Make A Surprise Attack Chapter 12

「違う! 俺は裏切ってなんかない! お前こそ何やってんだよ……やってること分かってんのか? お前はファーレンの警吏じゃなかったのかよ!」
「黙れよ! ……そうだ、俺は警吏だ。ルーヴェンスさんの統率するファーレンを、国を守るのが仕事だ。……だからお前らみたいなテロリストを始末しなきくちゃならないんだよ!」
ニースが腰に下げていた白金剣を抜き、フレッドに剣先を向けた。ニースの尋常でない形相にフレッドの動きが一瞬強張る。クレスは身動きがとれず、二人のやりとりをただ見ているしかなかった。
 と、フレッドが嘲笑と苦笑の入り混じったような曖昧な笑みをこぼして肩をすくめる。
「ルーヴェンスさん? 何だよ、それ。ウィームを襲撃したのはあいつだぞ?」
ニースは冷徹な視線をフレッドに浴びせるだけで、さもくだらないと言わんばかりに静かに剣を引いた。
「……ウィーム襲撃には、ちゃんと理由があったよ」
「何の……!」
「テロリストの暮らす村だからな、ああなるのは仕方ないだろ」
フレッドは反論しようと吸った息をそのまま飲み込んだ。聞き流すにはあまりにも、ニースの声は澄んでいた。
「今の、本気で言ってるとしたら……もう誤解を解いてる段階じゃないな」
「誤解なんか始めからない。あったのは、お前の裏切りだけだ」
 フレッドは剣を構えた。冷静に考え、てニースをやり過ごさなければ玉座の間には入れない。それを見て、ニースはゆっくり階段を上った。
「ファーレン国王にふさわしいのはあの人だ。馬鹿なファーレン十三世の恐怖政治を正すには改革も必要なんだよ。……多少手荒くても」
「言ってることが滅茶苦茶なんだよ……! 悪いけどニース、力づくで通させてもらうぜ!」
軸足に重心をかけた。次の一歩で間合いを詰められるように。ニースにそれは見えているはずだったが、彼は悠長にフレッドを見上げたまま微動だにしない。間合いを詰められるのを待っているようだった。
「結局俺を敵に回すんだな。お前は違うって信じてたのに……絶対許さねぇ」
ただ奥歯を強く強く、怒りを砕くように噛みしめていた。


 同時刻、山脈を成す国境・ラインの麓──。
護衛隊総隊長サンドリアは、黒幕の「二人」が前線から遠く退くのを目視し、息を潜めてその後を追った。彼がどれほどうまく尾行したとしても、標的の実力ならそれに気付かないはずがない。サンドリア自身がそう腹を決めているにも関わらず、視線の先にいるスイングは尾行を警戒している素振りを見せない。警戒しているのは──それも極限状態で──別の何かに対してのようだった。
(何をしようとしているんだ、あの二人は……。狙いは王じゃないのか……っ)
 戦火がサンドリアの後方に遠のいていく。何度か振り返って立ち止まり、追うべきか追わざるべきか本能に問うた。追えば、背後に広がる戦場に舞い戻るよりも確実に死期が早まる。
 細めた視線の先で、スイングと赤い髪の少年がいくつか言葉を交わしていた。サンドリアは正体不明の恐怖に囚われながらも、会話を確認しようとにじりよる。ラインのはじまりを示すようにぽつぽつと立つ低木に身を潜め、二人の表情が分かる距離まで歩を進める。そこでようやく、越えてはならない境界線を越えたことに気がついた。
 赤い髪の少年が一瞬こちらを向いて微笑んだ。それは異様と称するだけでは足りない、おぞましさのようなものを帯びていた。半歩、無意識に後ずさる。それはまるで、この世で一番簡単な死の宣告のようだった。
「目的のために、まさか一国が捨て駒になろうとはな」
スイングの抑揚のない声が、やけに鮮明に響く。
「気分はどうだ、予言者よ。貴様にとってこの第一ラインの『解放』は始まりののろしだろう」
「……君、今日はよく喋るんだね。」
少年がようやく口を開いた。興味薄にスイングを横目に見やる。
「君はどう? 君にとっても、とても大事な日だ」
「そうだな、待っていた。……お前を仕留めるための、俺に与えられた最初で最後の機会だ」
「……残念、不正解。今日は君の命日だ。そして全ての咎人へ裁きがくだる、始まりの日」
 スイングは長剣を厳かに抜刀すると、ゆっくりと基本の構えをしてみせた。気づけば時は夕暮れ、身を隠そうとする太陽をとがめるようにスイングの剣は斜光を反射してまぶしく光った。
「知っていたはずだ。俺ははじめから貴様だけを狙ってルーヴェンスに付いた。……子どもの姿をしていても貴様はラインを司る死神、今ここで斬らしてもらうぞ」
 サンドリアは息を殺し、固唾を呑むことさえ堪え、二人の会話の一言一句を逃すまいと必死で耳を澄ませていた。スイングが剣の柄を握り締めるかすかな音さえ聞こえるほどに、全神経を研ぎ澄ませる。
「ラインは解放させない! 今日ここで終わらせる!」
スイングが腰を落とす。次の瞬間には既に数歩踏み込み、何のためらいもなく少年に剣を振りおろした。風切り音だけが、合図のように派手に鳴った。
 太陽は高速で姿を消した。代わりに訪れた夕闇は、スイングの黒髪や同色のコートと溶け合って彼の姿を覆う。闇の中で殺気に満ちた剣先だけが、高速で踊った。心臓ははじめから狙わない。小さな的は捨て、頭部と首の付け根にだけ焦点を絞って突き上げる。
 ひとつひとつを目で追いながら、サンドリアはもはや自分がそれしかできず、またそうすることから逃れられないことを確信していた。実際にスイングの動きを目の当たりにすれば、ベオグラードやましてやフレッドが手も足も出なかったという話は裕に納得できる。いち考古学研究員の彼の名が、各界で知れていることも頷ける。サンドリアが信じられなかったのは、そのスイングの太刀を、すべて流れるようにかわし、薄笑いを浮かべている子どもの存在そのものだった。そしてそれが、この空間を取り巻く恐怖の源泉だった。
(嫌な餓鬼だ……。俺を試している)
スイングの剣は意志を持っているかのように完璧な舞を見せる。そのひとつの誤りも認められない太刀を少年はゲーム感覚でかわし続ける。華麗すぎる狂気のゲームを、スイングは操られるように続けるしかなかった。
「避けるだけか! いい加減反撃して見せたらどうだ、死神!」
まとわりついてくる恐怖を振り払うように空を斬る。そのひずみから戻り遅れた風たちが、急激な反動となって少年を襲った。鋭い真空の刃が襲ってくるにも関わらず、少年は会心の笑みを浮かべた。かまいたちが少年を切り刻まんとする正にそのとき、彼は自ら手を伸ばし風を──つかめるはずのないそれを──握りつぶした。水風船が弾ける音に良く似たそれが鼓膜を振るわせる。
 スイングは、その瞬間に生まれて初めて、おそらく最後になるであろう恐怖という感情を身をもって味わった。
「……つまらないよ、あんた」
少年は音もなく静かに、穏やかに笑みを浮かべた。
(まずい! こいつに触れたら……!)
頭では正確に把握していた。次にすべき対処、反応、けれどそれは脳内を通り過ぎただけで彼の身体を動かしはしなかった。少年がおもむろに伸ばした小さな腕が、嘘のような力でスイングの首を鷲掴みにした。ついに笑い声をあげて、少年は手に力を込める。
「……ぐっ。はな……せ」
スイングが手から滑り落ちる剣を横目に、全ての力を少年の腕を取払うことのみに集中させた。
「占いをしよう。前世あんたがどんなことをしてきたか……今から分かるよ」
「放せ!!」
口内に湧き上がってくる胃液や血液を気にも留めず、スイングは足掻いた。抜けていく四肢の感覚とは逆に鼓動だけが加速する。しかしそれも、最後に一度大きく脈打つと嘘のように失速した。少年はゆっくりと首から手を放した。
「残念……。極悪人、か。これでゲームオーバー……」
笑みが消えた。同時にスイングが力なく地面に崩れ落ちる。大量のどす黒い血を吐き出して、それでもなお噎せかえる。少年が全く興味を無くして立ち去るまでに、数度痙攣して止めどなく溢れる赤い液体を排出するが、それもやがてぴたりと止んだ。
 『大罪』は彼から四肢の自由を奪った。瞬きさえろくにできない。燃え広がる炎と屍、血と唸り、薄れゆく意識の中でそれらがゆらゆらと揺れては混ざり合った。唯一かすかに動かせる口元を必死に揺らして呟く。
「ラインを……解放させるな……」
 ラインの解放──それが何を意味するのか、誰も知らないまま実行されようとしている。スイングは阻止しようとした。フレッドは知らずにいた。赤い髪の少年は全てを知っていた。歴史は、動き出そうとしていた。



Page Top