SAVE: 07 社員旅行はの味


「さあ? 僕は別に。見られて減るもんじゃないし」
「じゃああれか。浦島のナンバーはぞろ目かなんかか。語呂合わせで見たら笑えるとか」
荒木は至って真面目に話すが、横で城戸が高笑いをあげるものだからどうにもしまらない。金熊とシンは立場上、京のアイナンバーは把握しているし(当然、小雪のアイナンバーも把握している)それがゾロ目でないことも、ましてや「1192作ろう鎌倉幕府」でないことも知っている。その金熊が特に話に入ってこないので、シンも京のアイナンバーについては補足しないことにした。
「ああ見えて秘密主義だからな、浦島は」
荒木はつまらなそうにそうつぶやいて、この話を終えることにした。その際、気づかれるかそうでないかの微妙な間合いで金熊を盗み見る。金熊は浦島京介の秘密──と呼べるほど価値のある内容かすら知らないが──その片棒を、間違いなく担いでいる。それは保安課内では周知の事実だ。誰かが何かの拍子にこういう話を始めると、金熊は極端にだんまりになる。今がまさにそうだ。それがあまりにも不器用すぎるせいか、金熊には直球を投げないというのが暗黙の了解になっている。無論、京本人に対してもだ。
「あがるかー。そろそろのぼせてきた」
その金熊がよっこらしょの掛け声と共に腰をあげたそのとき、
「きゃーーーーーー!」
 悲鳴が響いた。いや、轟いた。金熊に続いて立ち上がろうとした連中は、揃いも揃って中腰のまま凝固する。条件反射で局部を隠しながら互いの顔を見合った。
 悲鳴は高い垣根で区切られた先の、女湯からだった。
「城戸! シン!」
言うが早いか荒木が脱衣所へ走る。悲鳴は二度、三度、断続的にこだました。
 女湯はすぐ隣だが、まさか全裸で「どうしましたか!」などと登場するわけにもいかない。のぼせ気味のせいか、もたつく金熊を尻目に保安課若手三人衆は火事場に出動する消防士並の機敏さで浴衣をまきつけた。ひとまず隠すべき箇所を隠すと、勢いよく引き戸を開け放つ。
「どうした!」
そこでようやくお決まりの台詞を叫んだのだが、それを確認するべき相手が想像とはずれていた。状況だけを端的に述べると、まず女湯の扉の前に、システム課の社員が二人ほど再起不能で転がっている。
「なになに。湯けむり殺人事件?」
訝しげな表情のまま突っ立っている荒木の後ろから、シンが面白半分に顔を出す。ここから推理開始かと思いきや、実のところ殺人ショーは現在進行形で、しかも眼前で繰り広げられていたのである。
「あたたたたたたたっ! 折れる! もげるから!」
 湯上り三人組の視線の先で、京と小雪が濃厚に絡み合っていた。絡み方についてもう少し詳しく述べるなら、小雪が京の後ろ手を逆巻きにねじりあげた上で、半コブラツイスト状態を決め込んでいるところだ。折れるというか、もげるというか、このままいけばおそらく脱臼間違いなしである。
「小雪ちゃん! 誤解、ほんと誤解っ! 話をまず、ね!」
「うるさい、このクズ男! 恥知らず! 最っ低、ド変態!」
「ギブギブギブギブ! もういっそ投げて!」
「お望みどおり放してあげるわよっ・・・・・・!」
小雪が締め上げていた京の両手を開放すると、京はそのまま崩れるように四つんばいになった。その後頭部にとどめとばかりにギロチン──小雪のかかとおとしが振り下ろされた。
「し、白姫! ちょっと待──」
 悲鳴はあがらなかった。開放されて安堵の溜息をついていた京の視界では、数多の星が飛び散り、弾け、何かしらビックバン的な現象が起こった。そのまま京の意識は完全に暗転する。
 状況をさっぱり飲み込めていない男性陣は、「ちょっと待ったポーズ」のまま凝り固まった荒木の後ろで青ざめるばかりだ。同僚の処刑現場に居合わせてしまったのだ、無理もない。
「主任。これ、どこに捨てたらいいですか」
小雪は冷め切った目で、既に処刑済みのシステム課社員二人と京を見やる。
「どこにって・・・・・・医務室だろ。白姫ちょっと事情聴取。城戸とシンはそいつら運んで」
「捨てて結構です」
「どうどうどう、落ち着け。まず話聞くからっ」
 荒木は天井を仰ぎ見ながら深々と溜息をついた。問題児は、豆塚でもなく京でもなく、白姫小雪だったのか。舌打ちを連発するキラーマシーンをなだめながら、浴衣の帯を締めなおした。


「まさか今時女風呂覗く奴がいるとはなぁ…。俺たちのガキの頃くらいだと思ってた」
 荒木の哀れみの視線の先、大宴会場の隅の隅に正座をして俯く京とシステム課の二名がいる。他の者は皆、用意された尾頭付きの御前料理に舌鼓を打っていた。言うまでもなく京たちの目の前に食事は準備されていない。
 京は未だに激痛が走る脳天を、俯いたままで時折さすっている。偶然半開きになっていた女湯の脱衣所を、たまたま通りかかった京以下二名が、運命のいたずらでちょいと覗き込んだ現場を、これまた抜群のタイミングで小雪に目撃された。それから問答無用でコブラツイストを決められ四段重ねくらいで罵倒を浴びせられたところまでは覚えているが、どうにもその後の記憶が曖昧だ。
「・・・・・・誤解だと再三申し上げております」
「諦めろ、浦島。日頃の行いが悪すぎるツケだ」
上座で鯛をほおばりながら金熊。保安課にせよシステム課にせよ、男性陣はそれなりに同情を示してくれるが女性陣の目は究極に冷ややかだ。とりわけ男三人をフルボッコにしておきながら、何事もなかったかのようにフグを平らげている小雪、彼女の視界からは京たち「覗き魔」の存在は完全に抹消されているようだ。
「課長、俺もう帰っていいですか。いっそ消えてもいいですか」
「んー、まあ構わんが、いいのか。食後の恒例行事は参加しなくて」
ジョッキ3杯を勢いよく空にした金熊は、既に応対が適当だ。しかしその適当ワードの中に、京は一筋の光を見出した。そして折れかけた心を立て直す。まだ自分は、諦めるわけにはいかないのだと。
「課長・・・・・・! 俺が間違ってました。アレのためなら俺、正座でも逆立ちでも耐え抜いて見せます! だよな、みんな!」
食事抜き正座チームが、何故か一丸となって真剣な眼差しで頷く。その光景を、小雪はやはり遠巻きに汚物でも見るかのように見下していた。
「何なのよ・・・・・・」
怪訝を通り越して完全に顰め面の小雪に、シンが耳打ちする。
「小雪さん、覚悟しとかないと痛い目みるよ。うちの王様ゲーム」
「王様、ゲーム?」
 説明しよう──王様ゲームとは。割り箸の先に人数分の番号を記入し、その中のひとつを「王様」とする。番号部分を隠したまま全員が割り箸を引き、「王様」を引き当てた者が何でも命令を下せるという宴会ゲームである。「王様」から指定された番号を持つ者は、その命令内容に従わなければならない。
 などというルールは流石に小雪も知っている。問題は、その単純なゲームで何を奮起する必要があるのかという点だ。胸騒ぎだけが渦巻いた。
「えー・・・・・・それって強制参加なの?」
「そうだよ。王様引いて命令したらその人はゲームから抜ける方式だから、だんだん参加人数は減ってくわけ」
「ババ抜き方式ってこと?」
「そういうこと」
 小雪がちらりと覗き魔連中に視線を移すと、三人とも瞳に炎を宿しているのが分かる。十中八九ろくなことを考えていない。悪寒が走った。そうこうしている内に食事を終えた金熊が、ほろ酔い気分のまませっせと割り箸を準備し始める。殊、宴会系に関しては金熊はやたらにフットワークが軽い。あんたは易者かとつっこみたくなるほど大量の割り箸を両手で覆って、宴会場の中央に腰を据えた。

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