A Mirage On Land Chapter 11

 半ば強引に締めくくられたがクレスにも話を引き延ばす気はなかった。フレッドの少ない言葉がすべてをありのまま語ったとは思えないが、少なくとも空気は多くの事柄を語ろうとしていた。そしてその多くは、言葉にされるべきでないものだったのかもしれない。クレスはフレッドが去った後のカウンター席でうなだれてため息をついた。
 夜ともなれば昼間の異常な蒸し暑さも幾分和らいで不快さや苛立ちも半減する。ヴィラの、とある村のとある生活雑貨店内でこの涼しげな夜を瞬きひとつせず過ごしている老婆がいる。虫と風の音以外彼女のこまくをくすぐるものはなかった。
「おばあちゃん……? まだ起きてるの?」
「……ミレイか。今夜は眠れん。事の成り行きを見届けるまではの」
孫の声に強張っていた形相をゆるめる。眠気眼だったミレイが訝しげな眼差しを向けて不快感を露わにした。
「何かしたの、あの人たちに。ベルトニアの王様の遣いって言ってたよね……?」
「そうじゃ。連中がここへ予言者を探しに来ることは予め〝定められし歴史"の一部じゃった。しかしな、ミレイ。どうやら少し試す必要があるようじゃ」
 机上に広げたタロットカードを、皺だらけの手で更に掻き雑ぜる。その中の一枚を無造作に裏返した。
「予言者を手に入れたら、人は予言に頼り切りになる。自分の決断と判断を他人に任せきりになるということじゃ。予言は決して絶対なものではない。あの三人に予言を使う資格があるかどうか、見極めさせてもらうわけじゃ」
ミレイは何も発せず裏返されたカードを凝視していた。おもむろに手にとって独りごつ。
「でも、おばあちゃんの占いも絶対ではないでしょう。……きっとあの人たち、大丈夫だよ」
「そうかね」
若かりし頃の自分と瓜二つの孫を見つめる。オフェリアは淡々と嘆息して複雑な、声には出せない胸中を制した。そして自らも感じている予言の衰えを嘲笑してみせた。


 深夜、時計の針の音だけがやけに響く時間。その音に紛れてかすかに床の軋む低い音が辺りに溶け込む。宿の客室、ぎこちない忍び足の彼らはわき目も振らずふっくらと丸まったベッドににじり寄る。目と目で合図を交わし頷き合うと、持っていた小剣を一斉にベッドの膨らみに振りおろした。布と綿を貫いた軽やかな効果音と感触だけが残る。
「残念、中身はただの丸めたシーツ」
小剣を突き立てたままの侵入者の背後から、クレスは剣をつきつけた。一歩も動けない、いや指ひとつ動かせないでいる標的をまじまじと観察していると、そのうちの一人が気を持ち直して凶器を振り回してきた。
「寝込みを襲うなんてやり口が気に食わない! 」
 日光のない室内は昼間の暑さが嘘のように涼しい。気持ちのいい体感温度だった。本来ならこの中で安眠を貪っていたところだが、結局は昼間と大差ない苛立ちを抱え込む羽目になっている。相手の正体が分かるまでは剣は鞘に収めたままだ。奇襲に動揺するわけにはいかない。頭数に対する戦闘手段を迅速に分析して、クレスは彼らを迎え撃つ準備を一瞬で整えた。
 同時刻、ルレオとフレッドの部屋でも今まさに夜這いが行われようとしていた。訂正しよう、闇討ちが、だ。侵入者の一人が軽快にルレオのシーツをはぎ取る。中で丸まっていたのは気持ちよさそうに寝息を立てるルレオ、ではなく矢のセットされたボウガンの引き金に指をかけた準備万端の彼だった。
「たいそうな深夜サービスがあるんだな、田舎のくされ宿屋は」
矢の照準は既に侵入者の喉元に定められている。仕掛けた方の準備は未だ整っていなかった。
「びびってんじゃねえぞ! 奇襲かけるなら死ぬ気で来い!」
これ見よがしに大声で叫ぶと大部分の侵入者が痙攣、その肝の細さを疲労する羽目となった。連中はプロではない、それだけはよく分かった。しかしそれにしたって手際が悪すぎる、ルレオは威嚇で終わらせるつもりだった矢を半眼半笑いで発射した。声にならない悲鳴をあげる侵入者たち、こうなると形勢逆転を通り越してルレオの独り舞台である。容赦なく放った矢の一本が、例のごとく彼の耳の間横をすり抜けて柱に突き刺さった。
「……何の騒ぎ」
用を足して帰ってくるや否や同室の男に矢を発射されるとは普通は夢にも思わない。それが相手がルレオになると多少納得がいってしまうのも妙な話だ、そういうわけで通常の驚きよりはテンションが低いフレッド。ルレオと数秒見つめあってからようやく周囲にいる刺客連中に気づくくらいまったりしていた。気づいてから、覚醒までのスピードは恐ろしく早い。
「なんだあ?! 今度は一体何なんだよ!」
混乱するフレッドをよそに集団の中の一人が片手を大きく仰いで無言の指示を送る。フレッドは疑問符を浮かべたまま(その上手ぶらの状態で)応戦を余儀なくされた。
「ちょ、ちょっと待てよっ。こっちは素手だぞ? そんなもん振りまわしたら危ない、だろ!」
疑いようのない素人っぷりをまざまざと見せつけられるといっそすがすがしい。文句を垂れ流しながらも振りおろされた銅剣を見事に受け止める。挟みとった、という方が正確だが〝奥義真剣白刃取"というよりは“妙技ザリガニ崩し”と言う方が板に就いた。
(こんなところまでルーヴェンス兵かよ……!)
それにしては引っかかる点がいくつか、いや全てにおいて首をかしげることばかりだ。どう見てもファーレン製ではない銅剣をそのまま奪い取って、フレッドは目の前の男を蹴り倒した。
「おい、“隣”と合流するぞ! 頭数だけは揃ってるみたいだからな!」
ルレオは言うが早いか既に廊下になだれ込み、クレスの部屋のドアを押しあけている。
「おい、手伝え! でかいゴキブリが出たぞ!」
「無茶言わないで、こっちだって手一杯なんだから!」
ルレオの登場はクレスにとって救世主ではなく疫病神そのものだった。加勢が期待できないと分かったとたん舌打ちしてドアを閉めるルレオ、完全に閉まりきる前にクレスが刺客ともども廊下になだれ込んだ。
「増やすなー! 戻れっ、引き返せっ」
「ちょっと! どっちの味方なのよ!」
ルレオはあろうことか廊下側から渾身の力でドアを抑え込む。そんな懸命かつ非道な努力もむなしく、ドアはシャンパンコルクのようにはじけて中身が廊下にあふれ出た。ドアによる反撃で顎に派手にアッパーをくらうルレオ、派手に吹っ飛んで壁にもたれる。
「やりやがったなこの野郎……」
やったのはクレスでもなく刺客でもなくドアだ。さらに言えば自業自得である。
「まとめて叩き潰してやる!」
 原因に対する非常にシンプルな結果に過ぎない現状、それはルレオの脳内では見事に書き換えられて怒りの矛先は群がる素人集団に向けられた。
「クレス!」
手に持っていた安物の銅剣を放り投げて、空いていた方の手で催促した。クレスは名前を呼ばれただけだが意図を察してすぐさま予備の剣をフレッドに投げる。それだけで十分だったのだが、クレス本体もこちらに駆け寄ってきた。無論、刺客集団を伴って、だ。究極の有難迷惑にフレッドは露骨な挽き笑いをして数歩後ずさった。
「闘えませんとか言うなよ、こいつらどう見ても敵意に満ちてるぞ」
「わかってるわよ。私のことよりあれ、暴走してるわよ、止めないと」
「ほっとけ、丁度いい囮になるだろ……」
クレスの言うアレは逃げ惑う刺客たちを楽しげに追いつめて矢を放ちまくっている。時も場合も一切合財無視して高笑いなんかも上げていた。そんな牧羊犬のようなルレオに操られて、統率のない羊たちはあれよあれよとロビーへ流れて行った。
「便利ね……」
波に乗りそびれた残り物を剣の腹で思いきりぶん殴りながらクレスが感嘆を漏らした。フレッドは廊下のところどころで気絶している連中を端に避け、簡易の片づけ作業を終えたところで借りものの白金剣をクレスに返した。
「で、結局何だったんだこいつらは」
クレスに視線を送っても肩をすくめるだけで感慨すら述べられない。まさかご丁寧に身分証明を持ち歩いている者もおらず黒幕探しは困難かと思われた、矢先。



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