SAVE: 04 大絶叫フェアリーランド


「おー仕掛けが止まってるとは言え、雰囲気だけで結構おどろおどろしいな。こういうところはホンモノが集まりやすいってよく言うよなー」
「ほ…本物って何よ。無人なんでしょ……?」
「無人だからこそ? あ、ひょっとしてちょっと怖い? つかまる?」
満面の笑みで腕をさしだしてくる京を無視して、小雪はまた顔を背けて舌打ちをした。彼女はいつのまにあんなにすれた子になってしまったのか、ホラーハウスの仕掛けも本物の幽霊も微塵も怖くはなかったが、京は既に涙目だ。しかし、事態は思ったより好転している。小雪はなんだかんだ言いながら徐々に京と距離を詰めて歩くようになっているし、何かしょうもない人形だの血のりだのを見ては肩をすぼめて立ち止まっている。
「っていうか本当に人の気配がないんですけどー。動いてないって言うけどそれ本当に亜里沙ちゃんのスプラウト反応? ディスプレイに梅干しかなんかついてんじゃないの?」
シンの皮肉に、イヤホンの向こうで豆塚が憤怒している声が聞こえてきたがオール無視。溜息混じりに目の前の引き戸を開けた刹那──。
 プシュー! ──お化け屋敷の常套手段であるミストが、勢いよく噴射して辺りを包んだ。どうやら扉を開けると自動的に反応する仕掛けになっていたようだ。シンは目を点にしてしばらく佇んでいたが、また胸中で「バッカらし」と呟きながら何となく後方を振り返る。目にした事態に眉根を潜めた。
「うわ! ムカつく! ちょっとそれずるいなー」
シンがその手の不平を洩らすのは珍しい。それも京に対して。
 勢いよくあがったミストに完全に虚勢をくだかれた小雪は、無言の悲鳴をあげると同時に近くに居た手頃な生き物(京)に思いきりしがみついていた。京はと言えば、お化け屋敷でここまで至福の表情を晒せる人間もそうはいないというくらい締まりのない笑みをこぼしている。
「小雪……大丈夫、俺がそばにいるからね」
「バカ言ってないでさっさと先に行ってよ! もうヤダ! 早く出たいっ!」
「小雪さんもさー意地張らないで最初から外で待ってればよかったのに……」
シンが呆れ気味に半開きの扉をもう一度押す。それを待ちかまえていたように、天井から首をつったメイドの人形が勢いよく降って来た。
「イヤァァアーーー!!」
シンが呆気にとられていた後ろで大絶叫があがる。シンにとっては落ちてきた後ぶらぶら頼りなく揺れるしか能がないマネキン人形よりも、小雪の悲鳴の方がよほど恐ろしいのだがそんなことは口に出せば命が危ない。もう一度迷惑そうに振り返ると、先刻よりも顕著なイチャイチャカップルの構図ができあがっていた。
「あのさー……」
『浦島! 白姫! 何やってんだお前ら、真面目にやれ!』
繰り返すようだが、応接室を間借りした即席の対策本部にも三人の会話は丸聞こえであった。呆れかえったシンの代わりに、業を煮やした荒木の怒声が各々のイヤホンから漏れる。呆れかえっているのは荒木をはじめ応接室にいる面々も同じことだったが、マイクの後方から漏れる城戸の大爆笑で何ともお粗末な光景になり果てていた。
 京はあれこれと無駄な弁解を披露していたが、小雪は肩意地を張った自分を戒め、しおれる。まさか京とワンセットで叱られる日がこようとは、とんだ失態であり人生の汚点だ。そう思うと自然に特大の溜息が洩れた。
「ねえ小雪ちゃん……なんかものすごく大げさに自戒してません?」
「別に? 京と一緒くたにされて主任に怒鳴られるなんて、もう私いろんな意味で終わってるなって哀しくなっただけ」
小雪は冗談というふうでもないようで、淀んだ視線をできるだけ遠くの方へ向けていた。
『いいからとにかくホラーハウスは出ろ! 対象が移動した!』
「はい? ここまできて移動ってまた……で、お次はどこですか」
『それがわからねぇんだよ。ハウスを出てしばらくしたところで突然反応が消えた。念のため園内にしぼって他のスプラウト反応を確認したが問題なく表示される、っつーことは対象自体に──』
スプラウト反応が消えるような何かが起こったか──続きは省略された。すぐ傍に養父がいる状況では飲み込まざるを得ないだろう。
『とにかくこっちで位置は特定できん』
「わかりました。ひとまずここを出て目視で探します」
『そうしてくれ、俺と城戸もそっちに向かう。豆塚は残していくが報告が必要な場合は俺のケイタイにかけろ、いいな』
荒木と城戸、それからおそらくは藤木国雅が応接室を出る音が届く。続いてこちらも迅速にホラーハウスを脱出する必要がある。それは全員了解したはずだ。
「とりあえずさっさと出ようよ。ここに居ても意味ないんでしょ」
先導するシンに続こうと足を踏み出した京、その腕を凄まじい力で引きもどされる。
「肘!」
「は?」
「肘貸して!」
まるでそれが生死を分かつ命綱のような言い草に、京も苦笑いをこぼす。
「腕じゃ駄目なの? もしくは手」
 その状況を想像しただけでこれでもかというほど口をへの字に曲げる小雪。それを見て、京は諦めて肘を差し出した。即座に握られる。トキメキはない。というよりも握りつぶされるのではないかという痛みと恐怖感の方が強い。京はそのまま肘を人質にとられ、小雪が悲鳴を上げるたびに間接が外れそうな思いをしながら出口を目指した。
 ようやく太陽の下に出たときには、京と小雪はそろって息があがっていた。シンだけが平然とした様子で早速周囲に目を配っている。
「どうする? 今からアトラクションをまわるって結構きびしいよ。効率も悪いし」
「ちょ……ちょっと待て。一旦休憩……」
解放された肘──渾身の力で絞められたような後がくっきりついている──をほぐしながら、京が切に訴えるも、シンは我関せずだ。さすが相棒、こういうときの冷たさは抜群である。
「じゃ、手分けして捜しましょう!」
同じく息をあげた小雪が、大層な名案のように声を張る。シンもそのことは考えていたらしく、京の方に視線を投げた。京は渋い顔つきだ。肘の痛みのせいではない。
「別行動か? ……あんまり賛成できないな。今の状況でばらけたら互いにフォローしづらい」
「同じ敷地内にいるんだから問題ないでしょ! 何かあってもすぐ駆けつけられるしっ」
「って言ってもな、結構広いし、それこそアトラク内に入られるとすぐには……」
「でもモタモタしてらんないじゃない? よし、決まり! 私聴き込みもかねて北側のアトラクションまわるから、残りそっちでよろしく!」
「おい、小雪!」
言うが早いか小雪は逃げるように人込みに向かって突進していく。文字通り逃げたかったのだろう、あれこれ罵声を浴びせつつも最終的には京の肘にしがみついてホラーハウスを出てきたのだ。こうなると小雪を追って時間を潰していても仕方がない。
「見つけたら独断せずに知らせろよ!」
 小雪は振り向きざまに指でオッケーマークを作って猛スピードで駆けた。こうして笑顔を作っておけば、必要以上に干渉されることはない。小雪もいよいよ京の扱い方に慣れ始めていた。
「あーあー嫌われちゃったねー」
シンが事もなげに言い放った一言に、京は金槌で強襲されたかのような衝撃を受ける。
「嫌われてないっ。照れられたんだっ」
「いいんじゃない? ポジティブシンキングって大事だし。それより僕らもテキパキ周ろうよ」
「だからちょっと休憩させろって……」
 先を急ごうとするシンに半ば置き去りにされながら、京は目に着いた自動販売機に吸い寄せられるように向かう。小銭を取り出そうとスラックスのポケットに手を入れ、特に期待もせずディスプレイを眺めた、直後。

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