ACT.6 ダブルエネミー


財団側が加速をかけてきたようで、ちまちまとライフルであおるのを止めて本格的にこちらの疲労をついてくるようになった。 狙いが先刻よりも正確になったのはおそらくスコープでも搭載したのだろう、自分の行動がスコープ越しに見られていると思うと無性に腹が立つ。
的にならないように奇妙な動きをしながらも6人はへこたれずに走り続けていた。
奇妙な動きというのも具体的にはジグザグ走行だったりスクワット走行だったりするのだがどれをとっても普通に走る3倍は体力が削られる。
平然としていた後列3人にも疲労の色が見えてきた。かれこれ4、50分は走り続けている気がする。
「しつこすぎるだろ!チャリンコ使ってんじゃねえだろうな、ずるくねえか!?」
敵に正当さを求めること以前に自転車で地下水路を駆けめぐる大人たちを想像して欲しいものだ。
足の痛みはレキに泣き言よりは寧ろいちゃもんを口走らせた。
「増えてないか!?反響してるだけ!?」
「やかましい!ちょっと黙っとけ!!」
辛抱のない若者たちを一喝してエースが初めて立ち止まった。
慌ててジェイ、ラヴェンダーも足を止める。麻痺していた疲労感が一気に膝を襲った。肩を上下させてすさまじい形相で酸素を求める。
後列組もエースの足止めになんとなく続いて疑問を投げかける前にとりあえず両膝に手をついた。
「イリスじゃないよな……っ、地下水路に休憩用のトイレがあるとは聞いてないけど?」
ハルがたいして気の利かない冗談でエースを急かす。
「黙ってよく耳すませろ。俺がイかれてなきゃたぶん挟まれてるぞ、前からも足音がすんだろ」
苛つくなり焦るなりしてくれれば他者にも状況が伝わりやすいのだが、そこはかとなく落ち着き払ってエースが口にする。
暫く沈黙が広がって、連鎖的に皆青ざめていった。めずらしく全員物わかりが良い。
「ど、ど、ど、どーすんだよ!!何で前から来てんだあ!?追っ手てのは後ろから追っかけてくるもんで先回りってのは反則だろっ!」
「どーするって……俺に聞くな。担当がいるだろ、担当が」
言っている傍ら、足音は前後から確実に近づいてくる。
完全に対照的な態度のジェイとエース、すぐさまレキとハルに決定権を譲渡した。
そろってこちらを凝視されてレキが頭を掻く。あからさまに煮えきれない表情で響く靴音に苦虫をつぶした。
一行が立ち止まってから財団との距離は一気に詰まったらしく、レキには最善策を考える暇さえ与えられなかった。
不意に目をやった前方の壁には団子の詰まったような影絵が映し出されていた。足音と連動して黒く大きな影は激しく揺れる。
レキの目が見開かれる前に手荒い挨拶が耳の横を通り過ぎた。
「考えてる間に穴が開くぞ!!進むのか掴まんのか、どっちだ!」
エースがようやく銃を抜く。前方から撃たれた銃弾のお返しにこれでもかと言うほど連射をお見舞いした。
硝煙と耳に残る銃声、エースの反撃が一段落すると本当の銃撃戦が幕を開けた。
「伏せろ!!へばりつけ!」
我が先に爬虫類のごとく地面に伏せる。他の者がどうしたかは知らないがこの際構っている余裕はない、 視界は矢のように宙を舞う銃弾と案の定前方から現れた敵兵たちで埋め尽くされていた。
「レキ!」
おそらく催促の叫びだろう、もはや悩んでいる時間は一秒たりともありはしない。
「上がるぞ!!ここにいたら蜂の巣だっ」
すぐ横に地上への梯子があることを全員把握はしていた。しかしそれがどこへ続くかは未知数だ。ジェイが土下座体勢で梯子を見やる。
「上がっちゃっていいのかよ!?待ち伏せされてんじゃねぇの!?」
「だったらここで挟まれて捕まるか?ハル!先陣切ってシオたち連れてけ!俺は最後……から2番目に行くからっ」
「了ー解!」
ハルは真っ先にシオの手を引いて梯子に掴まる。
“シオたち”の「たち」扱いされた連中も我先にとばかりに見苦しく順番を争った。
一足遅れてレキもそれに参加する。何気にうまいこと逃亡しようとするエースの後ろ襟首を掴み取って、梯子からたたき落とす。 これが“蜘蛛の糸”だったら今頃梯子はぶっちぎられていることだろう、幸い鋼鉄製だから仏様も切るのに一苦労だ。その間に地上に出ることが何より先決だ。
レキのあまりの仕打ちに流石のエースも目が点である。
「悪ぃ、後方の敵追っ払いながら上がってきてっ。頼りにしてるわ~」
「レキっ、てめぇ、ぶ……」
最後から2番目、の意味が明かされる。
要するにエースをアンカーに仕立てて後ろからの追っ手を始末してもらおうという魂胆だ。
甘い声色とは裏腹に、這い上がろうとするエースの脳天を足蹴にしてとことん下にたたき落とした。
ブチ切れている暇も敵は与えてくれない、特大の青筋をぶらさげながらエースは迫り来る追っ手を見事に蹴散らしていった。
  一方蜘蛛の糸、もとい梯子の先頭を行くハル、最後尾の醜すぎる光景を見ないようにひたすら上を目指す。 それでも耳をかすめるレキとエースの聞くに耐えない暴言の言い合いに嘆息していた。
「シオ、ついて来てる?」
時に聞くと返事の代わりに鉄梯子が3回鳴る。十分確認できるはずなのだが更に下方を見る。 勿論シオが一生懸命に上って来ているのが目に入るわけだが、その下で尻を見たとか見ないとかでもめているジェイとラヴェンダーも見えてしまいやはり落胆した。
そうこうしている内に頭が天井、マンホールにつく。先回りされていないことを祈るばかりだ、不安丸出しの体勢でハルがマンホールをこじ開けた。
運を天に任せて勢い良く飛び出ると、以外にも待ち伏せ隊はいなかった。急いでシオを引き上げる。
「2メートル開けて上がってって言ってるでしょ!蹴り落とすわよ!!」
「無茶言うなって下にレキとエースがつまってんだからさあ~」
地下のせいか良く響く。呆れ返ってハルは引き上げる気力もない。
「早く上がれって!」
ラヴェンダーが不機嫌むき出しのしかめ面で這い出すとジェイも疲れ切った表情でよろよろと地に足を着く。 続いてすぐさまレキが飛び出してくるのかと思いきやしばし間があく。
不審に思ってハルがのぞき込んだが、それが間違いだった。 某ホラー映画並の血走った眼とすさまじいスピードで上がってくるレキが映る、思わず小さく悲鳴を上げてハルが仰け反った。
直後にレキが必死の形相で脱出、今度は続いてエースも、絡まるようになだれこんで来た。
二人とも多量に汗を流して濁った呼吸で座り込んだ。かと思うとレキが立ち上がって銃口をマンホールの下へ向けがむしゃらに連射した。
「おいおい……そこまでしなくても……」
「どけっ、レキ。やり方がぬるいっ」
ハルが止めるのも半ば無視して、さらにエースが歯を食いしばって両手で引き金を引く。
どうやら後方二人はかなりライフルで煽られたらしい、鬱憤晴らしとばかりに威嚇射撃で地獄から上ってくる亡者たちをたたき落としていった。
  仕上げはエースに任せてレキがようやく正気に返る。無造作に膝元の埃をはたいて辺りを見渡した。
先回りされている気配はない。ひとまず胸をなで下ろしたところでエースもマンホールの蓋を閉めた。
「早いとこ安全なところに移動しねえと奴等すぐ増えて這い上がってくるぞ」
「安全っつったって……だいたいここどこだよ。どっか路地裏?」
四方は湿ったレンガ造りの建物に囲まれている。ただ前方に進めば道は開けているようだ、しかも人通りから察するにかなりの大きな通りらしい。
「何はともあれ通りに出ようぜ。葉っぱは隠すなら森、人は人混みに混ざるのが一番だろ」
「まあどっかの誰かサンの髪の色は一発で見つかっちまうような色だけどな」
地下での仕打ちを根に持っているのか、白々しい言い回しでレキを見やるエース。踏みつけられて砂の乗ったテンガロンハットをこれ見よがしにはたいた。