SAVE: 02 セーラー服と45口径


「いってらっしゃい。二人とも気をつけて!」
 みちるの送り出しに、荒木と城戸は後ろ手を挙げて応えた。


 荒木と城戸が出動してほどなく、京と小雪は社内案内を再開した。保安課として直接関わるような部署には、午前中にあらかた挨拶回りを済ませてある。
「残りはオペ課か」
京が独りごちてエレベーターのくだりのボタンを押した。
 オペレーション課の主な業務は、外部からの通報や本社からの命令を全社に伝達することである。各課の出動の是非や全社の動きなどなどもここで判断される、言わば支社の脊椎的役割を担う重要なポジションである。
 3階でエレベーターを降りると、すぐさま長い廊下が続く。そこは他のフロアと同様だ。違うのは、セキュリティ認証を必要とする防弾扉で仕切られている点である。クリアな素材で一見お洒落だが、扉の内側の会話は一切聞こえてこない。
 京は扉の横壁についた呼び出しボタンを押した。「ブー」という、クイズに不正解したような素っ気無い音が周囲に響く。
「保安課、浦島でーす。挨拶回りにきましたー」
 思いのほか愛想の良い声ですぐに応答があり、二人はそのまま待つように指示された。オペレーション課内部には許可された者しか入れない。京としても、小雪にはひとまずそういう部署だということを知ってもらえれば良いと考えている。保安課とオペ課が関わるのは、もっぱら出動ベルを介してだ。二人は手持ち無沙汰に扉が開くのを待った。


「おつかれー。京居るー?」
 みちるだけが残った保安課に、法務課主任の辰宮乙女がひょっこり顔を出した。
「おつかれさまですー。今みんな出払ってますよー」
パソコンで隠れていた顔を、みちるもひょっこりを出す。
 乙女はこんな風に暇を見つけては京を訪ねてくる。保安課内に待機しているみちるが、資料やファイルを言付かることもあるが多くの場合、乙女は直接の受け渡しを好む。今回もそのようだった。
「無駄足になったか。ったく、事件がないときくらい大人しく報告書作っとけってのよ」
「あはは。浦島くんもここのところは忙しいみたいですよ。新人さんも入ったし」
 毒づきながら重要(と思われる)封書で火照った顔を扇ぎ出す乙女に、みちるが笑いかけながらアイスコーヒーを出す。砂糖はなし、ミルクのみでストローつきが乙女の飲み方だ。
「ありがと。さすがみちるちゃん、気が利くわねー」
 どういたしまして、と会釈して席に戻ろうとしたみちるの目に、机上に放置された京のケイタイが映る。ピカピカと点滅を繰り返しているところを見ると、いくつか着信が入っているようだった。
「浦島くん、ケイタイ置いていったみたいですね」
「あのバァカっ。電話しても出ないはずだわ。……そうだ、いーこと考ーえたっ」
全く躊躇なく京のケイタイを手にすると、迷いのない指捌きで何かしら操作をする乙女。セイバーズの社用携帯は皆同じ機種だ、よほど細かくセキュリティ設定をしない限り簡単に弄れる。鼻歌交じりに、京のケイタイに「仕掛け」を施す乙女を、みちるもまた何となく笑顔で黙認してしまうのだった。


 オペレーション課への挨拶回りを終えて、京と小雪は管内をパトロールすることにした。その際ケイタイを忘れたことに気づき、駐車場で小雪を待たせて一旦保安課に戻る。社内ならまだしも社外で、しかも移動中にこれがないと流石に業務に支障をきたすことになる。
「いやいや、お待たせー」
京が気だるく手を振ると、小雪は無表情のまま会釈を返してくる。完全に他人行儀だ。
「……よそよそしいなぁ。これから二人でドライブに繰り出そうってのに」
「ドライブじゃなくてパトロールです。運転大丈夫ですか、良ければ変わりますけど」
「そんなこと言っちゃってー。俺の横顔にキスしたくなっちゃっても知らないよ?」
「そうですね、じゃあ私後部座席に乗ります。運転に集中していただきたいので」
淡々と切り返してくる小雪に平謝りして、京が運転席に、小雪が嫌々ながらに助手席に乗り込む。シートベルトを締めながら、小雪が思い出したように口を開いた。
「浦島さん。そういえば浦島さんのバディは? 今日は別行動なんですか」
「京でいいよ」
「いえ、私はこれで」
満面の笑みを一蹴されて、京もすごすごと無言でエンジンをかける。一応規定に倣って発信前に後方だの側面だのの安全を確認し、自分もシートベルトを締めた。
「浦島さん」
これみよがしに苗字を強調して呼ぶと、京がようやく不機嫌そうにこちらに視線を向けた。
「シン? あいつは今日休み。山ほどいる彼女のうちのどれかと海沿いデート。……言ってるだけで腹たってきたな……」
「彼女いるんですね。浦島さんと違って彼、モテそうですもんね」
「……しゅっぱつしんこーう」
 小雪の分かりやすい嫌味を流すべく、さっさとアクセルを踏んで車道に出る。午後のアイドルタイムのはずだが交通量はそこそこ多い。車の流れが悪い方が外の景色に意識を向けられるため、パトロールをするには好都合だった。
「分担していいな? 俺はバックと右サイド、小雪は左サイド。何でもいいから気になるもの見つけたら教えて」
「了解です」
 車道に出てすぐ、最初の赤信号で止まる。小雪は言われたとおり、助手席の窓から外を確認しつつ、ちらりと横目に京の姿を入れた。信号機を注視しているようで、街を行き交う人々や建物の陰に視線を配っているのが分かる。観察しているのを気取られないように、信号が変わる前に再び視線を逸らした。
(黙って仕事をしてればまともなんだけどなぁ……)
 信号が青に変わり、京は静かにアクセルを踏む。ステレオからは何の音楽も流れてこないから、アクセルとブレーキを踏みかえる小さな音もやけにはっきり聞こえた。こういう静寂は決して嫌いではない。そう思っていた矢先に京の鼻歌が始まった。静寂よ、さようなら。小雪の小さな溜息で、窓が白く滲んだように曇った。そんな窓越しの霞んだ景色に、見覚えのある後姿が映る。
「あれ。あの子……」
思わず呟くと、京がそれにあわせてスピードを落とした。
「何かあったか」
言いながら視線を左サイドに向け、すぐに小雪のつぶやきの意味を理解した。
 白地に濃いベージュのセーラー、同系色のチェック柄が可愛いのかそうでないのか何とも言いがたいリボンとスカート、管内ではよく見かける藤和高校の制服だ。普段ならとりわけ気に留めることもないのだが、その女生徒が肩にかけた鞄には京も見覚えがあった。黒いシンプルな皮鞄には何のマスコットも、装飾品もついていない。今時の女子高生にしては簡素すぎるところが、逆に印象的だった。
 タイミング良く信号待ちにかかる。バックミラーで確認すると、思ったとおり、京が痴漢呼ばわりされる発端となった「果物ナイフ女子」だった。名前は確か愛海だったか。書店の前に立って、何か物思いにふけっているように見えた。
「一旦降りよう。ちょっと様子が気になる」
京は路地に入ってすぐのコインパーキングに駐車すると、小雪と共に足早に書店に向かった。通りに彼女の姿はない。店内をちらりと盗み見て、そのまま客を装って入店した。

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