ACT.5 アメアガリ


 レキが注文票の一番下に2人へのメッセージとして目の前の店の名前を書く。
エース以外の三人は、トリガーは重めにだとか、フレームは銀でだとかたいしたことのないこだわりなのだが、彼はボディも性能も挙げ句の果てに自分との相性にもこだわるたちだ。
レキはエースとアイリーンを放って全員引き連れると工房を出た。ジェイの言う落ち着いた時間と場所というのをそろそろ確保したかった。
「ちょっと遅いけど昼飯にするか。この後のことも話しておきたいしな」
「そうこなくっちゃなっ。チャーリーの飯もいいけどここのもうまいんだぜー。あいつのがおふくろの味ならこっちは彼女の手料理っていうかさ」
ジェイが興奮して何とも分かりづらい例えをシオにかましてくる。ジェイの観点が万国共通だと思ったら大間違いだ、証拠にハルやラヴェンダーも肩を竦めていた。
  お互い話がしやすいように、レキは丸テーブルの客席を選んで座った。レキの隣にシオ、続いてハル。 エースの席をひとつ抜かしてラヴェンダー、当然のごとく彼女の隣にはジェイが腰を下ろした。
適当にメニューを指してウェイターに渡すとジェイがそれに自分の希望を付け足す。
「さて、と。イリスを集合場所にした理由でも説明しとくか。北方ならどこでも良かったんだけど一番大きかったしな。 ……俺が言うより……シオ。悪いけどさ、話せる範囲でいいからいろいろ教えてくんないかな」
シオにとっては唐突な話だった。心の準備というかちょっとした気構えというものができていない。目を丸くして周りを見るがハルもジェイもそれを望んでいる風だった。 レキと視線が合うと困ったように伏し目になる。
「……何も聞かないって言ったし、そんなつもりもなかったんだけどさ。ここまで巻き込んじまったしどうせなら俺らも巻き込まれたいじゃん」
「ここまで来たらもうフレイムの一員だよ。……みんなほっとけないってさ」
ロストシティを追放されて半ば暇だから-なんてのはさすがに誰も口にしない。
勿論ハルが言っていることが大部分なわけだが、日々をその日暮らしギリギリのところで送ってきたフレイムにとってスリルと冒険心というものはもはや欠かせない物のひとつだった。
「……めずらしいじゃん、レキがそんなこと言い出すの」
「そろそろデカイことやりたくなったんだよ、人生の記念に」
世のため人のためシオのために彼らが動くなんてことは、まず天地がひっくり返ってもありえないだろう。
偽善的なことはハナからやらない連中だ、要は自分たちが楽しめるか楽しめないか、嘘臭い台詞を並べないだけ信用できるものがあった。
シオが窓の外を横目で確認する。
「シオがクレーターを目指してること。ブリッジ財団に追われてること。この二つしか俺たちは知らない。……まあ聞かなかったんだけど。 教えてくんないかな、理由とか、全部じゃなくていいからさ」
シオがゆっくりと、でもはっきりと頷く。
レキがテーブルの前で指を組んだかと思うと窓の外では霧雨が降っていた。どうやら今日は最初から雨が降る予定らしく、シオの話を聞くには絶好の日よりだった。
「約束だから、友達との。ブレイマーを救うこと、その方法を探すことが私とその子の約束なの。……あのクレーターに行けばきっと見つかると思って」
シオが懐から例の真紅の石を取り出す。
目が覚めるほどの赤、その光沢は仕事中のウェイターやら隣のテーブルの客の目まで奪った。
言うまでもなく間近で見ているレキたちは一瞬その光に魅せられて呆然としていた。
気付いてハルがシオの手元を上から覆う。
「やばいよ……!ここでそんなもの出したら。ロストシティほどじゃないけどスプリングだって治安がいいってわけじゃないし」
シオが周りの反応に気付いてそそくさとルビィを袂に入れる。
レキもジェイも妙な緊張感に冷や汗を流した。改めてシオが話を切り出す。
「全部話します。始めから、全部。巻き込むつもりなんてなかったけど黙ってるのも悪いし……。みんなにはいろいろ助けてもらったから」
集まりになると必ず一人はタイミングの良い者がいる。遅れてきたくせに面倒な前置きや食事の待ち時間を経験しないで済む者、 ここでも例外でなくエースが運ばれてきた食事と共に席に着いた。一同が恨めしげに眺めているのも気付かずおしぼりなんかを開封している。
「レキじゃねぇけど嫌な雨だなぁ……って、なんだお話中か。シオの声が聞けるなら雨もいいもんだな」
確かに-何人かは胸中で同意を示す。出鼻をくじかれて勢いをなくしたシオも、エースの気さくな冗談に微笑をこぼした。いよいよ本題だ。
「前にも話したけど私はアメフラシ族です。歌うことで雨を呼ぶことができる、今はずいぶん数も減って私が住んでた村にも50人くらいしかいなかったと思う。 そこには私たちアメフラシと何人かのブレイマーが住んでるの。それが……私の友達」
「ブレイマーにとってアメフラシは天敵じゃねえのか。奴らは雨に弱い。だからシオも他のアメフラシも財団に狙われてたんじゃなかったか?」
たった今来て、一番先に状況を把握して一番先に話を理解して、一番先にスパゲッティを食べられるのはどうにも腹が立つ光景だ。
ブレイマーと共存、という話だけで驚愕の声を発そうとしていた残りの者は、言葉を飲み込まざるを得なくなって視線だけでシオに続きを求めた。
「私たちアメフラシはめったに雨乞いはしないの。自分たちの都合だけで天気を左右するなんていけないことだもの。 逆に雨を呼ぶときはブレイマーたちに伝えてあげれば彼らを守ることができる。みんなが考えてるブレイマーとはだいぶ違うかもね、いい子ばかりだから」
「想像できないわ……、おっとり系のブレイマーなんて」
ハルだけじゃない。つい最近それとは正反対のすさまじく獰猛なブレイマーを目の当たりにしたレキやエースは半信半疑である。
「里の多くの人たちはブリッジ財団に無理矢理協力させられてるし、ブレイマーたちは自分の仲間が殺されるのや誰かを殺してくのを何度も見て哀しんでる。 ……苦しんでる。だから約束したの。私があの子たちを救ってあげるんだって。……彼らは消滅を望んでるから。人を食べるっていう本能から解放されたがってるから。 私にしかできないって思った。 だから……私はその方法を探しにクレーターに向かう」
沈黙-おそらく理解に時間がかかっているのだろう、頭の回転スピードは人の三分の一しかない連中ばかりだ。
それでも暫くするとエースを皮切りにシオの方を見る。
「それで財団からルビィを奪ってここまで来たわけか。……たいした根性だ、見上げたもんだな」
  ブレイマーを救う、それは誰も思いもしなかった発想だ。 というより、ブレイマーは人を喰らい建物を破壊する疫病神のような存在だったから駆除するという観念しか頭になかったのである。 唯一彼らの血液だけが薬として役立ってはいるもののそのためにブレイマーを支持するものなどはいないし、ましてや彼らに痛みや苦しみがあるなどとは夢にも思わないだろう。
シオの話は通念と常識を一気に打ち壊す力があった。
「一人じゃ無理だな、ユニオンも財団も敵に回したんだ。味方は多い方がいいだろ?」
「マジかよ……話がデカすぎねぇかぁ?」
ユニオンを敵に回したのはレキたちの責任なのだがあえてそこには触れないらしい。戸惑うシオにレキが会心の笑みで応えた。
「だからいいんだよ。デカイことがやりたいっつったろ。最近たいくつしてたから丁度いい。……シオの計画はフレイムが全面バックアップする、いいよな?」
何度も確認するがフレイムにおけるレキの決定権はほぼ90パーセント、だいいち今誰かが猛反対したとして考えを覆すような男ではない。
さらに言えばスリルと刺激を求めているのはレキに限ったことではない。
ラヴェンダーが一部始終を聞いて肩を竦めた。
「異議なしっ」
「しょうがねえ、つき合うか!」
安易に同意するハルとジェイの2人にシオが何か言おうと、したところでエースに口を塞がれた。実においしい役回りだ、相変わらずいいとこ取りに長けた男である。