SAVE: 04 大絶叫フェアリーランド


 京は辺りも憚らず自販機に手をついて、食い入るように見つめた。道行く家族連れだとかカップルだとか中学生の集団だとか、とにかくそのあたりが京に不審の眼差しを浴びせていたがそんなことはもはやどうでも良かった。高級緑茶しのぶ、その見慣れた緑色のパッケージが視界を支配している。そしてその下の値段表示、100円。
「しのぶ……お前こんなところに居たのか。心配掛けやがって……!」
ディスプレイの緑茶を見つめて愛おしそうに語りかける様は、完全に不審者だ。熱くなった目がしらを押さえて、京は迷わずワンコインを投入した。しのぶの真下のボタンを押す。それだけですんなり(自販機なのだから当然だが)しのぶは転がり落ちてきた。
「京~……もう気持ち悪い顔してないでさー、真面目に仕事しようよー」
シンが眉をひそめて本気で不快を露わにする。京はそれを目にしてすごすごと「しのぶ」を懐にしまいこんだ。いつも辛辣な相棒がとりわけ辛辣なことをサラリと言ってのけるときは、大抵苛立ちがピークのときだ。
「ささっ、ふざけるのもこの辺にしてシャキっと亜里沙ちゃんを捜すとするか。小雪より先に見つけて株あげとかないとなっ」
ご機嫌とりとばかりに作り笑いを浮かべる京、シンは半眼のまま小さく嘆息した。
「そのことだけどさぁ。京、ちょっと小雪さんに甘すぎるんじゃない?」
思わぬ指摘に、京は一瞬目を点にした。それからテンプレートのような感情のこもっていない笑みを浮かべて肩をすくめる。
「当たり前だろ。お前と同じ扱いでどうすんだよ、気色悪い」
「そういうことじゃなくて」
「公私混同とかそういうことか? だったら謝る。俺、公私は混ぜまくらないと生きていけない体質なんだ……」
「いや、そんなくだらない体質のことでもなくてさ。単独行動。いいの、あれ」
 京はすぐにばつが悪そうに頭をかいた。最初からシンが言いたかったことは薄々勘付いていたからこその反応だ。シンの苛立ちの原因はおそらくそれで、心配という名の感情とミックスされていることは明らかだ。セイバーズ保安課では主任以上でない限り基本的に単独行動は許されない。だからこそ人手がない中でもバディを崩さず業務に当たっているのだ。一人一人担当が違えば効率は格段に上がる、しかしそれ以上にリスクが上がる。それを肌身で感じてきたはずの男が、あっさり小雪の単独行動を認めたことがシンには理解できなかった。
「それも……謝る。勢いで、つい」
「まぁ僕は構わないんだけどね、決定の責任は全部京にあるわけだし。でも小雪さんも結構突っ走るタイプだからさー、心配だよねー」
「……シン」
京は腕時計と西の空を順番に見やった。人の流れが、入口ゲート方向に統一されてきている。
「サクっと周って小雪に合流するぞ!」
「あいあいさー」
 太陽が徐々に傾き始めていた。フェアリーランドの閉園時間は午後6時。視界の隅、時計の針と同じような速さで巨大観覧車が回っていた。


 京、シンと別れて数分、小雪は園内地図を広げて咄嗟に指定した北側を確認した。絶叫コースター系を中心に十以上のアトラクションが展開しており、とてもじゃないが一人ですべてを周るのは不可能だ。
(早まったかなぁ……)
反省も束の間、「フェアリーコースター」の入り口にたどり着く。並んでいる客層と、入口前に立てられた妖精(にしてはでかい)の張りぼてを見て、小雪はすぐさま踵を返した。
 北側のアトラクションの内、半分は捜索の必要はないと判断する。Lサイズの妖精は、体長130センチであることを自らアピールした上で「自分よりも低い子は乗れません」と丁寧にお辞儀をしていた。藤木亜里沙の身長は確か120センチと少しだったはずだ、細かい情報にまで目を配っていた自分に賞賛を送りたい気分だ。
 思い切りよく絶叫系コーナーを切り捨てると、再び地図を広げる。当たりをつけるのは身長制限がなく、スプラウト反応が感知されにくい場所──。
「そうよ、最初からきちんと当たりをつけて探してれば……あっ!」
 賞賛したり非難したりで忙しい中、途中で大声を上げた。通行人の多くが驚いて振り向くが、一瞬で興味をなくして入口方面へ去って行く。
「地下洞窟探検コーナー!」
地図上では人差し指の腹程度の大きさで示されているが、それは洞窟の入口の話でアトラクションそのものはかなりの敷地を占めて地下に展開されている。
 小雪は左腕の時計に目を落とした。17時40分、西日で盤面が反射する。小雪は地図をたたみ、当たりではなく確信を持って走り出した。 
 地下洞窟探検コーナーは、フェアリーランドの地下の敷地を三分の二以上費やした広大なアトラクションだ。鍾乳洞に見立てた幻想的かつ不気味な内装で、冒険物を舞台にしたアトラクション数種とバイキング形式のレストランが設置されている。
 地下へ下る仰々しい階段の前に、係員がロープを持って立っていた。
「お客様、申し訳ありませんが地下洞窟探検コーナーへの入場は17時30分を持ちまして終了しております」
ディフェンスされて、小雪は思わずまた時計を確認した。針は高速に進むでもなく、ましてや戻ることもなく先刻とほぼ変わらない位置で停滞している。
「中にまだ人居ますよね? これくらいの、栗色のボブカットで、リュックサックを背負ってる子が入っていきませんでしたか」
係員はすぐさまとてつもなく困った顔をした。暗に小雪の質問が要領を得ないものだと言いたいのだろう、少し考えた末に苦笑いをおまけでつけてくれた。
「申し訳ありませんが、そういったお子様はその……たくさんいらっしゃいますので」
「そんなことはこっちだって百も承知よっ。だから居るかいないか確認したいんだってば!」
「すみません。迷子の捜索でしたらすぐセンターの方に問い合わせますので、お母様は一旦そちらの方へおいでになってください」
「お母っ……!」
 この係員の応対はおそらく正しい。よく教育されているようで、狼狽する親に対しての接し方としては及第点と言ってよかった。しかし相手が親ならば、の話である。小雪が絶句したのを見て、係員も言葉の選択を誤ったことに気付いたようだったが後の祭りだ。しかし今はこの哀れな係員の失態に目くじらを立てている場合ではないし、もっと言えば迷子センターに問い合わせる事態は遥か昔に通り越している。
 その手段が推奨されるものかどうか、小雪には判断しかねた。しかしそれくらいしか現時点では思いつかない。小雪はスーツの襟をめくって、金色に光るバッジを見せた。
「スプラウトセイバーズです。すみませんが、ご協力願えないでしょうか」
威圧的なようで低姿勢を保つ。何度も繰り返すが、スプラウトセイバーズに警察のように強制権はない。この係員が業務を全うせんとしてノーと言えばノーだ。最悪拝み倒して協力してもらうしかないのだ。もう少し最悪の度合いを上げると、小一時間脳しんとうを起こしてもらうという手もあるが。
 係員は、頷くと視線だけで周囲を確認して、できるだけ目立たないよう小雪を階段へ導いた。この係員はデキる。最高だ。後でアンケートか何かに絶賛するコメントを書いてあげなければならないな、などと思いながら小雪は丁寧にお辞儀をしてそのまま全速力で階段を下った。
 最終入場時間を越えても、洞窟内には数組の家族やカップルが右往左往していた。土産コーナーも併設されているから、閉園までここで買い物を楽しむつもりかもしれない。とは言えレストランは閉店の準備を進めていたし、アトラクションはすべて最後の稼働を終えたようで、満足そうに会話をしながら出口へ向かう人がほとんどだった。
 その中に、亜里沙の姿があった。思わず声をあげそうになるのをこらえ、目を凝らして姿を追う。亜里沙の手を引いているのは、背の高い細身の男だ。後姿だけではそこまでしか確認できない。二人は、出口へ向かう人の波とは逆方向、地下洞窟迷路の方へ歩いていく。これも最終入場時間は既に過ぎている。
 小雪は人の流れに合わせながら、土産を物色している風を装って亜里沙たちに近づいた。男の顔はよくわからないが、少女が亜里沙だと確信できる程度には距離を詰めることができた。

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