泣き喚く藤和の女生徒を尻目に、京はさっさと安全地帯へ移動した。
一方、会場内のシンと小雪は、出入り口付近の壁際に立って招待客の観察に励んでいた。立食パーティのため椅子がない、その分普段の倍の二百名近い収容人数となっている。要所要所に品の良いウェイターが待機していて、手元が空の人間を見つけては迅速にドリンクを配っていた。断るのも不自然だから、シンと小雪も手渡されるままに受け取る。
「スプラウトセイバーズの方ですかな」
背後からかけられた声に、シンは応答しなかった。二人は招待客として潜入している、こうもあっさりばれてしまっては困るのだ。しかし振り返った先の人物を見て、シンは安堵の溜息をもらした。
「赤井社長。僕らはパーティが物々しくならないように配慮して招待客にまぎれています。できれば直接声はおかけにならないほうがいいと思いますよ」
「それは失敬。ただ娘は紹介しておかなければと思ってね。あなた方に守っていただきたいのはこの子ですから」
恰幅のいい、やけに蝶ネクタイが似合う中年男性の後ろにいた華奢な少女が、丁寧にお辞儀をした。パーティとは言え新商品の発表がメインだ、スーツ姿の人間が多い中で彼女が身に纏っている真っ赤なドレスは一際目を引く。狙うのだとしたらこうまで狙いやすい的はないだろうというくらい目立っていた。
「葉月です。お見知りおきを」
綺麗に化粧をしているが顔にはまだ高校生特有の幼さがある。常に上目遣いで瞬きの頻度がやけに高い。人に見られることに慣れている人間だ、赤井グループの令嬢ともなればそうあってしかるべきなのかもしれない。一介の高校生にはない華やかな雰囲気があるのも事実だった。
「セイバーズの桃山です」
「白姫です」
葉月が少し首をかしげたようにして笑顔を作った。シンの胸中では彼女はぶりっ子認定されていたが、シンは別段、ぶりっ子というジャンルが嫌いではない。自分を可愛く見せようと一生懸命になっている姿は好感が持てるくらいだ。女性にゴミのように嫌われる部類であることは知っているが、実際男には関係がない。シンもとりあえずいつものようにアイドルスマイルを振りまいた。その途端に、隣の小雪が半眼になったのが分かったが特に支障はない。本音を言えば、
(小雪さんもこれくらい可愛げがあればいいんだけどねー)
といったところだが、無論口には出さない。回し蹴りを食らって入院生活を送るのはごめんである。などと不躾にも小雪と葉月を見比べていたシンだったが、気づけば葉月の方もシンと小雪を興味深げに観察していた。一通り物色して気が済んだのか、口元に手を当てて感嘆を漏らした。
「え、っていうか、二人ともすっごい綺麗な顔してるんですけど、ほんとにセイバーズの人? モデルさんみたーいっ」
「どうも。よく言われます」
シンがさも当然のように慣れた様子で返答するのを見て、小雪がまた半眼になった。
「スーツもすごい似合っててかっこいいしー。えー、私もスーツにすれば良かったかなぁ」
ドレスの裾を広げながら社長である父の顔をのぞきこむ葉月。小太り顔の赤井の顔が子猫でも見るようにほころんだ。
「赤井の娘がその他大勢にまぎれてどうするんだ。どんな場でも、常に一番輝いているようにしないとな。まぁ今日だけは“HPR-RedⅡ”に主役を譲ってもらうとしようか」
赤井が得意気に口にしたのが今からお披露目される介護ロボットの新バージョンなのだろう。
雑談交じりに招待客や会場内の様子を窺っていた矢先、再びモバイルのバイブレーションが作動した。シンは会釈して赤井親子から数歩距離を取った。ディスプレイに京の名前が表示されている。
「何かあった?」
『いや、こっちにシステム課から連絡が入った。ホール周辺のスプラウト反応だけど──』
「待った」
シンが無言のまま小雪に手招きする。後で同じことを説明するのは手間だ、通話音量を上げて小雪にも聞こえるように取り計らった。
『? いいか? ホール周辺に俺たちを除いて5名のスプラウト反応がある。内3名が集団行動、残り2名がそれぞれ単独行動をとってるらしい』
「5人って、ちょっと多くない?」
シンの反応は、赤井グループのイベントにしてはという意味合いだ。これが別企業のイベントなら倍近くのスプラウト反応があっても別段おかしくはないのだが。
『はっきり言ってマークしづらい。そもそもスプラウトが何かしでかすって決まったわけでもないしな、俺たちは他の警備員と同様に……あっ! ちょっと! 君!』
会話を途中で放棄して、京が慌てた様子で走る音だけが聞こえる。シンと小雪は訝しげに顔を見合わせた。早くも不審人物に目星をつけたのだろうか。
『待った待った、ちょっと名前とケータイ番号教えてくれる? え? 俺? あーそんなんじゃないよ~、だって君ちょっと可愛いすぎるよね? モデルさん? え、違うの?』
そこまで聞いて、シンの手からモバイルフォンが奪われた。小雪が汚物でも見るかのような荒んだ目で電源ボタンを押している。不審人物は確かに居たが、それが身内となると発見しても何の手柄にもならない。小雪は無言でシンにモバイルを返却した。
「んーと……じゃあ、とりあえず小雪さんは単独行動者で怪しい奴をマークってことで。僕は葉月さんの警護と、間があれば三人一組でもマークしとくよ」
「了解」
「小雪さん」
「なに」
「……動くときはひとまず京に報告してね?」
小雪は無表情を崩し、嫌悪感たっぷりに口元をひきつらせた。しばしの間の後、いやいや了承を口にすると、溜息混じりにホールの壁際に移動した。小雪とシンが別行動を始めたのを見て、赤井葉月が小走りに駆け寄ってくる。
「お二人が守ってくれるんじゃないんですか……?」
不安そうでもあり不満そうでもある葉月、小雪の方に物欲しそうな視線を送る。当の小雪は、壁際で腕を組んでホール内をくまなく睨みつけている。何も知らなければ、現時点で凶悪犯罪を犯すのは間違いなくあの女のような雰囲気を醸し出しているが、シンはそちらに関しては一瞥しただけですぐに営業用スペシャルスマイルを作った。
「葉月さんの担当は僕がします。こう見えてもそれなりに実績と経験はありますから、安心してパーティーを楽しんでください」
シンに微笑まれて、葉月は少しだけ頬を赤らめた。女子高生としては、堂々としているし娑婆慣れしている、上流の教育も受けているから気品と礼儀もある。が、こういうところはまだまだ十代の女の子だ。そういう素直さは是非忘れずにいてもらいたい。などと、シンは壁際の鬼子母神を視界の外に追い出しながら考えていた。
時計の針が12と7を同時に指す。時間通りにパーティー開始のブザーが鳴り響いた。照明が落とされ、ステージ上にスポットが当たる。華やかな会場とは打って変わって粛々としたアナウンスが響く。本日の主役である新開発のロボットと、得意満面の笑みを浮かべた赤井が連れだってステージに登場した。拍手が鳴り響く。ステージにほど近いホール前方で、葉月も上品に、そして誇らしげに手を叩いていた。シンももちろんそれに倣う。倣うだけだ、何を祝福するわけでも讃えるわけでもない。薄暗い照明の下で、シンは誰に気兼ねすることもなく冷めた視線を送っていた。
パーティーは滞りなく進行していた。開始から一時間、新製品の披露も無事に終わり今は出席者たちが食事と歓談を楽しんでいる。小雪の視界の中では、名刺交換に勤しむ企業の上役たちとその周りを右往左往するウエイターたち、それからスポンサーに囲まれた赤井と葉月の姿が常に捉えられていた。その傍らにはシンの姿もある。時折アイコンタクトをかわしては異常がないことを確認しあった。