重にローズの力といっていい。 その彼女が何の裏もなくデッド・スカルに近づいてくるとはどうしても思えなかった。
「レキをつぶす、か。悪くない取引だが……見返りは何だ?レキの情報くらいじゃこっちのリスクが大きすぎる。 俺はブラッディの頭やってきたお前を甘く見たりしない。それ相応の見返りと証明がないとな」
シバの返答には予想がついていたのか、ローズは微笑すると自分の襟元を鷲掴みにする。
くれてやるとでも言うような素振りで顎先を突きだした。
「担保はコレ。あんたにそれだけの力量があればの話だけど」
シバが笑む。そのままゆっくりローズに歩み寄って、その長い舌で彼女の首筋を舐める。
ピアスの冷たい感触にもローズは無反応で、ただシバの蛇のような鋭い視線の奥を見ていた。
「……気に入ったぜ。こっちの情報もできるだけお前にまわしてやる。今日からスカルの幹部だ、全員顔覚えとけ」
  フレイムにおけるヘッド、レキの決定権力が90パーセントだとするとデッド・スカルにおけるシバの権力は99パーセント、 残りの1パーセントもシバの気分次第でどうとでもなるようなものだ。
先刻まで刺すようにローズを睨んでいたスカルのメンバーも一瞬にして彼女に対して頭を下げるようになった。
それも半ばどうでも良さそうに見やってからローズは目を伏せる。
何を思い、感じているのかは誰にも分からなかったが事実だけははっきりしている。
ローズは我が身を担保としてデッド・スカルに加入した。全てはレキへの復讐のためか、それともまた別の意図があるのか、それは本人以外知る由もない。
  絶対に許さないから-あの日レキに向けて放った言葉を胸中で繰り返しながらローズは決意を、ただ胸に秘めた。

  -早朝、起きてすぐ一発目から半ばわけもわからず運動したせいでレキたちフレイム一同はやる気も根気も失せていた。
あれからトラック数台でこの地方警察に連行された後、3,4人を1グループとしてあからさまな牢屋に詰め込まれた。
ちなみにレキの隣ではエースがぼんやり胡座をかいていて、鉄格子にはジェイがしがみついている。
レキが最後に口を開いたのは、ブラッディのことについてユニオンの男に尋ねた時で、それ以来彼は不気味なくらい沈黙を守っていた。 普段ならこういった暇な時間はたいてい寝てつぶすのだが前の晩からのクスリによる爆睡で眠気は欠片もなかった。
  深刻な状況のようであったが、実は見かけ倒しである。
エースなニコチンが切れてぼんやりしているに過ぎないし、ジェイはブラッディ解散危機の情報を耳にしてラヴェンダーに想いを馳せているし、 レキは単に疲れ切って喋る気がしないだけだった。
が、いつまでもくつろいでいるわけにもいかない。そろそろ対策を練る頃合いだ。
  と、不躾に蝶番が外される。鉄格子にナメクジのようにべったりへばりついていたジェイも思わず身を起こした。
「おい、お前。出ろ、身体検査だ」
警官が指示したのはジェイ、思ってもみなかったようで自分で自分を指さした。ヘルメットは没収されたためなんだか頭が寂しい。
「検査ぁ!?何を調べるってのよ。そんなに俺の全てが知りたいかね、ユニオンさんはっ」
渋々低い扉をくぐると、背中に銃を当てられて両手を挙げる。
「お前らノーネームは登録が無いから一からしないといけない。ほとほと面倒だよ、人数も多いしな。お前ら二人もすぐ順番来るからな」
エースが小学生のように気だるく返事をする。
ジェイのヘルメットは押収されたがエースのテンガロンハットはそのままだ、ジェイは横目にそれに気付いて子供じみた不公平気分に苦虫をつぶした。
  足音が徐々に小さくなって消えるとエースが寝返りついでに大きく嘆息する。
「なあ、エース」
かなり唐突だったせいか、エースは妙に反応してこちらを凝視した。確かに声を出すのは数時間ぶりである。
「痛むか、腕」
本人も忘れていたようなことを気遣うエース、痛くないことはなかったが地警の処置は思いの外きちんとしていて気に留める程ではなかった。
「いや、案外普通。ちゃんと動くしな。それよりさ……、ゼット、撃ったのか?」
エースがきちんと身を起こして座り直す。いつもならここで煙草に火を点けるところだが今日は手持ちぶさたにあぐらをかいた足の前で指を組んだ。
「いやにしゃべらねぇと思ったらそんなこと考えてたのか。撃った、ゼットはお前を撃ったからな、理由はそれで十分だろ」
「……ああ。見てたから知ってるんだけどな」
「心配すんな、急所は外したからしばらくすりゃ治るだろ。俺だって殺しなんかゴメンだ、冗談抜きでお巡りさんに怒られちまうからな」
エースが言うならそうなのだろう、狙ったところには針の穴一本分の狂いもなく命中させてしまう男だ。
あの一発はレキの腕の仕返しというよりは、ゼットの裏切りそのものに対する制裁だったのだろう、エースのおかげでゼットに対する怒りはさほど残っていない。 どちらかというと呆れの方が強かった。
「あいつももう俺達の前に顔出さねえだろ。って言ってもユニオンに目ぇつけられちまったらこの先自由に生きんのは難しいかもしれねぇけどな」
「……そうだな」
会話が一段落したところで再び足音が近づいてくる。
片腕ずつを別々の男に拘束されてジェイが戻ってきた。 鍵が開くなり鬱陶しそうに見張りを振り払って自ら進んで牢に入ってくる。
入れ替わりにエースが連れ出された。
「おっとっと、もう少しソフトに持てよ。感じやすいんだわ、俺」
エースがくだらないことをぼやきながら場違いにも牢内の二人に手を振る。気分はピクニックに出発!といったところか。
ジェイのうんざりした表情から、ピクニックとはほど遠いことが読めた。