ACT.7 インベーダーゲーム


「でたーーー!!」
気持ちは分かる。凝固したハルにしがみついて腹の底から絶叫するジェイ。抱きしめられたハルは目を点にしたまま青ざめていた。
素直で、それでいて当然の反応だ。何の予兆もなくいきなり目の前にブレイマーが躍り出てくれば十人中八人がジェイにように奇声をあげるだろう。 残りの二人の内一人はハルのように思考が停止、そしてもう一人はあまりの恐怖に大爆笑し始めるタイプ。
最後のパターンは不謹慎な上大迷惑だ、幸い彼らはオーソドックスな反応に留まっていた。
  しかし、彼らの今の状況から考えてそれも正しい行動とは言い難かった。 ジェイの雄叫びを聞きつけて、うろついていたパニッシャー共が次々と集結してくる。
涙目で突っ立っているわけにもいかない、ハルが慌てて銃を抜いた。
「そんなんで殺れるのかよ!デカいぞ!?クワガタだったら10万単位だぞ!?」
「こんな気色悪いクワガタがどこにいるんだよ!新種にしたってシフトしすぎだろっ。……って、あ”~くだらないこと言ってないでお前も手伝えよ!!」
ジェイを相手にしているとどうも緊迫感というものがすっ飛んでいく。それは毎回良くも悪くも功を奏すのだが今回、とりわけハルに当たっては鬱陶しいだけだ。
いろいろな体液をぼたぼたと締まりなく垂れ流しながらブレイマーはゆっくりと二人に近づいてくる。
こんなことなら先刻の汚水を見つめ続けていた方がマシだった、地面に落ちるグミ状の物質にハルは露骨に顔をしかめた。
ブレイマーは、まだ二人を人間=食べ物だと認識していないらしい、様子を伺いながら一歩一歩こちらに近づいてくる。
「俺が合図したら同時に撃つぞ……!頭だからな、頭!」
「プレッシャーかけんなよっ、知ってるだろ俺がコントロール悪いの!」
それは勿論周知の事実だ、フレイムメンバーでジェイの射撃を宛にする者などまずいない。
が、今は状況が特別過ぎる。言うなれば藁にもすがりたい大ピンチなのである。
  二人の心臓が破裂寸前まで早鐘を打つと、ブレイマーは“えさ”を認識したらしい、苛々するくらい遅かった歩みが一変して迷いの無いものとなる。 手っ取り早く言うと猛突進、してくるそれに恐怖を覚えない方がおかしい、啖呵を切った割にはハルもジェイも土壇場で怖じ気づいた。 しかし、後ずさろうが震え上がろうがお互いもう逃げられない距離である。
ハルの引き金を握る指に緊張が走った。
「今だ!行け!!」
同時とは言い難い、明らかに半テンポずれてジェイも引き金を引く。千歩ほど譲って、ほぼ同時に二つの銃弾はブレイマーの頭部を貫通していった。
ウギャア"ァ"ァ"アァァ!!ー耳をつんざくような悲鳴、思わず銃を落として耳を塞ぐほど響く。
二つのトンネルができたブレイマーの額からは恐ろしい程に真っ赤な血が噴出していた。
五感を全て遮断してしまいたい程の光景なのに、二人は目を離せずにいる。耳を塞いだまま凝視する。ただ、圧巻だった。
「すげえ声……人みたいだ……」
ジェイがぽつりと呟く。それはハルも薄々思っていたことだ、でも敢えて口には出さなかった。
「……逃げるぞ、ユニオンも今なら少ない」
ハルが手早く銃を、ジェイの分まで一緒に拾う。視線はそのまま藻掻くブレイマーへ、上体を起こしながらジェイへ銃を差し出した。
  ゴトッーハルの額に青筋が立った。無論今のは彼の青筋が浮き出た音などではない。 ジェイが手を出したかと思いきや、さっぱり力を入れていないせいで銃が再び地に落下した音である。
「おいジェ……」
言いかけて、ハルが言葉を飲み込んだ。唖然としたジェイの視線の先を辿ると、そこには数十体のブレイマーの列がゆっくりこちらへ近づいてくるのが見える。 大小合わせて野球チームが結成できそうだ、死球を受けた先頭打者に代わりどうやら乱闘を起こすようだ。
今度はハルもさっさと平静を取り戻した。いや、パートナーが見事にぼやぼやしているせいで無理矢理にでも平静を装う必要があったのである。 ハルはつくづく自分の運の無さを、今更ながらに嘆いた。
   もう一度素早く、ジェイの銃を拾う。今度は手渡さずにそのままジェイの首根っこをつかんで踵を返した。
「逃げるって言ってんだろ!このままじゃ本当におやつにされるぞ!!」
ハルが切羽詰まった顔で大声を張り上げたせいで“彼ら”を刺激してしまったらしい、群の中の一体が戦の角笛でも吹くように吠えた。
数秒、不気味に静まり返った直後ー。
  もういちいち銃を落としている余裕はない。連鎖を起こして次々と唸り声をあげるブレイマーたち、二人はこめかみが潰れるほど歯を食いしばった。 体中に一種の電流のようなものが走る。ジェイにとっては丁度良いショック療法だった。
「く、くくくく喰われる!俺なんかここ二三日体洗ってねえのにそんなんでいいのかよ、奴等にグルメ精神は無いのか!?」
平常心には程遠いが、とりあえず動く気になってくれたくれただけでも進歩だ。
余りの展開の凄まじさに半ば錯乱状態のジェイをハルは容赦なくヘルメットごと殴って引きずる。
美食家グルメってのは珍味がお好みなんだよ!走れ、もう助けねぇからな!」
「何で俺たちばっかりこうなるんだよ~。やってらんね~~」
ぴたりと静まる雄叫び大合唱、振り返るハルとジェイ、おもむろに足を進めるブレイマー、そして再び前を向くハルとジェイ。
「ハル……」
「……死ぬ気で走れ!!」
スタートダッシュはほぼ同時、目を血走らせて半狂乱で走る二人、そして狂ったように唾液をまき散らしながらそれを追うブレイマーの群、 死の鬼ごっこは問答無用で開始された。工場区に引きつった絶叫が轟く。

  ギィヤァア”ァ”ア”!!ー地面と宙とに紅の鮮血が迸る。ヤマトが狩った場合それはより一層顕著だ。
他のブレイムハンターにしろ、パニッシャーにしろ今時分はハンドガンやライフルでブレイマーを退治するが、ヤマトは違う。 いつも持ち歩いている棒状の包みの中身、それが今彼が振り回している切れ味抜群の刀だ。
ヤマトがブレイマーを斬りつける度にまるで雨のように血が舞う。血塗れとはよく言ったもので、ヤマトの幼い顔には血しぶきがこれでもかという具合に散っている。
「まさかここに来てこんな大仕事する羽目になるとはな。……流石に斬っても斬ってもきりがねえな、こりゃ」
足下はもはや石畳の面影を残してはいない、血の海と化して坂道を流れていった。
それでも顔色ひとつ変えないヤマト、息つく間なく湧き出てくるブレイマーにうんざりはしているものの物怖じする気配はない。 彼にとってブレイマーはモンスターである前に商売道具であり金の成る木だ。それは躊躇いない太刀筋が証明していた。
「ったく、おちおち食事もしてられないっすねユナイテッドシティは。ノーネームのガキ共で騒いでたと思ったら今度はブレイマー。 あっ、ヤマトさんまたこっち来ますよー」
ヤマトがあの調子なら部下のマイペースさも筋金入りだ。何発もの銃弾を小型のブレイマーにお見舞いしつつも愚痴なんかをこぼしている。
  ここ周辺が血の海であるのはヤマトたちが次々とブレイマーを狩っているせいだ。
多量の血の臭いは更に中間を呼び寄せ、途切れることなくブレイマーが出現していた。
  体が小さい代わりに身動きはやけに俊敏だ、二メートルほどジャンプしてブレイマーの胴部を斬ると壊れた水道管のように血液が弾けた。
ブレイムハンターの当面の目的はブレイマーの血液採集にあるから叩きのめした後はその地味な作業に追われるわけだが、それまではとにかく派手だ。
ヤマトが動いているこの繁華街の一角は、民間人の犠牲者0にして何故か一番の地獄絵図であった。
道路も、家の外壁も、ただブレイマーの血で真っ赤に塗り替えられていく。
「移動するぞ、そろそろユニオン側が黙っちゃいないだろうからな」
「……大半汚したのはヤマトさんですけどね」
効果の無さそうな皮肉を吐くブレイムハンター、ヤマトは気にも留めず黙って刀身を鞘に収めた。