午後3時半、西日が早くも照り始めた頃、ユナイテッドシティは史上最大と言っていい大混乱に見舞われていた。
住宅区の一角、その防衛を突き破って侵入してきたブレイマーの数、およそ500体。対してユナイテッドシティの民間人は10万人、そしてパニッシャーは2千余り、
既に専門外の隊員たちもブレイマー処理に回されていた。
イーグルたちユニオン側にとってある意味で、レキたちやヤマトたちブレイムハンターの潜伏はありがたいものになっていた。
レキたちノーネームの目撃情報やブレイムハンターが繁華街で大規模な狩りを行ったことは無論イーグルの耳にも入っていたが、敢えて野放しにしている。
しかし彼らは知らなかった。このブレイマー大量襲撃の本当の原因を。そしてレキ自身も気付いていなかったのである。
ダァァン!!ダン!ダン!ーエースの真似をしてみたところで上手くいくはずもなく、ブレイマーの頭部、
同一箇所を狙った三発は見事に数センチずつずれて命中、結果的には大きな穴を開けるに至った。
小型のブレイマーなら後数発口内にでもぶち込んでやれば動かなくなる。
同じ先方でレキは随分ブレイマーをなぎ倒してきた。飛び散ったブレイマーの血と額から流れる汗でレキの顎から地に伝う雫はうっすら赤かった。
「どうなってんだよここはぁーーー。いい加減にしてくれよ、全然進めねえし!な?」
ダブルアクションと、サイドアームであるリボルバーの両方に文句を垂れながら弾込めする。
シオが曖昧に頷くのをレキはさして気に留めていなかった。
「このまま増え続けたらロストシティの二の舞じゃないか?」
メインアームだけをコッキングすると、視界に映ったブレイマーに銃口を向ける。浮浪者のようにゆらゆら彷徨っている彼らに、もう躊躇う気は起きない。
狙いを定めて指に力を込めようとした矢先、レキの銃とブレイマーの間に小さな人影がいきなり割り込む。
レキが咄嗟に指を止めたのに、直線距離上のブレイマーは派手に血飛沫を噴出させて往生した。倒れる瞬間に地響きが、レキたちのところまで届く。
「何匹目だ、これで。働けよお前らも」
「喜々として殺っといて何言ってんですか、俺らはもう十分ですよ」
子どもがブレイマーを一撃で仕留めたかと思えば、後方から続々とハンターと思しき連中がなだれ込んでくる。
レキがブレイムハンターだと思ったのはそれこそ直感だ。
単独行動できてあんなに手際良くブレイマーを仕留められるのは、財団が雇っているブレイムハンターくらいのものだ。
ユニオン勢を撒いたかと思えば間髪入れずに財団、後方に見えるブレイマーの新手も含めて、考えると舌打ちしか漏れなかった。
ヤマトも無論、こちらに気付いている。ブレイマーの血液処理は部下に任せてレキとシオを暫く凝視していた。そして不意に会心の笑みを浮かべる。
「そう構えるなよ、俺はブレイマー専門。ノーネームにもアメフラシにも興味ない。今はあんたらも真後ろのブレイマーを始末した方が賢明だと俺は思うけどな」
ヤマトの呟きはレキの表情を一瞬で変えた。
レキはすぐさま振り返ると、シオを引き寄せて後ろにいたブレイマーの首を狙い撃った。
息つく間も無く二発目、三発目、ブレイマーが巨体を横にする頃には五発の弾を撃ち込んでいた。ハンター側から賞賛の口笛が鳴る。
レキは不機嫌そうにそれを睨み付けると、ハンター側に押し寄せる大量のブレイマーを、顎先で指した。
「うおっ、ヤマトさんまた団体さんですよっ」
「季節外れのボーナスだな」
ブレイマーを、それもこの数の群を目の当たりにして金勘定する者も珍しい。流石にレキも面食らっていたが、のんびり他人事に首を突っ込んでいる暇はない。
ーそう、他人事だ。相手が財団であるにも関わらず干渉しないことを宣言してきたのだから、こちらもそれに大人しく便乗することにする。
今は何よりこの状況をどう回避するかが問題だ。
「シオ、いけるか?」
神妙な面持ちで頷くシオ、明らかに負担となっている自分を申し訳なく思っているのかレキと一歩距離を置いた。
「いいから横にいろって、変な気遣うなよ。喰われても知らねぇぞ」
レキが半眼でシオの手を引くと再び自分の真横に寄せた。
さっぱり興味がないようでいて、肝心な時はシオの心を見透かしている。表情や行動は手荒でもレキの不器用な優しさはシオには伝わっていた。
「うざってえんだよ、いい加減!」
が、本人に至ってそんな繊細な心遣いは無い。この鬼のような形相と恨みの籠もった連射には良くそれが顕れていた。
慣れとは恐ろしいものだ、あれほど気味の悪かったブレイマーの断末魔もいつしか気にならなくなっていた。
反対方向ではレキたちに背を向けてブレイムハンターたちが忙しなく働いている。その中でヤマトが珍しく手を止めて肩越しに振り返った。
その視界にはレキの暴れっぷりが映る。
「……ノーネームのガキにしちゃあなかなかやるな、あいつ……」
ブッ!ーヤマトが渋く決めたところで血液採集に勤しんでいた部下が笑いを吹き出す。
心外を通り越して不愉快極まりないと言った感じでヤマトが向き直った。
「自分だって成りはガキじゃないっすか、やだなぁヤマトさ……!」
軽快に笑う男の頭上にヤマトの刀が飛ぶ。刺さったのは背後から忍び寄ってきたブレイマーの胴体だったが、
ヤマトの座りきった目からして男に刺さっていても不思議はなかった。
男は青ざめたかと思うと口をつぐんで作業に専念した。
「シオいるか!?離れんなよ!」
元気に声を出して応答してくれれば一番ありがたいが、できないと分かっているからいちいち振り返らざるを得ない。
もどかしさと忙しさに多少苛つきながら、レキはブレイマーを撃つ。
シオがもし雨を降らせてくれれば一気にカタがつくのにー始めはそんなことを考えていた。が、すぐに不可能なことが分かった。
ここはユニオン本部があるユナイテッドシティで、おそらくマンホールからはブリッジ財団からの追っ手も少なからず潜入しているはずだ、
そんな状況下で雨乞いをするのはリスクが大きすぎる。
それに例え追っ手が無かったとしてもシオは雨を呼びはしないだろう、それは今のシオを見ていれば分かる。
レキがブレイマーを撃つ度に目を伏せるシオ。あまりのグロテスクさに顔をしかめるのなら分かる、がシオはブレイマーの痛みや苦しみに共感していた。
「(救いたいって……言ったもんな、ブレイマーを)」
シオの気持ちを知っていたとして躊躇するわけにはいかない。撃たなければ殺られるのはこっちだ。
ここで再度確認しておく。慣れとは、恐ろしいものだ。恐怖を麻痺させ、緊張感や丁寧さを取り払ってしまう。
勿論それが良い方向へ作用する場合もあるが、レキの場合は逆だった。
カチッ、カチッー今この場においてこれほど情けない音はない。考え事をしながらの乱射は、レキの装弾数に対する注意を綺麗に取り除いていた。
「あ”-っ、このクソ面倒臭いときに!」
補弾している時間は無い。ジャケットの内ポケットに入れてあるリボルバーを慌てて取りだした。
その際、レキの注意は眼前のブレイマーとリボルバーのコッキングに集中される。それプラス背後の状況まで把握しろと言う方が無理な話だ。
気付いたのは、いつものブレイマーの雄叫びが轟いたから。
そこに本来重なり合うはずの声はない。彼女の悲鳴やレキの舌打ちや名前を呼ぶ声、そういったものは一切無かった。
光景としてあるのは固く目蓋を閉じて身を竦めるシオと、装弾途中の銃を握ったままシオの前に体をねじ込むレキ。
かざした腕に極上の痛みが走るのはその直後のことだ。
ブレイマーが振りかぶった腕はレキに掠っただけでも痛みと鮮血を見せた。
「ざけんなっ、くたばれ!」
言いながら弾を込める自分が空しい、カートリッジを捨てると恨みのこもった一発をブレイマーの大口にぶち込んだ。