ACT.6 ダブルエネミー


面識はあるにしろ互いに会釈をするわけでもない。ただ双方とも興味薄に相手に目をやる。
「君は行かないの?総動員でルビィを追わせてるみたいだけど」
アスカの不躾な質問とあからさまな上からの物言いに少年は半眼で口をひきつらせた。
しかし見た目から言えばアスカの言いぐさはさして間違ってはいない。少年も慣れているのかそれ以上の反応は見せなかった。
「俺ブレイマー専門だから。あんたらと似たようなもんだな、立場的には。自主的か強制かの違いはあるけど」
一瞬反応に困る。見た目よりもずっと大人びた口調と物腰だ。内容云々よりはまずそこに関心が向いた。
それに発言の意図は考えなくとも分かる。“アメフラシ”が切り札と人質として財団に関わっているなら、この少年たちはより商業的な意味合いで財団にいるのである。
「ブレイムハンターね……。あなたみたいな子どもまでいるんだ」
「突っ込むまいかと思ってたけどその口調はいただけたもんじゃないな。これでもあんたの倍以上は生きてるはずだ、立場はあんたと似てるって言ったろ」
布にくるまれた長い棒、それを持ったまま少年は肩を竦める。訝しげに眉根を顰めるアスカを試すように微笑してそのまま横を素通りしていく。
今度は考えても納得の域まで達しない。どう見ても少年の背格好だ、ただ雰囲気とは確かにかみ合っていない気はする。
「ヤマトさん、召集ですよ!地下水路に向かえって」
「……だから俺たちはブレイマー専門だってのに。臨時手当入るんだろうな……」
聞き間違いではない、アスカの振り返った視線の先で少年に対して敬語を使っているのは彼女とそう大差ない歳の青年だ。
冗談で使っている風ではない、混乱しながらもアスカは答えに辿り着いた。
「まさか、カザミドリ……!」
思わず声に出した瞬間に少年、ヤマトと呼ばれた人物が振り返る。会心の笑みを浮かべた口元はやはり少年のように見えた。
ヤマトが部下と廊下の奥へ消えるまでアスカは呆然として立っていた。
  カザミドリ-アメフラシと同じくカメレオンシフトによって生まれた種族。 有害ガスや二酸化炭素で極端に酸素濃度が低くなった土地で、その少ない酸素を生存目的への使用に回すためにある時点で細胞の成長が停止する。 つまり成人の身体まで成長しないまま長い年月を生き抜けるということだ。 勿論通常の寿命よりは幾分短くなる。それでも普通の人間が80まで生きるとしたら彼らは70くらい、ほんのわずかな差だ。
かつてはカザミドリの生体を研究し不老不死だとか無病生体だとかを成し遂げようとしていた者もいたが、 一時期に比べて空気中の酸素濃度が回復してくるとカザミドリの数は著しく減少、その存在も人々に忘れ去られていった。
「ブリッジも手が早いわね。アメフラシにカザミドリか……」
 細胞の成長が止まる、換言すれば老化しないということ。カザミドリの身体能力は常人の2倍とも3倍とも謳われた。ブレイムハンターとしてブリッジ財団が雇うのも頷ける。
アスカは不意によぎる妹への危惧に不安の表情をこらえきれずに顕わにした。
「頼んだわよ……最後まで」

  ここで突然のことながら「しかめつら×6」を計算して欲しい。考える間もなく正解を示して申し訳ないが答はベンツに傷をつけられて立腹中の暴力団組員となる。 別解に生まれつき眉間にしわが寄った六つ子というのもあるが、前者の方が一般的だ。
レキたち6人はベンツに乗っているわけでもないし、暴力団組員でもないが(半ば否定はできない)「しかめつら×6」であった。ついでに言うと六つ子でもない。
「臭ぇな!水路っていうか……広い下水道だろ、これ」
「俺ガキの頃こういう色の水見てコーヒー牛乳だあって喜んでたの思いだした……」
ジェイが皆を代表するかのように愚痴ったかと思えば、ハルは悠長に妙な思い出に耽る。地下水路に下りたって、全員示し合わせたように同じ顔つきで鼻をつまんだ。
  地下水路、というだけあって確かに広くはある。幅約7、8メートルの水路に沿って管理用の通路が両側に走っている。
高さも裕に10メートルはある。比例して異臭もすさまじかった。
「汚水もここまでくるとあっぱれだな……」
真ん中、飛沫を上げて勢い良く流れる茶色い水を見てレキはわけのわからない凄みを感じていた。ちなみに当然のことながら誰も賛同はしない。
悠長に水質に文句を付けている間に、つい今しがた自分たちが下ってきた鉄梯子に足音が響く。財団の追っ手は待ってくれるわけもない。
「走るぞ!ユニオンの地下経由でイリスまでだ、流れに沿ってりゃ迷わねぇ。へたばった奴は落ちて流れた方が手っ取り早いぞ」
脅しなのか冗談なのか、はたまた本気かエースのノリは判断に困る。
いずれにしても全員走り通す意志はあるようだ、エースを先陣にして一気にスタートダッシュをきめた。
「追え!!他部隊はこの先の各出入口に張り込んで塞げ!」
地下だけに敵の雄叫びもよく響く。自分たちの足音と追っ手の足音がやけに水路内にこだました。
「ラヴェンダー!走れなくなったら俺がおぶってでも……って」
言いかけてみるみる内に半眼になるジェイ。残念ながら彼女の体力は底なしのようだ、エースと並んで走っているが無理をしているようには到底見えない。 逆にラヴェンダーの目の前で自分がばてる可能性の方が高いように思われる、そんな情けない事態だけは避けなければならない。
ジェイの方は思い切り無理をして前方グループに加わった。
「まさかイリスまで走り通すつもりじゃないだろうな……フルマラソンより長いぞ、距離」
「さあなぁ、エースがばてるまでじゃないか?もしくは追っ手が途切れるまで」
言った側からレキが突如しゃがみ込む。たまに何の前触れもなくわけのわからない行動をするのがレキだ。と言うよりもいつも説明が遅すぎる。
会話の途中で視界から消えたレキを探してハルが疑問符を浮かべた。
足下で見つけたかと思うとすぐに伏せるように指示される。シオ共々一応しゃがみ込むと、頭上をライフルの弾が5発ほど通り過ぎていった。
青ざめる3人、前方の3人はレキの指示が間に合わず地獄を見たようだ。顔をつきあわせて互いに奇声を上げている。
「熊かよ、俺たちは……」
「どっかの誰かみたいにマシンガン乱射されるよりはマシだな、そんなことしたら配管破れて全員溺死っ!」
思わず声に力が入ってしまいどっかの誰かに聞こえてしまったようだ、走りながら苦々しい視線をレキに送ってくる。
苦笑いで誤魔化して、しゃがみ込んだままのシオとハルにも走る合図をした。
追っ手の足音は近づいているようには感じないものの増えている気はした。 一瞬立ち止まっているのか足音が極端に小さくなった時は慌てて地面に伏せる。 フルマラソンはフルマラソンでも障害物付きだ、立ったり座ったりのダイエットには最適の運動を不本意ながらも繰り返した。
「こりゃこっちが疲れて上がるのを待ってんな。必死こいて追っかけてるってよりはあぶり出そうって感じだ」
「連合の敷地内に入られると厄介だって思ってんでしょ、だったらそこまで走れば安全ってことじゃない」
「どうだかなぁ。ブリッジの執念はすげぇぞー……」
その執念の塊に金で雇われた兵たちがレキたち、いやルビィの持ち主を半狂乱で追ってくる。
対するレキたちも死に物狂いで地下水路を全力で走った。(たまにスクワット運動あり)
妙なプライドと危機感から立ち止まる者は未だいない。やけに呼吸が濁っている者はいるが、序盤で調子づいて飛ばしたせいであるから自業自得である。
言うまでもなくジェイのことだが目が死んでいるにも関わらず誰も優しげな言葉はかけなかった。