「状況確認する! まずは説得だ説得! 行け、シン!」
結局その拡声器はシンの手元に回される。露骨に嫌そうな顔をしながらもシンはスイッチを入れた。
『あーあー、テスッテスッ。藤和銀行のー本店のー中にいるー強盗犯さーーん、聞こえますかー』
これに驚いたのは行内の強盗犯、ではない。金熊だ。
(あいつら……! 流石の馬鹿だ! 信じた俺はもっと馬鹿だ!)
『えー僕たちはー、あなたを傷つけるためにここにいるのではありませーん。銃をおいてー両手をあげましょーう。怖いことは何もありませーん』
金熊は銀行内の天井を仰いで大きく溜息をついた。薄眼を開けてブレイクスプラウトの様子を窺う。
(ですよねー……)
男は再び力強く銃を握り締めると、徒競争のスタート合図さながらに右手を高々と揚げ立てつづけに三発を撃ち放った。スタート合図にしては多すぎるではないか。今度は屋外の保安課面々が大きく眼を見開いた。
「ほら! 言わんこっちゃない! 刺激しちゃったじゃないですかっ。あーもー絶対負傷者出た。荒木さん最悪ー」
「シンっ、てめぇ。何も言ってないだろ、だいたいお前のアナウンスがへぼすぎるんだ! いつもあんなことやってんのか!」
「二人とも! 拡声器の電源入ってるんですよっ! わきまえてくださいよ!」
「小雪さんこそ、さっきから言おう言おうと思ってたけどチキンカスついてるから! もうすっごい気になるんだよね、そういうの!」
「は? キャァァァー! 言ってよ、そういうの早く!」
「だから言ったじゃん。あ、小雪さん、拡声器電源入ってるよ。さっき自分が言ってたけど」
シンの逆切れから小雪のしょうもない悲鳴まで、余すところなく拡声器は全ての音源を拾って交差点内に響かせた。当然その全ては銀行内にも届く。
『ウウウウ、わああぁあああああっ!』
目には目を、歯には歯を、スピーカーにはスピーカーで対抗か。行内スピーカーからも負けじと強盗犯の奇声が聞こえる。事態が振り出しに戻ろうとしていた。主に、セイバーズのせいで。
『パァン!』
そしてまた、こもった銃声が轟く。
「めちゃくちゃだな、もう……」
荒木の疲労困憊の呟きも、拡声器はしっかりと拾っていた。ここでようやく、城戸がその電源を切る。
「突入しますか」
「それしかもうないだろ……。始末書で済むのか、これ」
がしがしと力任せに後頭部を掻きむしる。と、行内スピーカーの方から何かごそごそと物音らしきノイズが流れてきた。女性の悲鳴と、犯人のものではない猛々しい雄叫びと、何かが派手に床にたたきつけられる音。聞きとれたのはそれくらいだ。保安課四名は、またも揃って顔を見合わせた。
藤和銀行本店の正面玄関、閉ざされていたその扉が軽快に開かれる。銀行員二人に肩で支えられ、引きずられてくる人影がある。負傷者だろうか、それとも死傷者だろうかと身構えていた矢先、その人影が半裸であることに気づく。つまり、犯人だ。その後ろから女性行員に支えられよろよろと出てくる見覚えのある人影がある。
「あ、あれ? 課長?」
荒木にしては珍しく素っ頓狂な声を上げた。
「あ、ほんとだ。課長だ。と犯人? え?」
「課長が解決してくれたんじゃないですか、見るからに」
その声を耳に入れるや否や、金熊は血走った眼を交差点の向こう側に向ける。
その通り、事態を収拾したのは金熊一人だった。再び自我を失ったブレイクスプラウトをなだめるのはもはや困難と判断、結局力づくで一本背負いを決め一旦気絶させるほかなかったのである。そしてその際に痛めていた腰をさらに痛めた。
「ぐずぐずしてないで車回せ! 荒木ぃ!」
「うわ、はいっ」
「城戸! 桃山! 白姫! 全員残らず歯ぁ食いしばってこっちに渡ってこぉい!」
ご立腹だ──四人の意見、いや感想がここにきてようやく一致する。四人は野次馬から飛び出すと俯いたまま小走りに横断した。公開処刑のはじまりである。
「課長、腰を痛められたんじゃ……」
城戸の笑顔でかわそう作戦を鬼神のごとき眼で一蹴する金熊。青筋が切れに切れる音がこちらまで聞こえてくるようだ。
「何を、どうして、どうやったらあの判断と行動に結びつくんだ! え? お前らは一体全体何をしにやってきたんだよ! そのバッジは飾りもんか!」
拡声器無しで、金熊の声は周囲に轟いた。
「情けない……何がセイブだ! セイバーズだ! 理想論ばかり並べて正しい行動ひとつとれんなら、二度とその単語を口にすることは許さん! 恥を知れ!」
「申し訳ありませんでした!」
低音から高音まで見事にハモった。反射的にやった最高敬礼の角度までが美しく揃う。気だけは抜群に合うらしい、それが彼らの美点であり欠点だ。そしてそれを誰よりも知っているのが金熊太郎その人である。
今度は惜しむようにゆっくりと息を吐きだした。
「やっぱり俺がいないとだめか……」
地面を見つめたままだった四人、首を垂れたまま水面下で顔を見合わせた。その中で空気を読まない無法者がさっさと顔をあげる。シンだ。
「あれ。退職されるんじゃないんですか」
かと思えば、悪気もなくあっけらかんとそんなことを言ってのける。未だ頭を下げたままの荒木が割と強烈な肘鉄をシンにお見舞いした。シンの愚痴が聞こえるだけで、金熊の反応はない。残りの三人もおそるおそる視線を上げた。
金熊は一言で言うと、わなないていた。
「た・い・しょ・くだと~? そう神妙に申し出たらなぁ、却下されたんだ! 誰もうちを引き取りたがらないんだと! ……おかげで三カ月安月給の有給無しだぞ。信じられん」
最後の方は子どもの愚痴のように尻すぼみだった。
「なーんだー。じゃあ、クビにならなかったのは僕らのおかげみたいなもんじゃないですか。やだなー、課長。それならもっと部下を慈しんでくれないと」
シンの笑顔が黒い。そんなシンを小突くのも忘れ荒木は心の底から神だか仏だかに感謝している。
「神よー! 課長(はたらきマン)をお戻し下さってありがとうございますぅぅぅぅ!」
「いやー、良かったですね。やっぱり課長がいないと」
「まだまだ教えていただきたいことがありますから」
城戸の、笑顔で丸く収めよう作戦が今度は功を奏す。続いて小雪による中年男子の自尊心をくすぐる作戦もクリーンヒット、金熊も不機嫌さはそのままでも満更でもないようだった。
「とにかく。俺は今休暇中なんだ、無理やりとらされてる有給休暇! 分かったらさっさとカンパニーに戻って事後処理に当たってくれ。荒木! 事務処理は俺が戻ってから青山君と手分けするから無理せず放置しとけ!」
荒木が喜びを噛みしめながら歯切れよく返事をする。一時とは言え、現場指揮と部署責任者の兼任は彼に相当な負担を強いたようだ。
「ああ、それから……手が空いたら誰か浦島のところに見舞いに行ってやれ。こっちは放置すると後が面倒だ」
「あ、課長、それなら──」
何か恐ろしく余計なことを口走ろうとするシンの口をダッシュエルボーで塞ぐ小雪。斬新である。シンの首が何かありえない音をたてていたようだったが、小雪が爽やかに返事をするので特にそれ以上追及しないことにした。
なにはともあれ、スプラウトセイバーズカンパニー藤和支社・保安課、課長金熊の復帰と共に再始動、である。例の一名を置いて。