SAVE: 11 浦島介に関する例の事件

─Part.1─


「なに? その方がかっこいいですよ、みたいなこと? あ、写真とか撮る?」
いつも通りの平静、よりも格段に冷めた表情の受付嬢とは対照的に京は何かのスイッチが入ったらしい得意気にポーズをとりはじめた。ひとしきりセンスの欠片もないポージングを見せつけたあと、ふんともすんとも反応のない相手に、さすがに居心地が悪くなったらしい。場つなぎのために少し冷えた缶に口をつけた。
「……何もお聞きになってないんですか。浦島さんを訪ねて警察の方がお見えですよ」
「え? あー、なんだ亀井ちゃんかー。資料足りなかったって? それか何か捜査に進展?」
「ではなくて、任意同行願いたいとか。被害者の着衣に浦島さんの携帯番号があったと」
 ゴフッ! ── 一度大きく咳こんで、その後気管に突入していった珈琲を押し戻そうと数度噎せかえった。
「にんぃ……って、は? ちょっと待った! 俺、彼女にこっちの番号は渡してないはずだけど!」
「その辺りのことを署の方で詳しくお聞かせ頂きたいのですが、ご同行願えますか」
 詰め寄ったのは受付カウンターの方であったが、応答が聞こえたのは京の背後からだった。恐る恐る振り返ると、獲物を影から狙うハイエナのような目をした厳つい男が四人、京を取り囲むようにして立っていた。その内の一人が「この印籠が目に入らぬか」とばかりに警察手帳なるものをひけらかしている。冗談きつい。
「藤和署の勝林です」
「……いや、知ってますけど」
 亀井の上司の、刑事課長である。現場がかぶった際は何度となく鉢合わせしているし、昨日の現場である勝山の河川敷でも挨拶をしたばかりだ。
「浦島京介さん、ですね」
「……知ってますよね」
 勝林刑事は一度深く、大きく嘆息すると警察手帳を懐にしまいこみ顎先だけで部下に指示を出した。つまり、半強制連行である。控えていた二人が今日の両サイドに回り込み、手際良く羽交い絞めにした。
「わー! 横暴横暴! 任意って言ったよね!? これ任意!? これレッカーって言うんじゃない?」
「そうですか、浦島さん。ご協力感謝いたします」
勝林は聞きたいもの以外一切合財聞こえないのか、爽やか且つ威圧感のある微笑を浮かべる。それが京にはひどく恐ろしい悪魔の笑みに見えた。その悪魔の肩越し、数十メートル先にあるエレベーター前に見慣れた面々がたむろしているのが見える。京は人垣の中、沈痛な面持ちでこちらを見守る保安課一同を発見し感極まった。
「か、かちょぉぉぉぉおおお! さらわれるよぉぉぉぉ!」
 視界の中の金熊が、いち早く顔を背ける。
「いやだー! 警察なんか行かないー! シンッ、小雪ぃ! 俺何もしてないよぉぉぉ! 濡れ衣だぁー! 冤罪だぁぁぁ!」
暴れる京、びくともしないマッチョ刑事、次々と目を逸らす保安課職員、それらを順に目にしてあからさまにうんざりした表情を作る勝林。遠くに居る金熊と受付女性に会釈して、再び顎先で部下に指示を出した。玄関先にふてぶてしく乗り入れてあるパトカーを指し示したことは明白だ。そしてそれを視界に入れるなり京は顔面蒼白だ。
「やだやだやだやだー! こいつら絶対俺にあんなこととかこんなこととかするに決まってるよ! お婿に行けなくなる! 課長やだよぉぉぉ! かちょおおおおぉぉぉ……」
京の断末魔の最後は、パトカーのドアを勢いよく閉める音でかき消された。
 静まり返った玄関ロビー、出社したばかりの各部署職員の視線は当然、名指しで連呼されていた某部署某課長に向けられる。植木の陰に身を潜めていた金熊は、先刻勝林が見せた疲労の色よりも一層濃い絶望の色に駆られていた。
「行ったか……」
力なくそれだけを呟く。
「浦島の奴、最後まで課長のこと呼んでましたね」
荒木は手持無沙汰のせいか自分の顎先を撫でた。剃りたてのため、無精ひげひとつ見当たらない。
「にしても、朝イチからひどい見世物でしたね」
いつもなら大爆笑か苦笑か、いずれにせよ笑みを添える城戸が流石に今日は渋い顔つきだ。
「歯医者とかにああいう子ども居るよね。予防注射の控室とか」
「あのね、シンくん……。っていうかですね、結局。京はなんで連行されて行ったんですか?」
「それなんだがなぁ……」
 金熊はゆるめのオールバックを撫でつけながら深々と嘆息した。


「有田冬美さん、知ってますね」
「アリタフユミ。アリタ。……あ、有田さん。うちの、システム課の有田さん?」
「そうです。スプラウトセイバーズカンパニー藤和支社、I-システム課に昨日付けで転属になった有田冬美さんです。昨夜、自宅マンションで何者かに階段から突き落とされています。胸部と左足骨折、重症です」
「はあ!? 突き落とされって、なんだそれ!」
「ご存知ありませんでしたか」
「あるかっ。……って、あ! それでか! 被害者って、有田さんかっ。それで俺の番号」
「思い当たる節がおありのようですね。彼女の上着ポケットから四つ折りにされたメモ、つまりあなたの携帯番号が記された紙が発見されています。聞くところによると、随分強引にお渡しになったとか」
「……いやいやいやいや。ちょっと待て。話が良からぬ方向に行ってないか、これ」
「どうなんですか。無理やり渡して、電話するように強要した、違いますか」
「ちーがーいーまーすーぅぅぅ! なんだそれ、まるっきり変態じゃねーか」
「しかし電話番号を渡すということは、あなたは少なからず有田さんに好意を持っていたはずだ。その彼女から連絡が来ない、邪険にされたとは感じませんでしたか」
「馬鹿か! 会社の女の子にはほぼ全員に対して好意持ってるつーの! その全員から日々邪険にされてる俺が何を今さら悲しむことがある!」
「だから度合いの話です。彼女は特別で、交際を断られ、ついカッとなって」
「ついカッとなってたたきのめすなら、今俺はお前をたたきのめしたいけどいいか? 亀井ちゃん」
 京は奥歯をぎしぎし言わせながら椅子を蹴倒して立ちあがった。亀井は動じず、特大の溜息をつく。記録係にペンを置くように指示した。
 藤和署刑事課の取調室。温情なのか当てつけなのか、取り調べの担当は京の友人である亀井であった。互いに青筋を浮かべている。京はとにかくこの、警察組織のわざとらしさが気にくわなかった。同じことを何度も聞かれる上、ノーがイエスになりそうな誘導尋問が随所にちりばめられる。それにいちいち反発しているだけで体力と精神力が削られていくのが分かった。亀井は椅子の背に体重を預けて、しみだらけの天井を仰いだ。
「ったく、なんだってくそ面倒な事件が起きてるときによりによってお前が絡んでくるんだ。お前がいつ誰にどう木端微塵にフラれてようが全く興味ないけどな、そうも言ってられない。津留沙織、青山みちる、それに今回の有田冬美、点同士がお前んとこでつながっちゃうんだからな」
「いや、何一つ繋がらんだろ。っていうかみちるさん呼び捨てにすんな」
「阿呆。津留はお前に好意を持ってたんだろ、青山さんは先週お前の自宅アパートを訪ねてる。そこへお前から携帯番号を握らされた有田……」
「いや、亀井ちゃん。それはちょっと……なんていうか」
「分かってる。しかしだな、『津留はお前に好意を持ってた』が事実としてあるあたり、既にあり得ないことは起こってんだ。十分考えられるだろ」

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