ACT.7 インベーダーゲーム


 シオが目を開けた時には既にブレイマーの巨体は地面に倒れ、夥しい量の血液が水たまりのように広がっていた。
歩く度、足跡が紅く着く。レキの腕からは滲む血がジャケットを伝って手の甲まで流れていた。
「シオ!」
呼ばれてシオが反応すると、手元に先刻のダブルアクションリボルバーが転がり込んでくる。落とさないようしっかりキャッチする。
レキはというと、やはり忙しく数体のブレイマーを相手に銃を構えていた。
「それ持ってて!無くすなよ!」
大きく頷くシオを見届けることもなく、レキはひたすらに引き金を引き続ける。
それを見守るしかできない自分に歯がゆさともどかしさを感じながら銃を握りしめるシオ。
  と、それを緩和するように頭上に柔らかな感触を覚える。 不意に眼球を情報に差し向けると、自分の頭の上に見慣れたテンガロンハットが乗っかっていた。
「それ持ってて。無くすなよ~」
「すっかり荷物持ちにされちゃって。ついでにこれも支えててくれる、派手な花火が見られるわよ」
  もどかしすぎる。二人が救援に来てくれたことをレキに伝える術がない。そしてやって来たエースとラヴェンダーに状況を聞くこともできない。 ラヴェンダーに持たされたバズーカ砲の先端部分を支えながら、シオが小さく呻った。
そこは一応女性のラヴェンダー、シオの苛立ちを汲み取ってくれたのか小さく笑いを吹き出す。
「途中で合流したからウロウロしないでエースと隠れてたの。ブレイマー騒ぎでユニオンもほとんどそっち行っちゃったから退治がてら他の連中を捜しにねっ。いいわよ、手、放して」
銃声が飛び交う中、一人のんびりかけ声なんか上げながらラヴェンダーがバズーカを担ぐ。 この細身の腕と腰のどこにそんな力があるのやら、見た目にはどちらが担がれているのかはっきりしないほどだ。 それでもやはり、首を傾けてスコープを覗く姿は様になっていた。
  彼女が悠長に迎撃準備をしている間に、エースは一足先にレキのもとへ駆けつける。 ジャケットの袖から覗く出血を確認するや否や、薄情にも薄ら笑いを浮かべた。
「何だヘマしたのか、情けねぇなあ」
「ラブホに隠れてた奴に言われたかねえなあ……!こっちは名誉の負傷だっつーの」
エースの動きが銅像のように美しく静止する。状況が状況だけにそう長いこと意識を飛ばしている場合ではないのだが、それでも数秒は完全に思考が停止していた。 ブレイマーの気が触れたような狂いっぷりで、エースは皮肉にも本能的に引き金を引く。
  レキとエース、互いが背中合わせ、それぞれ逆方向を向いて死角を減らす。
「……おい、何で知ってんだ。エスパーかお前」
「はあ!?何だって?聞こえねぇ!」
銃声、銃声、銃声、ブレイマーの苦痛の絶叫、永遠のループと化したこの音の波の中でエースの独り言程度の呟きが伝わるはずもない。
それでなくてもレキは弾丸が飛び出す度に腕に激痛を覚え、他人を相手にしている余裕はなかった。
「何で知ってんだって聞いたんだよ!見てたのか?」
「何をだよ、前見て撃てって!危ねえなぁ!」
「だから俺とラヴェンダーがラブホに非難したついでにー」
エースの言い訳だか暴露話だかよく分からない切り出しの話は、そこで途切れた。
正確にはかき消されたと言うべきだろう、抜群のタイミングでラヴェンダーがぶっ放した砲弾が二人の耳元を横切った。 当然ロケット弾の爆発音とブレイマーの雄叫びでうまい具合にオチは流れてしまった。
レキとエース、二人が相手をしていたブレイマーの列は、ラヴェンダーのバズーカ砲で一直線になぎ倒されたようだった。
「ーってわけだ。ジェイには言うなよ、面倒くせぇことになりそうだ」
「……そうする」
レキにとってはエースのしでかしたことは取るに足らないことだ。生返事と限りなく適当な相槌で誤魔化して、すぐにシオたちの方へ向き直った。
チャンスと言えばおそらく今しかない。
「今のうちに水路に下るぞ!もうブレイマーもユニオンもうんざりだ!!」
「同感だな、残りの二人はどうする?放っとくのか?」
「知るか!探しに来ていねーんだからあいつらが悪い!」
  このままブレイマーとの応戦を続けてレキたちにメリットがあるはずもない。 ユニオンも財団と関わりのあるブレイムハンターたちも同時にブレイマーに意識が集中している今、この機を逃す手はない。
口出し無用とばかりにレキはスタートを切ると、同時にシオの手を引っ掴んだ。
目指すはバズーカで切り開いた道の先、中規模サイズのマンホールだ。
「エース、先入ってシオ先導して。足踏み外すなよ、作業用だからそんな整備されてねえぞ」
「お預かりごくろうさんっ」
エースがマンホール前で立ち止まった二人を追い越しついでにシオの頭から乗せっぱなしだったテンガロンハットを取る。
レキに言われた通り一足先に地下への階段に足をかけて、頭が埋まりきる寸前にシオに向かって手招きした。
頷いて、彼女も錆びた鉄の梯子に足をかける。
下方にこだまする金属音、そして地鳴りのような低音の反響が地下を揺らした。
「おーい、地上の方騒がしくねえかあ?誰だ貧乏揺すりしてんの」
「あ?そういや何だこの音……」
エースに言われてレキも訝しげに周囲を見渡す。
バズーカ砲を重そうに担いで、ラヴェンダーが首をもたげて走ってきた。 確かに普通よりも機械じみたがらくた音を発しているものの地下水路内の空気を振動させるほどではない。
原因はラヴェンダーの更に後方、うっすら映る黒い複数の影と砂煙、そして鼓膜をちくちくさせる聞き覚えのある絶叫だ。
目を凝らし、更には身を乗り出してまで地響きの大素を確認していたレキ、視覚が完全に物体を把握してしまわなくても、他の感覚が彼に危険を知らせてくれた。
とりわけ直感という一番厄介な感覚が。
「ラヴェンダー!そこで止まって後ろ何とかして、頼む!」
「はあ!?何とかって、後ろぉ?」
レキは言うが早いか、既に体半分マンホールの中にねじ込んでいる。
明らかに逃げ腰のレキに不信感を募らせながらもラヴェンダーが仕方なく振り返る、と思わず口をヘの字に歪める事態が少しの会話の間にすぐそこまで迫っていた。 私的な理由も加算すると、彼女にとっては悪夢としか言えない光景がそこに待ち受けていた。
「あれラヴェンダーじゃないか!?ってことはレキたちもいんのか?」
「うおっ!ラヴェンダーだ、ラヴィ~!!」
この頭痛と耳鳴りはおそらく精神的なものだろうから気にしていても仕方がない。
先刻の狂気じみた絶叫は間違いなくこの二人のものだ。およそ100メートル先を必死の形相で走っている。
その割に緊張感が感じられないのは、片方の男が気楽に手など振っているせいだ。
十中八九、人影はハルとジェイ、両手が塞がっているから目を覆う代わりに深々と嘆息するラヴェンダー。
問題は二人の緊張感が失せた言動などではなく、二人が連れてきた招かれざる客たちの方だ。
「次から次へと……!ほんっとに余計なことしかしない奴らね!!」
地響きの原因、もはや言うまでもないだろう、ハルとジェイが工場区の端からご丁寧にここまで案内してきてしまった大群のブレイマー。 二人に恨みでもあるのか、もしくは二人にブレイマーを呼び寄せるフェロモンでもついているのか、食糧として追ってきているとしたらどいつもこいつも下手物好きだー これはバズーカを抱えながらのラヴェンダーの見解である。
「避けなっ、ぶっ放すよ!」
射撃時の反動に耐えるため、大胆に両足を広げて地面に踏ん張る。 覗き込んだスコープ上にはしっかりとハルとジェイを含めた射程範囲が示されていたが、ラヴェンダーは構わず至極あっさりトリガープルした。