A Mirage On Land Chapter 11

「結局どうなったんだ? その、入国審査ってのは」
「お前たちが悪意を持ってこのヴィラに来たのかどうかを見せてもらっただけじゃ、村のしきたりなんでな」
カードを丁寧に片づけて老婆は深々と嘆息した。フレッドもクレスも、無論ルレオも老婆の表情の意味するところを解せず首をかしげる。苛立ちのような呆れのような老婆の目、実のところ合間合間にずっと向けられていた。
「まだ分からんかね」
「は?」
不躾に口を開く老婆に咄嗟にフレッドはそう切り返した。彼女の口からまた、大きく溜息が洩れる。
「ベルトニア王の使者としてこの国に来たということは目的は予言者じゃろう。王は“オフェリア”という女の名を口にせんかったか」
今思い出したような顔をして再びフレッドは眉を顰める。クレスに、黙ったまま助け舟を求めた。
「そうです。優秀な預言者の家系だからと。ご存知なら教えていただけませんか」
クレスの言葉に老婆は肩を竦めてかぶりを振った。そして今までで一番大きな息を、腹の底から発射する。さも駄目だこりゃ、と言わんばかりの反応にクレスも心外そうに口を尖らせる。
「あのベルトニアのイカレじじいもそうとうキてるようだね。わしもいつまでも若いわけじゃあないんじゃが」
「は? どういう……」
意味かと尋ねようとしてクレスの口やら目やらは完全に固まってしまった。三日三晩ほど極寒の地に放置したシイタケのようにカチコチだ。しいたけが再起不能になったところでフレッドが頭を掻きながらその続きを肩代わりした。
「要するにベルトニア王の言ってた“オフェリア”って予言者は、あんたってことだろ?」
「ようやくその結論か。確かに、ベルトニアでかつて大予言者と呼ばれたオフェリアはこのわしじゃ。あのイカレ国王とはケンカ別れしてそれっきりじゃが……今頃わしを呼び出すとは、やはり自分勝手な奴じゃのう」
まったくだ──胸中でいくつかベルトニア王に罵声を浴びせながらフレッドは表面上の冷静を保った。ここで取り乱したところで余計な体力を垂れ流すだけである。そんなフレッドの賢い判断を事もなげにブチ壊して、ルレオが椅子を蹴り上げた。
「ふざけんなババア! 何が大予言者だ、しわしわババアの介護なんて頼まれても御免だぜっ」
「たわけが! 誰がお前らのような人道から外れたような輩に人生を預けるものか! だいいちもうわしの予言は錆びとるわ。無駄足だったようじゃの、せいぜいベルトニアに帰って王に文句を吐くことじゃな!」
ルレオが言葉を詰まらせた。彼を黙らせるとはやはりこの老婆は只者ではないらしい、若い頃はさぞかし毒舌を巻いていたことだろう。皮肉てんこもりの反応にフレッドは他人事のように感心を覚えていた。対してクレスは、というと。
「この人が大予言者……この、おばあさんが……」
肩を落として小さくなっていく様は、例えるなら三日三晩干しっぱなしのシイタケのような──。
 若いころはブロンドの髪を優雅になびかせ、予言という類稀なき能力で以て国家の安泰に一役買ったオフェリア。例え今占い好きの偏屈ばあさんになっていようともそういう輝かしい時代もあった、らしい。
 フレッドはあれこれ当時を想像しながらも、この現実を受け入れようと必死になっていた。クレスは相変わらず干からびている。彼女は懸命なフレッドとは対照的にどちらかというと現実放棄した口だ。と、淀んだ空気の中、入り口の扉につけた客の来店を告げる鈴が控えめに鳴った。
「お帰りミレイ、早かったね」
ドアを閉めて中に入ってきたのはフレッドよりもいくらか年下に見える、ヴィラの風土には似合わない色白の少女だった。短めの髪が外側にはねて元気な印象をくれる。老婆は少女を“ミレイ”と呼んだ。
「ただいま。久しぶりだね、お店にお客さんがくるなんて。ゆっくりしていってくださいね」
おそらくオフェリアの孫(かもしくは曾孫)だろう、別件で脳細胞が干からびている連中でもそれくらいは裕に想像がつく。想像は容易にできたが今はそれに関してどうこう思う余裕はなかった。
「何もない村ですけどみんな気の良い人ばかりですから。あ、おばあちゃんの占いはやりました? 結構あたるんですよ」
「はあ、たった今ね……」
フレッドが苦笑いを返す。ミレイはそれにも満面の笑みで返してくれた。と、クレスが思い立ったように踵を返してドアを開ける。
「行きましょう、物資を整えて明日にでもベルトニアに帰還するのがいいと思う。予言者はベルトニアにもいるわよ」
「……そうだな、あまり時間はとってられないか」
クレスが小さく形だけ会釈をして三人は店を出た。オフェリアはそれを異様なほど凝視しドアが揺れを止めた途端視線を逸らした。
「おばあちゃん、今の人たち……」
「気づいたか。……お前は何もせずとも良い。後は運命が判断することじゃ」
オフェリアが思い体を起こして立ち上がる、ミレイがそれを支えながら思い出したように口を開いた。
「あのつり目の人、忠告してあげた方が良かったのかな」
「ああ、いらぬ世話じゃ。わしがもう占った。ミレイにも視えたのならあやつ本当に水の神のたたりにあうじゃろうな」
 オフェリアが嬉しそうにルレオの災難を願っていることなど一行は知る由もなく、とりわけ本人は先刻の占いの結果などすでに頭にないらしく物産展の珍しい名物に見入っていた。


 あらかた物資の調達が終わると三人はこの小さな村唯一の宿を目指した。高床の、他の建物と大した違いはない宿である。フレッドとルレオはパブリックの椅子にもたれていろいろな疲労をひとつの嘆息に込めた。クレスもこの無駄足大航海に苛立ちを隠せずにいる。
「おっさん酒くれ、酒。やってられるかバカバカしいっ」
木造りのテーブルを思いきり蹴ってルレオは椅子の背にこれでもかというほど体重を預けた。そう高価な代物には見えない椅子は、それでも少し悲鳴を上げた程度で辛抱している。
「ルレオ。まだお昼」
「知るかそんなもん。文句があるならババアに言えよ。そうじゃねえなら黙ってトロピカルジュースでもすすってろ」
ルレオのご機嫌リトマス試験紙は見事に赤く染まっている。フレッドはこれ以後繰り広げられるであろう愚痴たれ大会に備えて耳栓を探したが生憎、というか当然都合よくは転がっていない。かくなるうえは耳たぶを餃子にするしかないと準備をしていた矢先のことだった。
「文句? あるに決まってるでしょ。言わせておけば好き勝手言って……! 肩すかしくらってイライラしてるのはあんただけじゃないのよ!」
「んだあ?! もう一回言ってみろ、舐めた口たたきやがって!」
二人が同時に椅子を蹴り上げて立ち上がる。半ば板挟みとなったフレッド、互いに火花を散らしあうルレオとクレスを交互に見やってそそくさとテーブルから離れた。
「だいたいあなたって人は! 自分が気に食わなければすぐに喚き散らして……頭の中スポンジなんじゃないの? 今時子どもでももう少し詰まってるわよ!」
ルレオの脳みそがスポンジ──なかなか悪くない例えだ、フレッドは胸中で人知れずクレスにポイントを追加した。
「てめぇ言えた台詞かよ! 俺に言わせりゃそっちはカタクリ粉の振りすぎってやつだけどな! ババアの言うとおりちょっとはベオグラードを見習った方がいいんじゃねえのか?」
「余計なお世話よ!」


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