ACT.8 ターゲット ロック オン


大爆笑が起こる。鉄パイプを投げ出してまで腹を抱える連中が数人、残りの連中もレキを指さして涙を浮かべた。
「潰すだってよ!!フレイムが俺たちをかよ!」
「ギャッハッハッハ!頭弱ぇんじゃねえのかあ~?とんだゲボクジョーだぜ!」
駆け出しお笑いコンビのコントライブにサクラで入れてやれば随分有り難がられるだろう、声を上げて笑う。
  エースがつまらなそうに何本目かの煙草に火を点けた。足下には既に短くなった吸い殻が事も無げに転がっている。
「頭弱ぇのはお前らだろーが……下克上も知らねぇのか、ったく」
「……なに、そのゲコクジョーって」
ジェイが至極真剣な眼差しを向けてくる。下位の者が上位の者の地位を脅かし取って代わる、などと解説を添えたとこ ろでもう一度疑問符が浮かぶことは目に見えていたためエースはかぶりを振ってその場をやり過ごした。ジェイは学は 無いが技があるから目の前の家畜連中よりずっとマシな方だ。無学ではあるが無能ではない、エースはジェイを讃えて 肩を軽くたたいた。
「いいねえ……俺がやる気になっても乗ってくれなきゃつまんねえもんな。ローズの弟も少しは役に立ったってことか」
  レキは心臓病ではない。極度に興奮をセーブする必要もなければ大声を上げたり走ったりするのを躊躇う必要もない はずだ。しかしこうも脈拍が上がったり下がったり、頭に血が昇ったり落ちたりするのはどうも心臓に悪い気がしてな らない。一番大きく聞こえているのが他でもない自分の心臓の音だということに、レキは気付いて感心していた。
  遠巻きに見ているジェイもラヴェンダーも、不快だけはレキと共有していた。
「エイジをダシにしたってことかよ……っ、ローズは知ってんのか?わけわかんねえよ……」
「心配しなくてもわけがわかってないのはあんただけじゃないわ」
  エイジを唆して、けしかけたのは無論レキの神経を煽るためだった、そんなことは学があろうがなかろうが誰にだって 分かっていたことである。シバが再びその話を蒸し返したのも、やはりレキを逆上させるためだ。
 フレイムとデッド・スカルが互いに一触即発状態だと分かっていながら、表面上は冷戦を装っていたのは一重にレキの 対応の賜物だった。デッド・スカルがいくら仕掛けてきてもこれまでレキは適当にあしらって調和そ保ってきた。シバの 言うご都合主義とはこのことかもしれない、しかしそれが限界に近いことは知れていた。
「潰すって言っただろ」
「貴様に出来んのかよ、燃えカス野郎」
  エースの煙草の火はまだ赤々と燃えている。ジェイのヘルメットに貼り付けられたフレイムのシンボルマークも、レキ 自身の炎も赤く勢いをつけて猛る。
  レキはようやく踵を返した。周囲の音、つまりは自分の足音だったりシバの嘲笑だったりがよく響くあたり、どうやら 今は落ち着いているらしい。エースが吸い始めてまだ間もない煙草をおもむろに地面に落として踏みつけた。
「だいぶん時間くっちまったな。行くか?」
「おう。ケイはダイたちと合流しな、俺たちとじゃ逆に危ねえしな」
裏の意味は、これ以上自分たちが巻き込まれるのはゴメンなのでダイたちに押しつけたい、である。無論ケイはそんなこと は微塵も勘づいていない。明らかにいろいろ迷惑をかけている分、今回は素直に頷いてくれた。
「急いでハルたちに追いつこうぜ、ユニオンだって追って来てるかもしんないし。……それでいいよな、ラヴェンダー」
ぼうっと宙を見ていたラヴェンダー、呼ばれたことに気付くと不可解そうにレキに視線を移した。
「私よりレキこそ……」
そこまで言っておいて今更だがラヴェンダーは途中で口をつぐんだ。
「異存ないわ。デッド・スカル自体にこれ以上用なんかないし、少し頭も冷やしたいし。……いろいろ整理しないとぐちゃぐちゃ」
おそらくレキもそうなのだろうと踏んで彼女は代弁したつもりでいた。
  何事も無かったかのように一行は工事現場を跡にした。ローズのこともルビィのことも、とりあえず頭の隅に追いやる。 そうでもしないとそのことばかりが脳内を支配して気持ちが悪い、誰も何も言わないせいで気まずさだけが充満していた。 辛気くさい空気を吸いながら、元来たマンホールの前までやって来るとレキは疲労の溜息を無意識に吐いた。

  その頃、レキたちとは行動を別にして一足先に雨降らしの里に向かうハルとシオ。道は最初の頃に比べると極端に狭く古い。 里の外れの井戸に繋がっているというなら無理もないがもはや水路とは呼べない、ちょっとばかり整備された洞穴といった風だ。
「シオ、道合ってる?結構歩いた気がしないでもないんだけど……」
ハルが振り向いた先、シオの顔はない。シオは誰もいないはずの後方をハルと同様立ち止まって見ている。ハルの呼びかけにも 気付いていないらしく反応はない。ハルも続けて呼ぶことはせずに、シオが気付くのを待った。
  少ししてシオが前を向くと、体ごと後ろを向いて待つハルと目が合う。
「……そんなに心配しなくてもすぐ追いついて来るよ。あ、それともルビィのこと?」
シオはただかぶりを振ってハルとの間に開いた数メートルの距離を小走りに埋めた。
  何かを心配して頻繁に立ち止まっていることをハルは知っていた。シオが微笑して、今度はハルの前方を歩く。そう経たない内に また立ち止まったが。
「?どうしたの?」
シオが見上げている方に視線を向けると微かに淡い、白っぽい光が射し込んでいるのが分かる。目を細めてみると、壁側にこれまた オンボロな縄ばしごが架かっているのに気付きハルはそれを指さした。シオが頷く。
「思ったより老朽化進んでるな……途中で切れたら洒落になんねえぞ」
確かめるように二三度強く引っ張ってハルは身長に上へのぼる。揺れる縄梯子を見ながらシオも手を掛けると、その反動に気付いて ハルが下方を見下ろした。片手を離して、シオが上ろうとするのを制す。
「俺が先に上まで上るよ。一人ずつ上がった方がいい」
ハルは慎重だがとろくはない、しっかりした手つきと足取りで確実に梯子を上り詰めて行くと、やがて周囲が円形の石造りの壁に包ま れる。石と石の繋ぎ目に線状に生えたゼニゴケ、それも随分干からびて古いと言っても中途半端な古さではないことが窺えた。井戸に 出たであろうことはすぐに分かったが、使われなくなってから随分経つようだ、水気どころか湿気さえ微塵もない。
  出口、眩しい日の光に目蓋を閉じながらハルは井戸の縁に手をかけ外に出た。
「里の外れって……どこ、ここ」
  井戸が埋もれなかったのが不思議なくらい周りは雑草に覆い尽くされている。よくもまあここまですくすく育ったものだ、地面に足を つけているものの踏んでいるのは土そのものではなくなぎ倒した草の上からの間接的なものだ。草はハルの太股まで伸びて揺れている。
「っと……、シオっ。いいよ!気をつけて上がって!」
返事はない、当たり前だが不安になる。当選は発送を以て、の懸賞品を待っている気分だ、微かに揺れる縄梯子をハルは心許ない気持ちで 見ている。やがて当選が決まったようで、シオの頭がにょきりと出てくる。
「おつかれ。あいつらが来る前に里に行って、頑丈なやつかけとこうぜ。……絶対どたばたして自滅しそうだし」
ユナイテッドシティの路地に上がる前にレキやらエースやらが醜く争ったのを思い出してハルが苦笑、シオは笑顔をこぼした。手を伸ばして シオを引き上げる。彼女もハル同様、雑草の異常なまでの成長ぶりに目を丸くした。
「里は近いの?俺には大草原と森としか見えないけど」
井戸を囲むように草、更にそれを丸く囲む形で鬱蒼とした杉の森がある。