First Impression Chapter 1

よくある顔合わせの、ほんの些細な一場面である。フレッドも別段これに関しては悪い気はしていなかった。会話を途中で止めたのは背後で小さく舌打ちが響いたためだ。振り向くと、我関せずという顔の男が、壁に寄りかかって腕組みをしている。つり目が目立つところを除けば、顔立ちは良い方かもしれない。フレッドは続きを始めようと男に背を向ける。
「田舎者が田舎自慢してんじゃねえぞ」
今度は聞き流す気にはなれなかった。
「……何なんだよあんた、さっきから。何か言いたげだな」
「あ? 聞こえてたのか。面倒くせぇ奴だな、独り言だろ。いちいち突っかかってくんなよ、うざってえ」
悪意には悪意。特に恨まれる覚えはないが、相手がそういうつもりならフレッドも気を遣う理由はない。
「そういう言い方はないだろ。仮にもこれから仕事仲間なんだし、もう少し愛想良く振る舞えねえの?」
男が、眉を一気に顰める。フレッドが喧嘩腰なのが気に食わないようで、見下すように嘲笑を浮かべた。
「理解できてねぇみたいだからもう一回言ってやろうか? 『田舎者がこんなところまできて女口説いてんじゃねえ』って言ったんだよ。お前こそ年上に対する言葉遣いってのを正せよ。ガキにはガキなりの振るまい方ってのがあんだろうが」
「ああ!? 今なん……っ」
堪忍袋と脳の血管が切れる寸前、リナレスが素早くフレッドの口に蓋をした。藻掻くフレッドを制して、更に自分の口に人差し指を当てる。
「何言っても無駄だって、あの人。早くから来てたみたいで苛々してんの。八つ当たりなんだから相手することないんだって」
小声で手早く説明を加えて、横目で『あの人』を見やる。リナレスの言うとおり、腕組みをした手の人差し指が秒刻みに叩きつけられている。ベオグラードも確かに遅いが、近くで苛々されるとこちらまで落ち着かない。フレッドは諦めて椅子に深く座り直した。
「で? 何話してたんだっけ。そうだ、二人は仕事何やってんですか? 独身?」
聞いてすぐ、質問のまずさに気付いて男の方を見た。また文句をつけられるかと思ったが、男は無関心そうに床を見つめていた。
「私はすぐ前の花屋で働いてる。ここの奥さんとか、よく買いに来てくれるのよ」
「ああ、そう言えば家の前、花多かったな」
フレッドはすぐさま奥さんの抱えていたアネモネの鉢を思い出した。
「花やさんか~似合いますねティラナさんに。でも、水商売とかでもいけると思うんだけど」
リナレス本人はおそらく誉めているつもりなのだろうが、フレッドとしてもフォローの仕様がない。ティラナは少し口元を引きつらせ無理矢理笑っていた。
「そういうあなたは何やってるの? 定職に就いてるようには見えないけど」
リナレスは反撃されていることも気付かずに明るく笑う。
「私は一応警吏の暗部にいます。やっぱり見えませんかね? これでも結構長いんですけど」
フレッドとティラナ、二人して目を白黒させて一気に仰け反った。フレッドは軽く咳払いして驚愕を抑える。
「警吏の暗部って……要するにあれだよな。各地方の警吏を裏から監視して不正や汚職を取り締まるっていう……」
「そうそうよく知ってるわね。いわゆる警吏の警吏ってやつ。儲かるようでちっとも儲かんないだから」
引け目を思い切り感じつつ、フレッドは心の中の『ただものじゃないリスト』の中に彼女の名前を付け加えた。そして、新米警吏である親友の身を密かに案じた。
 こういう感じで話が展開すると、壁際でしびれをきらしている男の職業も気になってくる。男に気付かれないように、フレッドはリナレスに耳打ちした。
「あの男、何やってると思う? プロの暗部から見てさ」
「あのねー……暗部はスパイじゃないんだから。」
しぶりながらもリナレスが男を品定めする。顔つきは数秒前をえらく違っているものの、プロの暗部の目、というよりは新参者のアイドルをチェックするミーハー主婦の目つきである。
「華奢ではないし、なんか肉体労働系じゃない? 少なくともあの短気で事務作業はやれないでしょ」
「商社……でもないわね、無愛想だもの」
二人の見解にフレッドの偏見を足すと、特定の職には就いていないだろうという結論に辿り着いた。フレッドの偏見の中には、フリーター仲間を増やそうという願望も少なからず混ざっている。
 何となく壁際の時計に目をやった。間もなく午後一時を廻ろうとしている。
「遅いわね、ベオグラードさん」
ティラナの呟きに誰も反応はしないものの、皆胸中では同意を示していた。壁際の男なんかは、遂には片足を床に打ち付けだして誰も寄せ付けないぴりぴりした空気を作っている。
「ベオグラードさんも仕事以外のことは案外のんびりしてるよね。時間にルーズというか、能天気というか……まぁだから憎めないんだけど」
「だよな。十三ヶ月戦争《サーティーンサバイブ》のときの活躍さえ疑いたくなるときあるもんな」
「あーわかる、それ。人が憧れて警吏になったってのにどんどんイメージ崩れていくの。今じゃ近所のおっちゃん扱いよ」
話は次第に他愛もない談笑に変わる。メインディッシュはベオグラードトークだ。
「結構抜けてんだよな、ベオグラードさんも。わざわざウィームまでやってきてお茶飲んでる間に用件忘れたとかって」
「よくあれで護衛隊長務まってるよ。私でもやれるかもー」
「それはないな。絶対」
二人の表情が凍る。とりわけリナレスは固まったまま振り向けないでいる。
 フレッドの正面、ドアの前に図体のでかい男が腕組みして立っている。静かに開くドアも今回ばかりはありがた迷惑だった。
「全員集まってるな、結構結構。始めようか。……短時間でそこいらは随分打ち解けたみたいだし……なあ、リナレス? 元気そうだな。仕事は順調か?」
先刻までの威勢はどこへやら、リナレスは肩を落として小さくなっている。そして一言、独り言のようにこぼした。
「……順調ならこんなとこいません」
ファーレン王国警吏隊、暗部所属リナレス、現在多大なるミスの責任を背負って謹慎中の身である。



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