ACT.5 アメアガリ


何やら段ボール箱いっぱいにおもちゃじみたものを詰め込んで、アイリーンがそれをよろめきながら抱えている。 ハコの横から顔を出してレキを目に入れると無反応なまま段ボール箱をカウンターに置く。無論中身はレキたちが注文した特別な銃だ。
「きっちりかっちり注文通り!これで文句あるなら今すぐ金払ってよね」
エースがいち早く段ボールに飛びつく。
「そっちの女の子ちゃんのマシンガンも整備しといたから。あっ、別に変にいじってないわよ、ちょっと軽量化しただけ」
「あ……ありがとう」
敵対チームに優しくされるのはまだ慣れないようで、アイリーンの気軽な心遣いにラヴェンダーは頬を赤らめた。
それを満足そうに見やるアイリーン、断っておくが彼女は一応ノーマルだ。
後方でしまりなく鼻の下を伸ばしているジェイも疑わしいがノーマルだ。
「そうだっ、アイリーンちょっと頼まれごと引き受けてくんねえ?」
レキが思い出したように内ポケットをあさる。どうやら彼は大事だと判断したものは分け隔てなくそこへ入れる質らしい、 分かりやすいと言えばそうだがジャケットをなくした時は一大事だ。しばらくごそごそやってレキが眉間にしわを寄せる。
「何なの、ヘッド」
「いや、ギンのキー預かっといてもらおうと思って……ロストシティに置きっぱなしにしてきたから回収しといてくれたらありがたいん……だ、けど……」
後ろポケットに手を突っ込む。冷や汗をかきだしたところで後ろの連中に助けを求めた。
ジェイが敏感に反応してくる。
「まさかなくしたとか言わないよな?俺のかわいいギンのキー!」
「ちょっと待てよ、確かに入れたんだって……!あ``っ、店のテーブルか?」
何故か靴の中まで入念に探すレキ、両足ひっくり返したところで昼食時の自分の行動を思い出す。
そそくさとブーツを履き直そうとすると、シオがレキの視界の隅で小さく挙手していた。
「私が取ってくる。まだ時間かかるでしょ?」
レキの醜態もギンの鍵も興味がないらしい、アイリーンとエースは二人して銃の最終チェックに勤しんでいた。 確かにこうなるとレキたちでさえも時間を持て余すのにシオならなおさらだ。
「……じゃあ頼むか。シルバーのごついやつだからすぐ分かるよ」
「テーブルの上、ね」
シオが出入り口を開けた瞬間、レキの苦手な雨音や湿気が一気に工房の中へ流れてくる。
先刻は弱かった雨足も少し見ない内に勢いを増して地面に叩きつけられていた。
レキが一瞬しかめ面になるのをシオは見逃さなかった。
彼は深く考えてはいなかっただろうが、おそらく雨が激しくなったのはシオが声を出し続けていたせいだ。
気付いているのはシオ本人だけだったが、彼女は胸中で抱かなくてもいいはずの罪悪感を持っていた。   目の前の店に小走りで向かうと肩についた雫を払う。たった数メートル走っただけでシオの黒髪からは雫が伝って落ちた。
「いらっしゃいませ。……あ」
「あの、バイクの鍵忘れてませんでしたか?テーブルに」
扉を開けるなり店員は意味深な態度でつくり笑いを浮かべる。案内する風でもなく、さすがにシオもむっとする。
訝しげに首を傾げながらも勝手にテーブルの方へと足を進めた。
レキが座っていた席の端にシルバーの鍵がぽつんと取り残されている。
シオがそれを手に取った矢先-腰に冷たくて固い、今まで感じたことのない感触を覚える。 対処は分からない、それでも全身が自動的にこわばってシオは身動きがとれなくなった。それがこの場合正しい対処法だ。
シオの腰に銃口を押し当てているのは店員でもなければ悪ふざけ中のフレイムでもない、彼女の知らない人物だ。
「アメフラシだな。一緒に来てもらおうか、それと銃はあんたにつきつけてるこれ一本じゃないんでそこんとこよく考えな」
シオは息を呑んだ。後ろにいる男が誰かは知らない、しかしその男のさらに後ろについている組織は何となく読める。
先刻から何度と無くこちらの様子を窺っている店員、おそらくこいつらに脅されでもしているのだろう。 冷や汗が伝う背中を少しだけ振り返ってシオが無言で頷いた。
「物わかりが良くて助かるぜ。でも財団側に何されるかは知らねぇぜ、せいぜい神様にお祈りしとくことだ」
「あ、ありがとうございました……」
助けろとは言わないが、店員のあからさまな態度は不快だった。どうせならとことんこいつらに協力して冷淡に努めるか、逃亡するかして欲しいものだ。 シオが横目に店員を見ると、やはり露骨に視線を逸らしてくれた。ダメもとでこの店員に望みを託す。ギンの鍵、店員の足下にそっと投げた。
  遅かれ早かれこうなることは見越していたのか、シオは思いの外冷静だった。 自分が黙ることで雨が止む、それに気付いてくれる人がいれば必ずここへ来る、そしてそれが誰であるかだけはシオの中で唯一確信が持てるものだった。

 ガタッ-
「どうした?便所?」
「……様子見に行ってくる。遅すぎるし……雨が止んだ」
レキが不躾に席を立つ。
言われて他の連中も窓の外を見た。そう言えばBGMと化していた激しい雨音はいつのまにかしなくなっていた。 未だにあーだこーだと論争しているエースとアイリーンも一端口をつぐんで外を見る。
「……俺も行くよ」
レキに続いてハルも席を立つ。
  工房のぶら下がり看板から残った雨粒がゆっくりと地面に落ちる。そこら中にできた水たまりも半ば無視してレキは足早に向かいの店に入った。ハルが後を追う。
「いらっしゃいませ。……!」
レキたちを見るなり店員はそそくさと厨房へ身を隠す。
それを訝しげに見送ってレキに視線を送るハル、一方のレキはかがみ込んで何かをつまんでいた。
「ギンの鍵……!なんでここに落ちてんだよ」
どうやらこの店員はシオの一縷の望みも無碍にしたらしい、ハルも咄嗟に勘づいて引っ込んだ店員を呼びつけた。
と、間髪入れずレキが店員の胸ぐらを掴む。こちらは財団側のように見えないようにやるほど器用ではない。客からは見事に悲鳴が上がった。
ハルが横で頭を抑えている。
「お客様!警察を呼びますよ……っ」
それは困る。散々お世話になってすでに見飽きているところだ、ぞろぞろと出てくる別の店員をハルが笑顔でなだめた。サブヘッドの役回りは地味な上楽ではない。
「すいません、ちょっと酔っぱらってて……おいレキっ」
「いいからやらせろよ、こいつ一部始終見てる。見てたよな!?お前も財団か!?」
今更だとは思うが周りに分からないように右手に力を込める。
電話に手を掛ける奥の店員を視界に入れてハルが慌ててカウンターを乗り越えると受話器を上から押しつけた。
「レキ~~、頼むぜ、おい……っ」
「ブリッジ財団だったんだな、間違いなく」
青ざめて連続で頷く店員を哀れに思いながらもハルはハルでしっかり別の店員を押さえつけている。
レキがようやく手を離したかと思うと、ギンの鍵をきちんと懐にしまった。悠長に構えているのはやりだしっぺのレキ一人だ。
ハルが恨めしげにカウンター内からこちらに戻ってくる。
「今度はブリッジ財団か?とことんいろんなものを敵に回したいらしいな、俺たち」
「……敵は多い方が燃えるってもんだ。行くぞ!」エースたち呼んで来-」
「もういまーすよー」
店のドアを開け放したままその縁に寄りかかってエースがテンガロンハットを頭上でふる。ジェイなんかはこのおそまつな光景を見て人知れず肩を落としていた。
タウン・スプリングでアイリーン宛の領収書が効くのはここだけだったのだがもはやこの店の料理を堪能することもないだろう。 “彼女の手料理的味”とも永遠におさらばかと思うと泣けてきた。
  車のクラクションが待ちわびたように長く鳴る。
「乗って!さっさと行くよ!」