ACT.4 ラクエンニワカレノキスヲ


  小綺麗な検査室よりもこぢんまりとした牢の中の方がジェイとしては落ち着くらしい、自分の腕を枕代わりに汚い地面に寝転ぶ。
今頃エースは女性検査官を口説いている頃だろう、安易に想像できて半眼で嘆息した。
「俺たちが端みたいだったぜ。すぐ隣にダイたちがいたわ」
「シオは居なかったか?俺たちよりもシオの方が素性がばれると厄介だろ」
ジェイが申し訳なさそうにかぶりをふる。
「女の子は別みたいだったな、このブロックにはいなかった。……クイーンも見てないけど、あいつとっ捕まったよなあ……?」
「……検査が終わったらこっちのブロックに移されんだろ」
二人して検査官に少しの同情を抱く。
と、ジェイが何の前触れもなく口パクになってジェスチャーを始める。眼球に合わせて親指と人差し指で何か小さなものを表現しているようだ。
レキが気付いて簡単に頷く。
「大丈夫だ、一通り探したけど盗聴器もカメラもなかった。……やっぱ地警って金も人も足りてねぇんだよ、気の毒だよなあ」
「まああっちにとったら俺らなんてたかがロストシティのゴミだもんな。監視ないならいいや、確実にいないのはハルとベータ。たぶん逃げ切ったな、あいつら」
ジェイは検査のために連行される途中しっかりと人数確認をしてそれとなく視線で合図も送っておいたのである。
ジェイの意外にもしっかりとした性格のおかげでレキは労せずして次の行動が決められた。
「ハルの野郎、なんだかんだ言ってちゃんと逃げたか。だったら俺らのやることはひとつだなっ。“ジタバタせずに救助を待つ”これだろ」
「っだな。んじゃあ一眠りするか、体力温存ー!」
一度これでもかと言うほど伸びをかましてジェイはまぶたを閉じた。
あれだけ眠らされてその上まだ自主的に寝られるからすごい、などとレキは人知れず感心してみたり。壁際に背中を預けてレキも彼なりに休息を取ることにした。
  レキたちがいるのが地方警察署の正面から真逆に位置する収容所で、周りは10メートルほどある高い壁と、高圧電流の通った鉄柵に囲まれている。 正門以外に出入り口はないから、レキたちを救出しようと思ったら正門の警備を突破して本部と警察寮を突っ切らなければならない。 普通に考えれば方法はそれしかないのだが、普通に考えてそれは不可能に近い。
収容所の前の草陰で普通の思考回路しか持っていない哀れな連中が頭を抱えてうずくまっていた。
「ちっとも警備減らないな……。昔はもっと手薄で適当だったのに」
「やっぱりユニオンが仕切出すとセキュリティ面もしっかりしてくるんだねー」
他人事のように感心しているのはケイ。クイーンとシオが捕まる際にタイミング良く追っ手を逃れたらしい、正面にオージローを抱えてしゃがみこんでいる。
「どう考えたって強行突破は無理だろ。ったく、昼時くらい休憩取れってんだよなあ!くそまじめに警備なんぞやりやがって」
一昔前のヤンキー座りでベータが唾を吐く。地方警察側としてはそれが仕事なのだから当たり前と言えば当たり前だ。
ハルはさっぱり隙のない見張りよりも、さっぱり緊張感のないこのメンバーに不安を覚えていた。
「この分じゃ夜になっても同じだろうしな。……どうする?」
ハルが2人+1匹に不安を覚えているように、ベータとケイもこのいまいち頼りにならないサブヘッドに不信を抱きつつある。
このメンバーに欠けているのは緊張感よりもむしろ決断力だ、こういう時はビシっと一刀両断してくれる存在がやはり必要である。
情けないことに、そのきっかけをくれたのは他でもないオージローだった。
「ワン!!ワンワン!」
「シッ!オージロー、静かにっ」
オージローはダイが育てた割には賢い犬だったから無意味に吠えたりすることはなかった。 あまつさえケイの言葉を無視して草むらから飛び出していくようなことはしない。しないはずだが、そこに何か意味があれば話は別だ。
ケイを振り切ってオージローが飛び出す。普段は出さない威嚇のうなり声をあげて尻尾と毛をそばだてた。
「何やってんだよバカ!見つかっちまうだろ……っ」
「何か様子がおかしいよー?誰かそこにいるみたいな……」
「ギャアア!!痛い!!」
ケイが訝しんだのも束の間、オージローが走っていった先で悲鳴があがる。
ハルたち3人が潜んでいる草陰のすぐ隣の草陰からだ、3人が顔を見合わせて疑問符を浮かべる。
ハルの合図で彼らも身をかがめて移動した。 こそ泥並の怪しげな動きで隣の草むらへジャンプ、すぐさまオージローのお尻の穴が眼前に現れてハルはしかめ面で身を起こした。
「あ!!」
 -先刻までの小声の会話が無駄になる。6人そろってタイミング良く叫べばどんなに声を殺しても仕方がない。
そう、6人だ。ハルたち3人と同時に声を上げて、同じくお互いを指差しあったのはスパークスの面々・サンダーを他2名(省略)だったのである。 悲鳴を上げたのはどうやらサンダーの部下の片方で、真っ赤に晴れた臀部を涙目でさすっていた。
オージローも本能的にかみついたのだろうが気分は良くないだろう。
「貴様はフレイムのさっぱり目立たんサブ・ヘッドじゃないか!!おのれ~犬に俺様たちを襲わせるとは、ここであったが100年-」
バシッ-!!ハルが機敏な動きでサンダーの大口に手をあてる。これ以上いつものトーンで喋られるとこっちの身が危ない。 だいいち最後まで聞かなくてもサンダーの台詞はあらかた見当がつく。
「時と場合は考えてからもの言えよ……!それと目立たないってのは余計だっ」
苦しそうなサンダーに小声の大声で釘をさす。
後方ではケイとベータがそろって肩を竦めていた。
「スパークスがなんでここに居んだよっ。……まさかフレイムがばらけてる間に完全につぶそうなんて腹じゃないだろうな……。 ってそこまで情けないマネ、さすがのサンダーでもしないか!」
にこやかに笑うハルをよそにサンダーの後ろでは部下2人が青ざめて冷や汗を流している。
サンダーはひきつる口元を必死に制してハルに合わせてつくり笑い浮かべた。
「当然だ!こんな弱ったフレイムを叩きのめしたところでつまらんからなっ。スパークスのサンダー様がユニオンごときに捕まった哀れなレキをわざわざ拝みに来てやっただけのことよ! だーーっはっはっは」
ハルの努力も空しくサンダーは唾液をそこら中に飛ばしながらふんぞり返って笑う。
手に負えないことが何となく分かるとハルは半眼でただ見ていた。
下僕A.B(ハルが勝手に識別)も溜息など深々とついている。
「すっかりバレてるよ。やっぱりうちのヘッドの考えそうなことだもんな……」
「シッ!ヘッドに聞こえたら後がうるさいって。まぁどうせ弱ってても寝込みでも勝てないんだしさ、丁度良かったよな」
2人でしみじみと納得しているところにハルが同情しつつも首を突っ込む。
目的はどうであれこの3バカトリオを利用しない手はない。 とりわけサンダーはどうしようもなくアホだが、スパークスのヘッドを張るだけあって実力はあることをハルは知っていた。後はハルの話術次第だ。
「悪い悪いっ。そうだよな!スパークスのサンダーっていったら硬派で有名だし、俺たち目立たない下っ端とはやっぱ頭のデキも違うしっ。 こんなバリケードなんてパッと越えられちゃうんだろうな」
「朝飯前だな!スパークス印の雷爆弾で裏の壁なんぞ一発よ!!……こうしちゃいれねぇ、おい目立たない下っ端共!もたもたしてねぇでさっさと中に潜入するぞ!!」
サンダーがどうやら自分の目的を思い出したらしく、収容所がある裏手に走る。 自らぼろぼろと潜入法を暴露してくれたおかげでハルたちはまんまと中へ入れるわけである。 後ろ手にオッケーマークをつくってハルがすぐさま後を追った。
  サンダーの足は状況に関係なく異常に速い。油断すると視界から消えてしまいそうだったが、わけのわからない高笑いと地走りがサンダーの走った軌跡をこともなげに示していた。