SAVE: 07 社員旅行はの味


「お、ま、え、ら、なぁ~・・・・・・」
「はいはーい、課長一旦離脱しまーす。手の空いてる人、連行してー」
 説教すらままならないほどに疲弊した金熊、京はそれをてきぱきと追い出すと(最後まで撮影はやめなかった)再び真剣な眼差しを割り箸の束へ向けた。金熊の代わりに運命の割り箸を束ねるのは、一抜けした荒木。
 京の中で、そろそろ「王様」の割り箸には目星がつくようになっていた。しかしそれは、残った連中も同じである。皆、当たりをつけているということは、今度こそ本当の奪い合い、戦争が始まることを意味していた。血の雨が降るかもしれない、しかしそれを誰も止めることはできないのだ。
「次で、決めてみせる・・・・・・!」
ターゲットを見据え、軸足に力をこめた。全ては栄光の割り箸を手に入れるため、万物を意のままに操れる最強にして最恐の矛を手中に収めるためである。
「せーの!」
荒木の歯切れの良い合図と共に、皆が目当ての割り箸を引き抜きに走った。立ちはだかる者を押しのけ、邪魔する者を蹴散らし、京はその割り箸を手にした。ガッツポーズと共に箸の先端を見やった。
「はあ?」
「あ、俺王様だーっ」
王様宣言は、京の目の前にいる男から発せられた。京の番号は4番、そう番号が書かれていたのである。思い切り口のへの字に曲げて顔を上げると、満面の笑みを晒す豆塚登の姿があった。こいつ、まだ抜けてなかったのか──そう思ったのは京だけではない。
「まあねー、そろそろ佳境じゃん? クライマックスじゃん? こういうのがあっていい時間だと思うわけよー。なんてたって、俺王様なわけだし」
 嫌な、とてつもなく嫌な予感がする。そう思ったのもやはり、京だけではなかった。
「3番さんがぁー、王様にチューー! いぇーい!」
(ほんっとに馬鹿だな、こいつ・・・・・・)
予想を裏切らない発言に、周囲は皆、京と同じ感想を抱いた。一人で3番コールを始める豆塚を横目に、各々深い溜息をついた。ゲームに残っているのは京を含め男5人と女3人だ、地雷を踏む確率のほうがはるかに高い。
 京は今一度手元の番号を確認した。何度見ても4番だ、つまり無関係。
「3番だーれだっ。3番だーれだぁー」
 一人で囃し立てる豆塚の横で耳をふさぐ京。3番の輩には気の毒だが、さっさと餌食になって二人で共に社内報の表紙を飾ってくれることを祈るばかりだ。名乗り出る気配のない3番を探して視線を走らせた矢先。
(まさか、な)
 軽蔑の眼差しが返ってくるので、京はこのゲームが始まってからというもの、彼女に一度も視線を送っていなかった。それを恐る恐る今試す。視線の先に、美しいマネキンがいた。いや、マネキンのごとく笑顔を強張らせた白姫小雪の姿があった。
「3番!」
京は勢いよく立ち上がった。
「俺だわ! 残念だったなぁ、豆塚っ!」
周囲が沸いた。確率から言って自然な流れだ、しかし皆が膝を叩いて笑う中、豆塚本人だけが真顔でかぶりを振っていた。
「嘘つけ。お前は4番だろ」
「往生際わりぃぞ、豆塚。しっかり舌入れてやるからさっさと口開けろ」
「浦島、お前こそセコイ真似してんじゃねーぞ。3番は白姫さんなの、俺分かってんの」
「はああ? エスパーかなんかかお前は。それともイカサマしてんのか」
「バッカだねー浦島! ほんっと馬鹿! これだけ回数やってんだからいい加減割り箸の特徴くらい覚えるっつーの。なんなら全員分番号当ててもいいぜ!」
豆塚は言うが早いか、端から順にそれぞれの割り箸の番号を当てていった。なるほど豆塚登の観察眼と洞察力は、こういう場でこそ本領を発揮するようだ。
 皆が皆、感心と共に自らの番号を晒す。そのようにして消去法で、小雪が3番か4番であることが知れる。その小雪は、指摘される前に観念して割り箸を転がした。京が再び、高々と挙手をした。
「異議あり、こういう命令は無効だと思います。破廉恥すぎると思います」
「女風呂覗いてた奴に破廉恥呼ばわりされる筋合いはねぇなぁ~」
「・・・・・・豆塚、お前俺を敵に廻したいらしいな」
「浦島ごときが敵に廻ったところで俺もシステム課も痛くもかゆくもないけど?」
残念ながら本当にその通りだ。ありとあらゆる手段を使えば、豆塚をこの場にたたきのめすことは可能だが、そんなことをすれば逆に自分と保安課が痛い目に合う。
「はいはい、もういいでしょ。浦島くんもさ、まぁルールなんだしっ」
挙句の果てにシステム課のおっさん(京の主観)の吐いた台詞がこれだ。こういうときに限って金熊も、システム課主任の柳下も現場に居ない。使えない上司! ──と毒づいたところで、金熊が帰ってきた。開け広げられた襖、そこに立つ金熊を救世主のようにたたえて哀願した。
「? なんだ浦島、相変わらず標準で気持ち悪いなお前は。盛り上がってるところ悪いんだがなー、女将から頼まれてな、宿泊客のお子さんが迷子になってるらしいんだわ。ちょっと何人か周辺捜索に──」
「行きます! 俺とシンと小雪で! 必ずお子さんを救い出してみせます!」
京は宴会場の入り口に猛突進し、金熊のからだを強く強く抱きしめた。
「なんなんだっ! わけわからんこと言ってないで、行くならさっさと行ってこいっ」
「了解! ・・・・・・ってことで、大変残念ですがゲームは一旦お開きということで。シン、小雪、行くぞー」
逃げるように宴会場を後にする京に続いて、シンが気だるく、小雪が歯切れよく返事をして後を追う。更に、豆塚と数人のシステム課社員が連れ立って宴会場を出る。それは事情を知らなければ、子ども捜索のために率先して動く若手社員たち、というすばらしい光景であった。
 金熊は満足そうに頷きながら、逆十時固めによって痛めた足腰をさすった。


「なんでてめぇまで来るんだよ。インドア課はインドアで大人しくしてりゃあいいものを・・・・・・」
 旅館の裏手に集まった保安課浦島以下3名とシステム課豆塚以下3名。外気の寒さに震えながらのろのろと合流したシステム課に、京は特に気も利いていない皮肉をそのまま口にした。
「はっ! うまく切り上げたつもりだろうけどなぁ、命令は有効だからな。王様ゲームは中断であって終了じゃない」
「あーやだやだ。そういうのないと女の子とチューもできないなんて、ほんとかわいそーノボルくん」
「何、急に強気になってやがる! だいたい割り箸の番号すらろくに把握できてない状態で──」
「システム課も、来たんだったらしっかり動いてくれよ。暗い上に案外冷えてきてるから、二手に分かれて効率よく捜索。街道の方は荒木さんたちが周ってくれてるから」
 京は眼前に広がる薄暗い杉林を見やった。昼間は太陽光が降り注ぎ、そこまで鬱蒼としたイメージはなかった。しかし午後8時を回った現在、遊歩道として整備された小道も僅かな街灯に照らされているだけで薄気味悪いことこの上ない。
「お母さんの話では、昼に一回この遊歩道を通って湖のほうまで歩いたらしい。で、そこで見つけた野良犬だか飼い犬だかとずっと遊んでたんだと」
「じゃあルートを分けて、一旦湖で合流しなおそうか」
「そうだな。システム課だけじゃ余計に不安だからそっちにシンがついていって。俺と小雪で林道のほうを周る」
「了解」
シンだけが応答した。小雪はというと、返事の代わりとばかりに軽く挙手をしていた。
「いい。システム課には私がつくから。シンくんは京と行って」
「・・・・・・僕は別にどっちでもいいけど」
シンは何かとてつもなく可哀想なものを見る目つきで、つまりは哀れみの目で京を見た。瞳が潤んでいる。一昔前の少女マンガのヒロインのように、瞳に涙が溜まっている。

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