ACT.5 アメアガリ


「みんな暇人ばっかりなんだよ、つき合わせてやってくれ」
「でも……!」
「シオもフレイムの一員だろ?ヘッドの言うことに逆らっちゃダメなんだぜっ、特に新入りはさ」
シオがきょとんとした表情でジェイを見る。そのジェイがハルに目配せしてシオの視線をそちらに促した。
「あー……そういや“S”は今のところ欠番だったな。レキはどう思う?」
今思い出したかのようにわざとらしく眼球を上に向けたかと思うとハルも上手にレキにバトンタッチ、 たらい回しにされるシオはレキの所に来るころにはすっかり眉尻を下げていた。
レキが満足そうに笑みをこぼす。
「いいんじゃん?まっ、本人様の希望があればだけど」
仕組んで置いてこの周りくどさは何なのか、こういうときのチームワークは打ち合わせなしでも抜群に良いの男衆を遠巻きに見ながらラヴェンダーはあきれかえっていた。
「……ありがとう。すごく嬉しい。私もみんながいれば心強いと思う」
事はレキたちの思惑通りに進んだ。ご満悦の面々、とりわけレキはやけに上機嫌だ。ふんぞり返ったままでシオに右手を差し出した。
「改めてよろしくな。俺はレキ、フレイムのチームリーダーだ」
シオが柔らかく微笑して、その手を取る。
「エースだ。見ての通りの紳士、銃のことなら何でもござれ」
「フレイムの総メカニックのジェイ!よろしく、シオ」
エースとジェイが続けざまにハットとヘルメットをとる。おそらくフレイム内での新入りへのお決まりの紹介なのだろう、どこかかしこまっているようでもあるし、彼ららしく適当でもある。 シオが思わず笑顔になるのをこちらもゆるい表情で見ながら、ハルが咳払いした。
「えーと、フレイムのサブヘッドやってるハル。こいつらのテンションについていけなくなったらいつでも相談するように!たぶんこのメンバーだと俺が一番マトモです」
言っていることは正しい、が正義がこっぴどく負かされるのがフレイムの伝統で日の目を見ないのが副リーダーの性というやつだ。 シオと握手を交わそうと差し出した右手は、皮肉にもレキとジェイのダブル卍固めの餌食となってしまった。
  和気藹々とした空気が漂う中で一人唖然とそれを眺める者がいる。
「あのー、さっぱり展開についていけないんだけど……」
ハルに天誅を下していた2人がはたと止まる。ラヴェンダーの一言でハルはようやく解放され、レキとジェイ、2人の腕を振り払った。
「そうだよ!ラヴェンダーの紹介がまだだろっ。これから一緒に行動するんだし、シオもいるし、な?」
はしゃぐジェイをこの上なくうざったそうに半眼で見た後、集中する視線に何気なく緊張するラヴェンダー。 ハルを真似て軽く咳払いすると、癪だと思いながらもジェイの言う通り自己紹介をすることにした。
「知ってると思うけど、ブラッディ・ローズのラヴェンダー。少しの間だけど味方ってことでよろしく。 言っとくけどフレイムに入ったりしないわよっ、ロストシティを制圧するのはフレイムじゃなくてブラッディ・ローズ! そういうことだからシオちゃんも今の内にブラッディに鞍替えすることをお勧めしときますっ、以上」
自己紹介なんだか宣戦布告なんだかいまいち判断しかねる。あわよくばこの場のノリでラヴェンダーも引き込もうとしていたジェイは露骨に意気消沈していた。
どのみちラヴェンダーをフレイムへ加入させるにあたっては彼女のイニシャル“L”を欠番にする必要がある。今頃どこかでエルロンドがくしゃみをぶちかましているところだろう。
「あっ、そうだ、今の内に……」
唐突にシオが袂をまさぐり始めて、焦った様子でルビィを取りだした。先刻のハルの忠告を少しは気に留めているらしく両手で覆い隠してテーブルに置いた。 そのまま隣へスライドさせる。無論、レキのところだ。
「私よりもルビィを守って欲しいの。絶対財団に渡しちゃいけない……これが、ルビィだけが唯一の鍵だから」
レキは暫く黙ってシオの手元を見つめていたが、やがておもむろに両手を差し出した。
「こんなもん俺らに持たしたらそのままトンズラするかもよ……?よーく考えてから出さねえと」
レキは内心仰天していた。気安く、任せとけ!とはどうにも言えない。
シオの手の中の紅い宝石は見た目以上の価値と恐怖があることをレキたちはすでに知ってしまっている。 さらにレキ自身ルビィに妙な苦手意識を持っていた。だから無意識にでも躊躇してしまう。
「……財団は私がルビィを奪ったのを知ってる。レキがもしこれを奪って逃げても私には何も言えないよ。もしかしたらそうやってどこかへ消えちゃった方がいいのかもしれないし」
レキは不意に罪悪感を覚えた。シオにとっては決して冗談で返してはいけないものだったのだ、テーブルの上に置きっぱなしだった両手をもう一度差し出した。
「そんなことしたらうちの普段は目立たないサブヘッドが目の色変えて追いかけてくるからやめとくよ」
「だから目立たないっての余計だって……」
シオの手からレキの手へ、ルビィが渡る。重いのか軽いのか、よく分からない。それを無造作にジャケットの内ポケットに詰め込むと景気づけに上から軽くはたいた。 懐に爆弾を抱えているような気分だ。もしかしたらシオもこのただならぬ重圧から解放されたかったのかもしれない、そんな風にも思えた。
「それで?銃ができたらまずどうするよ?イリスに向かうっつったって途中にはユニオンの本部があるだろ。あそこを突っ切る勇気は流石にねぇなぁ……」
「当たり前だろ。……でも考えてなかったな、やべー」
  レキたちが集合場所とした都市イリスは最北端にある大規模な街だ。クレーターに最も近い都市でもある。 普通はユニオン運営の列車を使えば半日で着くもののそれは自殺行為である。決断が早いところはレキの長所だがそれに必ず伴う向こう見ずさは最大の短所だ。
唸る若者たちを哀れんで、エースが救いの手を差しのべた。
「だったら地下水路使うか。あそこならユニオンに出くわそうが財団に追われようが撒けるだろ」
鶴の一声とはこのことで、形だけで実はちっとも考えていなかった残りの連中もはたと動きを止めた。
丸く収まるのかと思いきや、問題点だけはやたらに見つけるのがうまいジェイがまたもや口を挟む。
「ユニオンの真下を走ってるあれだろ?網目状に入り組んでる……迷って出られなくなるんじゃねえの?」
「だからいいんだろ、作った奴らだって全部の道を把握しちゃあいねぇ。どうする?行くのか、行かねぇのか?」
基本的にジェイに発言権なんてものはない。証拠にエースはやはりレキに判断を委ねた。
と言っても選ぶべきはほぼ決まっている。
「行くしかねぇだろ、そこしかねえんだから。……異議は?」
「なしっ」
「私も」
「じゃあ俺もー」
「決まりだな」
レキがラヴェンダーに視線を移す。傍観していた彼女も気付いて身を起こした。
「ああ、私も別にそれで異議なし。途中でローズの情報掴んだら抜けるかもしれないけど……」
「かまわねぇよ。そういう約束だしな」
話は一応の決着を見せ、レキは伝票をひっつかむと勝手に一人でカウンターへ向かった。
他の者はさっさと席を立ち出口へ向かう。
  一見レキの奢りのような光景に見えるが生憎ロストシティのノーネームが食事代など持ち歩いているはずもない。 レキはカウンターでアイリーンの名前を書いてちゃっかり送りつけることにした。この所行がばれる前に銃を頂いてとんずらする必要がある。
  レキはのろのろと歩くフレイムの面々を押しのけていち早く向かい側の工房の扉を押し開いた。
「できてるかぁ?」
カウンターにアイリーンの姿はない。視線を走らせていると奥の下り階段から薄汚れた女が眼鏡を拭きながら上がってきた。