ACT.6 ダブルエネミー


   ジェイが振り返った時には廊下の奥から追っ手が駆けだしていた。面食らう間もなくハルがジェイとエースを引きずって走る。
すぐその後をレキとシオが全速力で追った。
「追え!!絶対に逃がすな!!」
「アメフラシ以外は殺しても構わん!撃て!!」
レキたち5人と財団側の追っ手との距離は約200メートル、追っ手の中には元陸上選手なんかがいればたちまちに詰められるほどの差だ。
今から裏手に回ってエンジンを吹かしていたら間に合わない。
「くそっ、どいつもこいつも同じ様な台詞吐きやがって……!」
役立たずの見張りと目算を誤った自分、そしてバイクに乗せるとただのお荷物となるエース、レキは半ばやけくそ気味にバイクの元へ走った。角を横切った矢先-。
ドォルルル……-温まったエンジンが呻りを上げる。2台のバイクはすでに発進準備万全だった。
そんな暇はないと分かっていながらもレキは一瞬間立ち止まって思考を整理する。
2台の内1台には黒髪の女が跨っていた。
「モタモタしてないで早く乗って!逃げるんでしょ!」
「ラヴェンダ~!!さすがブラッディのナンバー2っ」
ジェイの言う通りフレイムのボンクラ男たちと違ってラヴェンダーはデキる。
途中から姿をくらましていたかと思えば、彼女は先を読んでここでこうして万端の準備を整えていたのである。
レキはシオと共にもう1台のバイクに飛び乗った。
「予定変更、ジェイとエースはラヴェンダーの方乗って!ハルはこっち、エースがこぼしたの撃って」
「は?こぼす?」
「あ”~っ!いいから乗れ!乗ったら分かる!!」
ジェイは夢心地のままラヴェンダーの腰にしがみつこう、としたのをあっさり制されてエースに腕を掴まれる。それをそのまま彼の腰に回された。
「そうじゃねえ、こうだ。死にたくなきゃしっかり俺を支えてろ」
頼み事をしている割にはずいぶん態度がでかい。 ジェイは強制的にエースのベルト係として後ろ向きに座ることになった。至近距離にいながらも見つめるのはラヴェンダーの甘いうなじではなくエースのテンガロンハットの鍔だ。
同じようにハルもレキのバイクの一番後ろにちょこんと乗っかる。シオに後ろを向かせてハルのベルトをさせるわけにはいかないから、彼は自力でしがみついていくしかないわけだ。 エースが最後尾に後ろ向きに座ったのを見て、ハルは先刻のレキの言葉を理解した。
「俺が先導する!一気に地下水路に入るぞ!」
レキがアクセルを回すと、少しの反動で車体が後ろに下がり急発進する。危うく転がり御落ちそうだったところをハルはぎりぎりのところで踏ん張った。
「落ちても拾わないから自分で何とかしてよっ。行くわ!」
こちらはレキよりもさらに荒いスタートを切る。微妙にウィリーをかましてジェイとエースを冷や冷やさせると、すさまじい摩擦音と共にレキのバイクの後を追った。
2台が発進した直後に追っ手が到着、地団駄でも踏んで諦めてくれるのかと思えば、たいして動じた様子もなくリーダー格の男が部下に射撃準備をさせた。
「ヘリとバイクの用意をしろ、タイヤを狙えよ!!撃てーー!」
「えげつないことするな……おーい、ホイール狙ってっから気ィつけろよー」
エースはただ一人平常心を保って落ち着いている、わけではない。彼の青ざめた顔から察するにお決まりのバイク酔いだろう、 緊張感がないのがたまに傷な上エースの抜群の射撃センスもこうなるとがた落ちだ。
10発撃ってその内5発は財団の連中に見事にヒット(勿論手元だ)もう5発はかすりもせずに突拍子もない方向に消えていった。
「悪いハルー、そっち行きそうだ」
エースがこともなげに言ってから数秒後、ハルの頭上を財団側の弾丸が横切っていった。
無論レキとシオにもそれは分かる。少しでも座高の高い者がいたら今頃額に大穴が開いているところだ。
エースとは別の理由で青くなったハルに、容赦なく怒りの罵詈雑言がふりかかる。
「ハル、てめぇっ。こぼしたのは撃てっつったろ!」
「無茶言うなよっ、エースと同じことなんかできるわけないだろ!?」
ハルはバイクに乗っかっているだけでも精一杯なのにレキは構わず注文を付ける。
かく言うレキもタイヤを守るためのステアリング操作で神経をすり減らしていた。
2台のバイクはいろんな意味でフラフラ走行しながら逃亡を続ける。
「撒いたかぁ?」
「いや……」
エースの視線の先、ヘッドライトが無数に点灯する。
ひょっとするとロストシティのチームより質が悪いかもしれない数10台のバイクにドライバーとスナイパーが各々組んで乗っている。
エースが引きつった笑みを浮かべながらテンガロンを頭に押しつけた。
「第2陣が来るぞ!ハル、レキ、正念入れろよっ」
「だから無茶言うなって!」
ハルが半泣き状態で再びコッキングする。体勢はどう考えても敵の方が有利だ。
エースがいち早くトリガープル、それに倣ってハルも死ぬ気で引き金を引いた。
さしあたり優先するのは自分たちのバイクのホイールだ、 そして背中側で一生懸命レキにしがみついているシオ、次にまあレキだろう、考えている間もなくハルはそう判断した。 次々と頬や腕先を掠っていく弾丸に顔を歪めながらも正確に敵のバイクをつぶしていく。
「おい、ジェイ。俺は支えてくれりゃあいいからハルの方指示出してやれ」
ハルの奮闘ぶりを見てエースが珍しく同情する。確かに財団側が射撃する割合は明らかにレキたちの乗っているバイクの方が多い。 ハルが一人でそれをさばくのにも限度というものがあった。
「支えんのも楽じゃねぇんだぞ、うぇっ。俺まで酔ってきたよ。ラヴェンダー、できればもう少し丁寧な運転を……!」
ジャキッ!-ラヴェンダーの視線は一応前方だがバックミラー越しにジェイを威圧している。前を向いたまま彼にサブマシンガンを向けた。
「すいませんっ、文句ないですっ」
「はあ?馬鹿げたこと言ってないでエースに渡してよ。こっちの方が有効でしょ」
どうやらサブマシンガンはジェイに向けられたわけではないらしい、理解すると片手でそれを受け取ってエースに差し出した。
「お?いいね、ラヴィちゃんいいもん隠してんじゃねえか」
「その呼び方止めてっ。虫唾が走るっ」
遠回しにジェイをけなしていることは言うまでもない、ショックに沈むジェイを尻目にエースは苦笑しながらサブマシンガンを構えた。
「ちょっくら借りるぜ」
後は想像通り早いものだった。前衛を走っていたバイクのあらかたはエースの射撃でバランスを崩して転倒するか、 運の悪い者はホイールに穴を開けられて仲間を巻き込み吹っ飛んでいった。
レキがバックミラーで事の始終を見て冷やかしに口笛を吹く。
  ここでようやく逃走に専念、かと思えばどこから湧き出てきたのかさらに数10台のバイクが前衛に躍り出る。エースがうんざりした顔つきで肩を落とした。
「まだ着かないのかよ、どこだ水路の入り口!」
「まだもう少しかかるな。だいたい今着いても追われることに変わりはねえだろうが。ったく、どこまでも未練がましい奴らだぜ」
皮肉を口にしている場合ではなかった。サブマシンガンを構え直そうとしたエースの真横を、別のバイクが猛スピードで通り過ぎていく。 前方を先導しているレキたちのバイクではないことは明らかだ、威嚇の一発をホイールすれすれに撃たれてラヴェンダーも体勢を崩した。
後方を散らしていたハルの死角から銃を構えて車体を寄せる。
今からエースが狙いを定めても間に合わないだろうし、だいいちマシンガンではレキたちにも危害が及ぶ。
しどろもどろしていた中で救世主は意外なところから現れた。