ACT.9 ヒガシズム、ソノサキ


「ローズさ、本当にデッド・スカル……シバについちまったのかな。ブラッディ解散して、レキに復讐するためだけに……?」
「……さあな、俺が知る由じゃねえ」
脇に置いてあったテンガロンハットを手に取り、無造作に誇りをはたく。不意に立ち上がったかと思うと荷物の方へ寄って煙草を 漁り始めた。
「俺が見た限りじゃ、ローズは自分の意志で行ったことは間違いねえだろうな。レキもラヴェンダーもそれは気付いてんだろ」
「……」
ハルは腕を頭の後ろにまわして枕代わりにすると、再び同じように天井を見つめた。そこへ、エースの手-一本の煙草が握られている- それが視界の90%をいきなり占める。
「お前が気ぃもんでもしょうがねえだろ。こればっかりはなるようにしかならねえしな。一本いくか?」
「いいよ、俺は」
ハルに差し出した煙草をエースはあっさりと自分の口に運ぶ。ハルが寝転んでいるベッドの隅に座り直して一人で至福の時を満喫し ていた。そしてその余裕が、最大の油断であり彼にとっての大誤算だったのである。
  どたどたと遠くから聞こえる地響きに一瞬顔を見合わせる二人、すぐに収まったかと思うと止んだのはこの宿の入口だった。
「ジェイ!ってめ、いいからどけよ!何のためにジャンケンしたと思ってんだっ」
「勝ったの俺だろ!!めちゃくちゃ言うなよっ」
狭い入口から男二人は並んで入れない。押し合いへし合い中に入ろうとするレキとジェイのやかましさに、寝ていたハルも身を起こした。
「何やってんだよ……二人して」
呆れるハルの横で悠長に煙草をふかしているエース、そのまましばし暴走する二人を傍観していたが、犯したミスに気付いた時には既に 遅かった。レキがジェイを振り切って一目三に空きのベッドを目指している。
「あ~~~~……」
「ってめっ。俺がどれだけ長ぇこと陣取ってたと思ってんだっ」
ベッドにダイブしてからすぐさま無敵の狸寝入りに突入、悲痛な声を上げるジェイを尻目に渾身の力でレキをひっぺ返そうとするエース、 しかし時既に遅しである。体力の無さでは折り紙付きのエースは、案の定数分もしない内にさっさと身を引いた。これみよがしなでかい 舌打ちが響く。
「ああ、なんだ。やけに大人しく宿にいると思ったら陣取りしてたのか。やることがせせこましいなぁ……」
「あ”あ”!?元はと言えばてめえがくだらねえこと言うからだろうが。どけ!そこは俺が寝る!」
「ジャンケンだろ、ジャンケン!」
「ちょっ、ちょっと待てよ。お前らむちゃくちゃ……!」
  この後、怒りに我を忘れたエースが力ずくで、それはもうジャ○アンもびっくりなくらい力任せにハルを蹴落とし、まとわりつく ジェイをはり倒し、難なく安住の地を勝ち取った。ハルとジェイは渋々床で、自らの荷物や上着を枕に寝ころぶ形となった。誰のとも しれない、情けないくらい弱々しい嘆息が室内に響き渡り、嘘臭かったレキのいびきもやがて本来の寝息へと変わっていった。
  ちなみにこれは“フレイムの力関係丸分かりやられキャラ決定戦”として後世まで語り継がれたとか、継がれなかったとか。

  翌朝の明暗は言うまでもなく綺麗に二分した。爽快な笑顔を浮かべて満足そうにしている者、腰やら首やらを押さえながら大欠伸を 漏らす者、後者は目の下に隈まで作っている。
「うわぁ……船かあ。酔いそうだな……俺」
「……右に同じ」
ぐったりしている。昨日よりも疲労気味のようだ。よほど寝心地が悪かったのだろう、気の毒そうな顔を装って覗き込んでくる爽やか組 に、ジェイとハルは二人揃って恨みがかった視線を送った。ラヴェンダーはちゃっかりシオの自宅に泊まったらしい。
こんなことならナガヒゲの診療所で病室でも借りて寝れば良かった-今更ながらにハルは自らの浅はかさを呪った。
「少し波が高いようじゃから揺れるかもしれん。まぁすぐに島に着くじゃろ、気を付けてな」
寝不足組に追い打ちをかけるナガヒゲの見送り。早くも嘔吐感たっぷりの二人にレキがとどめを刺した。
「迷惑だから吐くなよ、絶対」
本人に悪気は、ないどころか120%悪意だろう。ハルもジェイも反論する気力さえないのか青筋と作り笑いのセットでその場を しのいだ。
  船は6人が乗り込めば少し狭いくらいの大きさだ。連絡船と言っても普段はあまり人は乗らないようだった。
「……じゃあナガヒゲ、後よろしく。どっちみちここに帰ってくるけど」
「何か分かると良いがな。診療所で待っておるぞ」
ハルが力無く手を振ると同時に、船がゆっくりと波を切って進み始めた。ジェイはその間にフラフラと船室へ移動、酔ったり吐いたり 海に落ちたりする前にさっさと寝てしまおうという魂胆だ。ハルもそうしたいのは山々だったが、腰を据えて眠ると永遠に起きない 気がして早々に諦める。仕方なく甲板で景色(と言っても辺りは一面海だが)を眺めることにした。
  と、隣も、その又隣にも同じ考えの輩が手すりに頬杖をついて遥か遠方をぼんやり眺めている。ハルのモチベーションをとことん下げ なければ気が済まないようだ、エースとレキが同じく連なっているのを目に入れて、ハルはげんなりを通り越してうんざり、いやそれさえ も通り越して俯せになって顔を埋めた。
「……頼むから俺の視界から消えてくれ……」
「まぁそう堅いこと言うなよ。廃墟暮らしが長いと海ってのは新鮮だろ?」
相も変わらず右手に火のついた煙草を持っている辺り、ちっとも新鮮さは無い。だいたいロストシティで生活していた期間は船内にいる メンバーはどいつもこいつも同じ程度だ。
  いい加減ハルも我慢の限界だ、珍しく青筋なんかを立てて拳を震わせる。
「エース、よせっ。……普段大人しい奴キレさせると厄介だぞ。海の上だし逃げ場もねえし」
「そりゃ言えてるな。……いざとなったら重り付けて沈めちまえばいいんじゃねえか?全員で手ぇ組めばなんとか……」
「聞こえてんだよ!!遊び相手なら他探せよっ、なんでお前らそんな元気なんだよもー……」
徐々に、そしてどんどん勢いを失って最終的には独り言のように溜息をつく始末、これにはレキたちも罪悪感を覚えたのか大昔のこそ 泥のように抜き足でハルのもとから去った。数十分後、船室から上がる悲鳴にたたき起こされるまで、ハルは死んだようにひたすら 寝続けた。
  -「信じらんねーっ。普通寝てる人間の顔にタコとか置くかぁ!?しかもカメレオンシフトしまくって足20本もあんの、マジで心臓 止まるかと思ったー」
呆れて怒る気も失せたらしい、ある意味ですっきりした目覚めのジェイ。その後ろでは茹でダコの足をくわえてにやつくレキがいる。
なんだかんだ言いながらジェイも腹ごなしにタコ足をくわえていた。突然変異だろうがカメレオンシフト後であろうがタコはタコ、 茹でて塩でもふれば立派なつまみである。と、タコをくわえたままジェイがハルに耳打ちする。
「なんでレキあんなテンション高いんだよ。昨日もちょっと思ってたんだけどさ」
どうやら感じていたのはハルだけではなかったようだ。気付かれない程度の小声で、視線は海に向けたまま返答。
「空元気……とまでは言わねえけど、振る舞ってんじゃないの?いろいろあったし。大人しくへこんでりゃいいのにさ、無理しちゃって。 (迷惑だし)」
ジェイがつまらなそうに相槌を打つ。
  彼らの見解は意外にも70%は的を射ていた。確かにレキは故意にテンションを上げている。その理由は“今まで”の要素も無論 含まれていたが実質“これから”の不安要素を取っ払うためだった。そのことを二人が知るのはこれから少し先の話になる。
  サンセットアイランド、日の沈む島、そこで明かされる真実とそれを知る恐怖、この時は誰もそれを理解していなかった。