The Responsibility Chapter 15

 わだかまりが降り積もる。静かに音も無くフレッドの心を埋めていく。ルレオに掴まれた首元が僅かに痛みを覚えた。皆それぞれに抱えた苛立ちを押し殺して再び机上に神経を集中する。いち早く気持ちを切り替えたのは、シルフィだった。
「なるほどー。この山脈が第一ラインってやつね? ここにもたくさん悪い奴らがいるんでしょ」
地図に身を乗り出して(というより机に半ば身を乗りあげて)感嘆をあげる。サンドリアがシルフィの小さな手に赤いインクを含ませた羽ペンを握らせた。
「さあ、どうするか分かるかな。我々はファーレン城──この城に乗り込む必要がある。が、ここも、ここも、そしてここも敵兵さんでいっぱいだ」
サンドリアが地図上を指したのは、順番にファーレン城、王都、ライン、そしてラインの麓の四地点だった。シルフィは少しだけ考える仕草をして、潔くまっすぐに線を引っ張った。皆目を見張る。
「だったらひとつでしょ。この山を越えて真っ直ぐお城に行くの。一番近いし、迷わないよ」
「あのなあチビ……」
ルレオが呆れかえって思わず突っ込みをいれ、かけた。シルフィの力強い直線は、ベルトニア城からラインを通って最短距離でファーレン城へのびている。割って入ろうとするルレオを押しのけて、今度はフレッドが羽ペンを手に取った。
「同時にラインをベルトニアの拠点にする。国境をこっちの兵で固めてしまえば向こうもそ簡単には手出しできない」
シルフィの線の上にあるラインをぐるぐると囲む。フレッドはあっさりと同意を示した。サンドリアは無言でこちらを見ていたが、それは非難しているふうでも疑念を抱いているふうでもなくフレッドの納得の度合いを測りかねているようだった。
「……下手な小細工は今さらでしょう」
「先にラインを獲った方が有利……いや、勝利であることは間違いない。しかしそう正攻法で行くとなるとこちらもそれ相応の──」
「〝犠牲"は出るんだろ。それこそ今さらだぜ」
ルレオが鼻で笑ってサンドリアの危惧をあしらった。止むなくにしろ、十分納得の上でにしろ、フレッドが無言の上で条件を飲んだらしいことを察すると、ルレオは意外にもすんなり「こちら側」へ身を寄せた。サンドリアも奪われた言葉の続きを補足するでも訂正するでもなく、ただ小さく嘆息しただけだった。
「私は王のお傍を離れるわけにはいかない。近衛兵と一個中隊と共にこの城の警護に当たるがそこは了解しておいてほしい。それから海岸線に千余り、ベルトニア各地にそれぞれ小隊を向かわせる。残りは全て君たちと共にラインを攻める。……これで不足はないかね」
「妥当じゃねえの? よう、大将。お前はどう思う?」
「俺に聞かれてもな……」
ルレオが珍しく話を振って来たかと思えば、それは大変に嫌な部類の質問だった。彼のように開き直って上から目線で物を言うこともできないし、かと言ってどこまでも低姿勢に呑みこめる心境でもない。言葉を濁すしかなかった。
「依存がないようであればこれで進めよう。兵の配備に三日……、早くて二日はかかるだろうから君たちはその間に城下で準備を進めるといい。もちろん、体もゆっくり休めるようにな」
 サンドリアは力強くそう言うと、宣言通り準備を進めるために一足先に退室した。緊張感の無い連中だけが後に残る。神経を弛緩させていたのもつかの間、距離をとっていたルレオが真っ直ぐに(やけにしっかりした足取りで)近づいてくるのを目にしてフレッドは反射的に襟元を正した。それを見て訝しげに肩眉をあげるルレオ。
「ラインを強行突破、砦代わりして城を落とす、か。確かに一番てっとり早いけどな」
フレッドを責めているわけではない。作戦には彼も同意を示したし、とりわけ反発している風でもなかった。
「三割は死ぬぞ、覚悟しとけよ。お前が動くことで犠牲は必ず出る。でもな、いいか。そいつをいちいち気にしてたら埒があかねぇ。……誰が死のうが関わんな。それがたとえ、俺でもお前でもだ」
軽く受け流したかったがそれができなかった。口角が強張って、眼球だけがぎょろぎょろと動く。無言でうなずくのが精いっぱいだった。
 ルレオは話の趣旨が伝わったことが確認できれば良かったらしく、いつものつまらなそうな表情に戻るとサンドリアに次いで部屋を出て行った。
「私はどうしたらいいですか……? ラインについて行っても足手まといになると思うんですけど……」
ミレイがおずおずと申し出る。フレッドもそのことは考えていたらしく、暫く無意味に唸るとミレイの肩を励ますようにたたいて出口に向かった。
「ミレイは予言者だし、この先も絶対必要な存在だと思う。そういう言い方は好きじゃないけど、ルレオの言うことも……分かる気がするし」
無力さを思い知って自嘲するしか誤魔化す術を持たない。フレッドはそう言葉を濁しただけで、ミレイに対して具体的な指示は出さなかった。が、ミレイもその表情から自らのなすべきことを悟る。
「分かりました。私はここの人たちとベルトニアを守ります。予言が必要になったら、いつでも呼んでくださいね」
「ああ、サンキュー」
 フレッドは無理やり笑顔を作ると足早に部屋を出た。特に急ぎの用事はなかった。もっと言えばすることもなかった。時間を潰す方法を考えねばならない。それもできるだけ、頭の中が空っぽになるようなことがいい。そう思いながら廊下に出た矢先、腕組みをして壁にもたれたルレオに出くわす。思いもよらぬ待ち伏せに、フレッドは露骨に間の悪い顔をした。
「街の方に出て必要な物資を揃えてこいだと。金ももらったし、今日中にやれることはやるぞ」
ジャラジャラと音のする重い袋をフレッドに渡してルレオはさっさと下階に降りていってしまった。気分転換には丁度いいかもしれない。ルレオと仲良くショッピングという気色が悪いシチュエーションはこの際気にしないことにして、フレッドはその後を追った。次いで、後を追う小さな影がひとつ。歩幅の狭さが分かるような早いリズムの足音に、フレッドが振り返った。
「シルフィも来るか? 人がたくさんいるところで買い物なんかしたことないだろ?」
「もっちろん! フレッドが行くところはどーこだって行くんだからっ」
苦笑して見せたがシルフィのはしゃぎ方はフレッドに対するそれではなく、やはり初めてのお使いに対する期待感に似ている気がした。妹・マリィの幼いころを思い出してフレッドは微笑した。
「おせーぞ! どこまでのんびりしてんだ!」
門兵はのけぞるほどに城門前で金切り声をあげるルレオ。対戦相手もいないのに舌出し十連発で応戦するシルフィ。彼女がいるときはルレオの相手を分担できるのがいい。城門を出る以前の段階で既にイライラしている先導者と合流すると、三人は並んで城下へくだった。
(なんか……考えてみると妙だよな、このメンバー。ミレイにも声かけりゃよかったかな)
それはそれで結局のところ妙だ。決して互いに目を合わせようとしないフレッドとルレオ、その間に鼻歌交じりのシルフィ、これのどこかにミレイを挟んだとしても中和されるはずもない。いつもそこに居た人物が一人いないだけで、こうも違和感があるものかとフレッドはどこか客観的に状況を眺めていた。



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