ACT.5 アメアガリ


車はアイリーン御用達の改造ジープだ。よくラヴェンダーなんかに貸したものだと思いながらレキもハルも後部座席に乗り込んだ。 エースも気付いて二人の横に無理矢理からだをねじ込む。
全てはジェイの淡い恋心のため!ではなく皆自分の命が惜しいに過ぎない。車の交通事故で最も高い致死率を誇るのは何と言おうと助手席だ。
空け渡されたのが地獄への招待席だとも知らないでジェイは踊るようにナビシートに座る。
「飛っばすわよー!しっかりつかまっててね!!」
やけに楽しそうなラヴェンダーとドライブ気分のジェイを除いて、後部座席の3人は冗談抜きでそこら中のものにしがみつく。
目的地に着くまでに自分が車内に残っているか懸念しながらも、レキはゴーサインを素早く出した。

  同時刻ブリッジ財団本部-。
カメレオン・シフト・システムをイメージ化したカメレオンのマークが財団のマスコットだ。でかでかと掲げられた社旗も当にそのカメレオンが中央で下を巻いていた。
シオはうつろにそれを見ている。色や輪郭がはっきりしないのは今目が覚めたせいだ。
連行された直後から今まで、どれくらいかは分からないが眠っていたらしい。無論シオの意志で、ではない。証拠にあちこち調べられたような形跡がある。 飲まされたのが自白剤でないことがせめてもの救いだ。
「胃の中まで調べましたがルビィと見なされる形状のものは見当たりませんでした」
白衣を着た女がレポートを見ながらシオの横で何やら読み上げる。寝ている間にかなり好き勝手に調べられたらしい、 意識が徐々に鮮明になってくると見覚えのある顔が視界を支配する。
シオはただそれを睨み付けた。
「久しぶりだな、シオ。まさかお前みたいに大人しいのが逃げるなんて思ってもみなかったよ。それもルビィを持って……」
四肢の自由は薬と、手錠で奪われている。近づいてくる男から距離を取ることも叶わない、顎先を掴まれるとそのまま至近距離で見たくもない顔を拝む羽目になった。
「ルビィをどこへやった?お前が持ってるはずだ」
沈黙-固く唇を閉ざして目を伏せる。いつもここでやっていた通りのことを繰り返していればいい。
ここでは分厚いメモ用紙をくれる人も少しくらい喋ってもいいよ、と優しく言ってくれる人もいない。
「吐け!!ルビィをどこへやった!」
怒りに我を忘れて男がシオの顔を殴る。
それでも微動だにせずひたすら沈黙を貫くシオ。ただ視線だけは、冷め切った視線だけは男の方へ向けた。
「……どこで覚えてきた、その目。いつからこの俺に反抗できるようになったんだ?……お前がルビィを持ってここから逃げ出した後、姉がどうなったか知ってるか?」
咄嗟に顔を上げた。
嫌な笑みを浮かべてブリッジがシオから一歩離れる。
シオの心を揺さぶるのは肉体的苦痛でも脅しでもなくそこだった。
  シオと同じく強力な能力を持ち、財団に捕らわれていた姉、彼女が半奴隷的にブリッジ財団に仕えることでシオにはそれなりの自由が与えられていたのである。 シオ本人も全く以て知らなかったというわけではないが、こうして駆け引きに出されると確信を持ってしまう。
「姉に何か……したの?」
相手の思うつぼだと分かっていても聞かずにいられない。
ようやく得た反応に味をしめたらしく、男は話題をシオの姉に切り替えた。
「お前がルビィを渡さないつもりなら俺にも考えがあるってことだ。アスカもかわいそうになぁ、妹がじゃじゃ馬なおかげで余計な迷惑を被る」
真一文字につぐんでいた口の中で奥歯を強く噛み締める。シオに選択肢はそう多くない。 しかもそのどれを選んでも誰かを犠牲にする構図が出来上がっていることに気付くと、ただ後悔だけが糸を引いた。
「日付が変わるまでは時間をやる。よーく考えて決めるといい」
  日付が変わるまで-夜になればただ暗黒だけが空を支配するのに、日付の境など一見分かりにくいように思える。 が、シオたちアメフラシやレキたちノーネームのように時間という概念に縛られずに生きている者たちにとってそれは一番区切り良いタイムリミットだった。
朝と昼と夜、この3つさえあれば生活は一応成り立つ。一日を刻んでいくシステムは彼らには必要なかった。
人がそれを自由と呼ぶか愚行と呼ぶかは分からないが。

  「さすがと言うかお決まりというか……ユニオンといい財団といい金持ちは夜まで警備がしっかりしてるよなぁ」
「金がかかってんのはこっちだろ。絶対レーザーとか赤外線とかつけてんだぜ」
夜になった。夜と言えば、ロストシティでは暗躍するにはもってこいの時だった。
逢い引きするも良し、秘密のビデオを見るも良し、隠しておいた高級ワインをこっそり飲むもなにもやりやすいくらい辺りは暗かった。
が、そのちゃちな法則が適用されるのはそこだけだったらしい、目が痛いくらいそこら中に電気を点けて昼間以上に辺りは明るい。
怪しい行動をとろうものならすぐさま捕まりそうである。
「しょうがねぇ、正面突破するか。一番てっとり早いし」
レキが早くも考えるのを止めて指を鳴らし始める。
この安易な発案を止めるのはいつもハルの役目なのだが今回は同じ境遇の彼女も共にレキを制してくれた。
「一番面倒だって!騒いでどうすんのっ、潜入になんないでしょ!」
「地方警察で懲りたかと思ってたけど……。とにかくそれは却下、話になんねえ」
ダブルで全否定されると反論する気も失せる。言葉に詰まってレキは準備していた拳をしまった。
ハルとラヴェンダーの真面目な作戦会議をふてくされて眺める。
ジェイも話に加われずレキの隣で半眼になって座っていた。こうなると叱られた子どものように大人しい。
「それもいいんだけど……できれば、その、もうちょっと温厚な方法を……」
「あーもう!そういうの嫌いなの!ハルも意外と肝っ玉小さいわね。気づかれなきゃいいんだからてっとり早く終わらせるわよ!」
前言撤回、ラヴェンダーはレキよりマシというだけで、どちらかというと彼と同類だった。てっとり早く、という響きにレキがにこやかに立ち上がる。
ハルもこの二人に組まれると手の打ちようがない、反論しようとしてエースに肩を叩かれるとそのまま断念して頭を抱えた。
「で、どうすんの?ラヴェンダー」
ジェイの問いには答えないでラヴェンダーは自分の荷物からごついアサルトライフルと光学サイトの部品を取りだして手際良く組み立て始めた。
DOTサイトと呼ばれる近距離用のサイトだ、確認とばかりに一度のぞき込んで納得がいくと標準を裏口にいる見張りに合わせた。
「……まさかぶっぱなすの?」
「もう一丁ライフル入ってるからできる人がやって。一気に4人は撃てないし」
やはりジェイの質問はさらりと流してDOTサイトの赤い点を慎重に合わせるラヴェンダー、横に当然のようにエースがライフルを構えた。
レキ共々残りの連中は唖然としている。
「何だよ……!あんま俺と考えてること変わんねえじゃん……っ」
「気付かれずにってやつと裏口ってとこがポイントなんだろ、ラヴィー的には」
「……俺いつかフレイム乗っ取られそうで恐い……」
小心者の3人が小声で成り行きを見守っていると、ラヴェンダーとエースのライフルの銃口が火を噴く。
せめて合図くらいして欲しいものだ、銃声にびくついて彼らは過剰に痙攣する。 振り返った時には見事なまでに裏口はぽっかり穴を開けていた。ちなみに撃ったのは麻酔弾である。
「はぁ~、サイレンサーってけっこう音するんだー。こんなことなら豪快にやっとけば良かった」
十分豪快にライフルを肩に担いでラヴェンダーが立ち上がる。